第十九話 今明かされる過去のチチ!
十四年前。
ハトゥールの王アディルネッガーは、押し付けられた権力にうんざりしていた。
彼が王直属の部隊として所属していた国は、元は二つの島からなる国だった。しかしその国の王に子供を作る能力がなく、二つの島から成っていた国は島単位でハトゥールとカニーンヒェンに分割され、ハトゥールは彼の、カニーンヒェンはアディルネッガーの戦友であった兎の獣人オズワルドに統治されることとなったのである。
先代の王が彼らを指名した理由は、政治的な能力と部下からの人望を含めた評価だという。アディルネッガーは多少不服ながらも、自分を育ててくれた先代の王への恩義で、ハトゥールを治めることを了承したのだった。
元々王族ではなかったアディルネッガーだが、頭の回転の速さから業務もそつなくこなしていた。しかし戦場で感じていたスリル、快感を得ることはできない。次第にそれはストレスになっていった。
戦闘用に日々鍛えていた筋骨隆々の彼にとって、デスクワークは苦痛以外の何物でもない。だが、時代が彼にそれを求めるなら、自分は応えるしかない。そのジレンマにアディルネッガーは鬱屈した思いを抱えていくのだった。
アディルネッガーは休暇をもらい、お忍びでハトゥール国内を散策していた。名目上は民衆の視察というていの、一日だけの自由時間だった。
彼の優れた市政で、街中はこれといって治安が乱れている風ではない。しかしこの国では、水面下で獣人が差別されているとの話もあった。
ハトゥールはエルフが統括する島で、獣人が支配するカニーンヒェンとは対照的であった。両種族をまとめていたのが先代の王であったが、王が死期を悟り、自分がいなくなれば両種族の対立は必至と判断。そこで国を分割することに決めたのだった。
エルフと獣人はその見た目、気性の違いから仲は良くなく、酒場などでの争いは日常茶飯事である。
それがアディルネッガーにとっては悩みの種だ。どうすれば、このような差別はなくなるのかと頭を悩ませるのだった。
そんな悩みから一日だけでも逃れたいと思い、彼は猫カフェを探した。人種が神によって分かたれる前から、動物は人とともにある。そして疲れた心を癒やしてくれる。もこもことした毛玉のような生き物は、こちらに頭をこすりつけるだけで日々の苦痛を軽減する効果を発揮した。
一日だけ休めるなら、そうしたところに行きたい。アディルネッガーは街角で見た『猫カフェこちら』の看板を見て、それに惹かれた。
しかしその期待は、店内に入った瞬間裏切られることになる。
「お帰りなさいませ、御主人様ー!」
メイド服と猫耳カチューシャをつけたエルフたち。ここは決して猫が主役のカフェではなく、猫メイドがテーマのカフェだったのだ。
アディルネッガーは激怒した。
「これは猫耳カフェではないか! ふざけてんのか!」
店名詐称に怒るアディルネッガーは、猫に癒されたかった心を踏みにじられた思いがした。テーブルにつく彼の怒りを察して、メイドたちはおののく。
だがメイドたちの中に、アディルネッガーの目を引く者がいた。
それはふさふさとした体毛と、本物にしか見えない猫耳を頭につけている。紛うことなき獣人の娘だった。
彼女を見た時、アディルネッガーは『ときめき』を感じた。それは彼がかつて感じたことのない初恋であった。
「……そこの、毛深いメイドを寄越してくれないか」
「あんた、呼ばれてるよ。さっさと行きなさいよ」
先輩らしいメイドからぞんざいな言い方で促され、そのメイドはびくびくしながらアディルネッガーの前に出る。
アディルネッガーの前に出てきた獣人のメイドは、それは可憐な女性だった。ネコ科を思わせるしなやかな身体の曲線、決して自己主張しない表情。
アディルネッガーは彼女の顔を見た瞬間、恋に落ちた。それは戦いに生きがいを求めていた彼にとって、人生の転換点となるべき事態だった。
おどおどする獣人メイドを抱え上げ、アディルネッガーは高らかに宣言した。
「この女を予の妃とする!」
「ええっ!」
抱えられた獣人の娘が目を丸くする。しかしその目に敵意はない。
この時、アディルネッガーは気がついていた。
この国ができる以前からの獣人とエルフの確執。それを解消するためには、エルフである自分が獣人と結婚すればいい。そうすれば大臣たちも有無をいわないだろう。
彼の腕に抱かれる獣人のメイドは戸惑いながらも、彼の想いを了承したようで、幸せそうな顔をした。きっと今まで獣人差別の憂き目に遭っていたのだろう。だが、アディルネッガーと結ばれたなら、その心配はいらない。そしてそれ以上に、彼女の目もアディルネッガーに運命の相手を見出しているようだった。
そうして二人は結婚した。獣人への差別をやめるよう本格的な法規が敷かれたのはこの後である。それは王家の人間が獣人と結婚したという事実に基づくものだった。
十か月後にミミが生まれ、エルフと獣人の間に子をなすことができるのかと、当時は騒ぎになったが、結果としてミミはすくすく育った。
薄暗いアジトの中でそんなことを思い出していると、部下のギザードから端末に連絡があった。
「あんたの娘さん、こっちの国まで来たぜ」
そうか、とアディルネッガーは思った。
このような事態になって、黙っていられるような娘に育てたつもりはない。
それはそれで面倒事が増えるのだが、アディルネッガーは娘がここまで来てくれたことを嬉しく思った。当然、陰謀渦巻く隣国にそれなりの強さを備えて来ているのだろう。
「いいだろう。連れて来い」
そう、アディルネッガーは端末越しにギザードに言った。
了解した、と返事して、ギザードは通信を切った。
・
ギザードは路地裏伝いに気絶したミミを抱えて跳ぶように進んでいく。ロロは脚力には自信があった。
「お姉さん……どこまで行くんです?」
後ろから問いかけるロロを横目で見ながら、ギザードは言った。
「まぁ、ついてきな。お前はこのお嬢ちゃんと一蓮托生の身なんだろう? そんな感じがする。安心しろ。俺たちは敵じゃない」
そうしてギザードが向かったのは、スラム街の一角だった。




