第十五話 わが赴くは蒼きウミ!
かぁん、かぁんと槌が振り下ろされ、台の上で火花が散る。
武器製造の様子をミミとロロは見守っていた。職人がロータスドラゴンの鱗を使い、新たな兵器を作ろうとしている。ゴブリン族の職人はかまどの中のような部屋で、一心不乱にロータスドラゴンの鱗と向き合っていた。ひげを蓄えた彼は、鱗の持つ神性と戦っているかのようだ。そこには彼の、ひたすら作品と向き合ってきた姿勢がうかがえる。
「すごい気迫だ……」
ゴブリンの職人は無口だが、ミミの目にはわかる。鱗は削られゆがめられ形を変えていくが、その力は失われるどころか、力を放出するのに最適な形状になっていく。鱗の形はゆっくりと開いていく花弁のような美しさを放ち始めていた。
「うちの工房で一番の腕利きだぜ。気難しいオッサンだが、無理言って頼んだんだ」
ヴォールクはにっと笑った。
魔導を扱う武器を作ってくれとミミはヴォールクに頼んだ。ロロが剣で戦うのなら、ミミは物理攻撃以外を担当するべきだ。マジックシューターを改良した、杖状の武装をミミは所望した。
その結果、マジカルステッキがいいのではないかとヴォールクから提案された。精密機械はこの武器屋では作れない。複雑な動作を必要としない、素人でも扱える、魔導の力を発揮できる武器にしたほうがいいとの判断だった。名前は『ロータスステッキ』に自然と決まった。
ロータスドラゴンの鱗は魔力を秘めている。そうした魔力は、どこか別の空間から魔力を持つ物質に流れてきているようだ。
魔力を持つ物質はいわば蛇口のようなもの。刺激を与えれば、それらの容量に見合った魔力を放出する。その仕組みを応用し、蒸気エンジンを用いて最大限の刺激を与え、クリスタルから魔力を引き出すのがマジックシューターだ。
このロータスステッキは、ロータスドラゴンの強大な魔力によって持ち主の思考から直接望む力を引き出すことができる。使い方次第で、マジックシューターの何倍も威力を出せるものなのだ。
ゴブリンの職人が白塗りにしたヒノキの杖の先に、ロータスドラゴンの鱗をくくりつける。鱗は放射状に広がる黒い太陽のような形となって、ステッキは杖の先から周囲を照らす光がある形状となった。その鱗は開いた蓮の花弁のようでもあった。
「このステッキは予の行く先を照らす、そんな気がするな」
ミミは職人に手渡されたステッキを手に取り、呟いた。
魔導士、それは今や失われた職業。彼らの姿はいくつかの古文書に記されているものの、その技術は残っていない。今のミミは、このステッキを手にしたことでそれに近づいたような気がしていた。
「ロータスドラゴンの魔力は、持ち主の意志に応じて変化するらしい。もしあんたが正気を失わなければ、魔力の暴走のような危険はないはずだ。万が一そうならないように、この武器にふさわしいような人間であるよう努めることだな」
「ヴォールク。おぬしには本当に感謝している。予はこれで父上を探しに行く。予には、この世界の行く先を傍観しているわけにはいかぬのだ」
「そうか」
ヴォールクはふっと笑った。
彼に出来ることはここまで。その先はミミたちが自分から大人の世界に分け入っていかねばならない。
ミミたちは名残惜しくヴォールクに別れを告げた。達者でな、と別れ際にヴォールクは言い残した。
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カニーンヒェンに向かう船は限られている。飛行船の事故があってから、両国の境界線はぴりぴりと緊張感が漂っていた。事故にかこつけて相手の国が変な行動に出ないかと、監視のため警備隊を乗せた小舟がそれぞれの国から出され、互いに睨み合っているのだ。そんな嫌な空気の中に出ていこうとする船などない。
そんな中で、一隻だけミミたちを乗せてくれるという漁師がいた。誰もカニーンヒェンの領海に近づかないということは、言い換えれば、その付近にある潮目である漁場を独り占めできるかもしれないということだ。市場で値段が吊り上がっている魚が手に入れば一攫千金も夢ではない。
しかし、もし何かあれば即座に海域から離脱しなければならない。できるだけ余分な荷物を増やしたくないのが心境だが、中に金貨一枚でミミたちの同行を許してくれる漁師がいた。
「んでもよ、俺は潮目までしか行かねぇ。そこから先はてめぇらで行けよ。そこまで面倒見切れねぇからな」
つなぎを着た、太った獣人の漁師がぶっきらぼうに言う。ミミはそれに頷いた。
「わかっておる。途中まで運んでくれるだけでもありがたい」
ミミはギルドから出る前に、残った全財産でスチームホッパーに装備する船型の外装『スチームフィッシュ』を購入していた。スチームホッパーが操縦席となり、エンジンをかければ小型船同様のスピードで海面を走ることができる。スチームフィッシュは船の側面にくくりつけられた。
「んじゃ、請け負った……。だが俺はあんたらが溺れ死んでも助けねぇ。だから俺を恨んで死ぬのはやめてくれよ」
「わかった、わかったぞ」
念を押す漁師にミミは返事した。元より父の救出は自分たちだけでやるつもりだ。だから大人に必要以上の要求はしない。
船が出航し、しばらく海原を航行する。港の賑やかな雰囲気から、色味の違う空の青と海の青がどこまでも広がる世界へと周囲がうつろい変わる。
「こんな気持ち悪いくらい良い天気の日には、あいつが来そうだな……」
漁師がぽつりと言う。ミミの耳はぴこんと跳ね、その呟きを聞き逃さなかった。
「あいつとは誰だ?」
「来たぞ!」
一瞬にして海上の空気がぴりっとする。
ミミたちは殺気が立ち込める方を向く。
巨大な渦潮が目の前に出現していた。




