第十七話 その決意は父のタメ!
クラーケンの足が船に積み込まれ、氷から脱出した船は沖合まで進んだ。日は頂点に達し、正午の海は荒れることもなく凪いでいた。
潮の流れが穏やかな場所で停止し、漁師が運転席から出てスチームフィッシュに近づいてくる。ミミは彼に軽く会釈した。
「世話になったな」
「いいや、助けてもらったのは俺の方だ。それにお土産まで貰った。クラーケンの足は結構高く売れるからな。俺はあんたが何をしに行くのか知らねぇ。そもそも知る気もないし、責任もねぇ。だがな、あんたらが成功してくれたほうが嬉しい、そんな気がするよ」
ミミは漁師と握手を交わす。毛むくじゃらの、ごつごつの手がミミの細い手をきゅっと掴んだ。その手は魚臭く温かかった。
漁師が裁断機を操作すると、スチームフィッシュをくくりつけていたロープがばつんと切られて、船から切り離される。
同時にミミはスチームフィッシュのエンジンを入れた。スチームフィッシュの後方に泡が立ち、どるんどるんとバイクの駆動音のような音で蒸気が噴き上がる。
スチームフィッシュが発進すると、ばるるんと小さな波が立ち、沖合の更に向こうまでミミたちは行った。絶好調にチューニングされた機体は動かすと気持ちがいい。
「頑張れよー!」
後方で漁師の声が小さく聞こえる。ミミたちはもう立ち止まれなかった。背中を押してくれる大人たちがいる。そして助けたい人がいる。ミミは動くしかなかった。たとえ未成熟な身だとしても、彼女は迫る邪悪に立ち向かう必要があるのだった。自分の足で立ち、社会に飛び込んでいくことこそが、少女が大人になる節目なのだった。
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スチームフィッシュは海原を進んでいく。その運転は水上バイクに近い。
ある程度進むとミミはスチームフィッシュを停止させ、ロータスステッキを持ち、あたりの気を探った。ステッキを持って目を閉じると、生き物たちの命の鼓動を感じることができた。
海には様々な生き物が溢れている。小さな魚から、海面近くまで餌を探しに上がってくる大きな魚。その他さまざまな生き物が海に息づいているのを、ミミはロータスステッキから感じる情報で知る。効果の範囲は、この付近一帯の島々にまで及んだ。
ミミはそれら多くの命の鼓動の中から、自分がよく知っているものを探す。父の息吹。それは彼と過ごした自分が一番よく知っている。ロータスステッキの範囲は周囲の島々にも広がった。海に浮かぶ小島に生息する生き物たち。それは小型哺乳類や甲殻類だ。必死になって生きている彼らはフレッシュな命の光を宿し、弱肉強食の世界で切磋琢磨しながら生きる道を探しているのだ。
しかし、彼らの命の光の間に、ミミの父の光は感じ取れなかった。この近海に漂着して助けを待っているわけではないらしい。
「ここにはいないようだ……。付近の島々にも、それらしい鼓動を感じない」
「やっぱり、海じゃなくてカニーンヒェンにいるんじゃないですか?」
後部座席からロロが進言する。
「あの手紙の内容では、国王様がカニーンヒェンの内情を良く知っていたとしか思えませんよ」
「うむぅ……しかし、父上がカニーンヒェンにいたとして、隣国の王と話す以外に何かあるのだろうか?」
「それはわかりません。でも、先代国王様には何か考えがあって、あんな手紙を飛ばしたんだと思います」
「しかし、父上はどこにいる。まさか捕まったのか……? 獄中で鳩を飛ばした? それか、あれは父上自身が何かを起こすということだったのか? いや、そのほうがあり得ない。あってはならないのだ」
ミミはかぶりを振る。予想外の出来事が次々に起こり、もしかしたら、いやこうかもしれない、と悪い予想ばかりが出てくる。
このまま帰ったほうがいいのかもしれない。進めば危険かもしれない。だが、指をくわえて待っているべきなのだろうか。ミミは葛藤した。
そんなミミの不安をロロは感じ取り、あくまでミミをなだめるように言う。
「先代国王様の胸中は、僕なんかの知りえるところではありません。でもこのまま放っておけば、取り返しのつかない事態になる。ミミさまもそうお考えのはずです。だから何度も死ぬような思いをしてでも、進み続けてきたんでしょう?」
ロロがいつになく強気に言うのを、ミミは聞かないふりは出来なかった。
言いたいことは言う。相手が目を背けて、前進できないならば、その点をしっかり諭す。ロロはいつも、気弱ながらもミミにはしっかり意見した。それはロロが、本当にミミのことを案じているからこそなのだ。
「カニーンヒェンに行きましょう。きっと大きな陰謀が渦巻いてます。それでも、何もしないなんて僕、嫌です……」
ミミは彼の言葉を無下にはできない。ふっとミミは笑った。
「……そうだな。で、そうした痛い事実を予につきつけるということは、予と一蓮托生で父上の奪還に向かうと、その意気込みがあるということだな?」
「もちろんです!」
ロロは尻尾をぱたぱたと振り、気合を入れた表情を見せた。
やはりお供にロロを選んだのは正解だった、とミミは思うのだった。
「よし、カニーンヒェンまで飛ばすぞ!」
どるるん、とエンジンが唸り、スチームフィッシュは再発進した。ロロは吹き飛ばされないよう、必死でミミの背中にしがみついていた。




