第十三話 ロータスドラゴンの贈りモノ!
ミミとロロはロータスドラゴンの話に聞き入っていた。
この世界を脅かすモンスターたちは、かつては同じ人間だったというのか。
「……なぜ純血種は滅びなければならなかったのだ?」
「彼らは思い上がりすぎた。いずれ神をも超越する存在になれると思っていた。君は青空の更に上に広がっている世界を知っているか?」
「いいや……夜空があるだけだろう?」
「違う。暗く冷たくどこまでも広がる、宇宙と呼ばれる空間がある。夜空の星々はその宇宙にあり、はるか遠くから輝いているのだよ。我々を照らす太陽も、そうした星の一つだ。かつて純血種は、その星々のいくつかに鉄の船で行ったという。普通なら一生のうちには行けない、もっと遠くの星々に活躍の場を広げようとして、船を運行させる港となるバベルの塔を建造した。彼らは自重を知らなかった。自分たちのいる恵まれた青い星で満足しようとしなかった。果てしない境界線の向こうにいる『神』はそんな人類を、世界の秩序を乱すものとして扱ったようだ。空から降ってきた神の一撃は大陸をバラバラにするほど強烈で、大陸はいくつもの島々となった。元々あった都市は機能を失い、ほとんどが滅んだ。そして純血種に近い知性の者たちはそれぞれの国を造り、かつての時代に逆行した生活を送ることとなったのだ」
「魔導の一部は今でも使われているが?」
ミミは自分の手のマジックシューターを見る。
「カニーンヒェン国は、魔導文明の遺跡を掘り起こし、もう一度純血種の時代に戻ろうとしているのだ。おそらくあの国の王がそういった意向なのだろう。思い上がったことよ……」
マジックシューターの庶民への普及を目指した父のことをミミは思い出す。
隣国は魔導文明の遺産を独占しようとしているのではないか。だから、交渉に応じずに父を謀殺しようとした。
「なぜ……なぜ国同士が手を取り合って平和に暮らそうとしないのだ」
「君たちの国ハトゥールの支配者エルフ族は、純血種に比較的近い見た目をしている。そうした種族が魔導を使うことは、獣人の国であるカニーンヒェンにとって耐えがたいものだと思わないか?」
「それはなぜだ? 予には理解できぬ」
「他人が自分より優れていると認めたくない。少しでも譲歩すれば相手に付け入られ、自分の立場が危うくなる。人種、政治、貧富、あらゆる格差が人の間に存在する。それらが人々の間の障壁となっている」
「……大人の考えることはわからん。争うより皆で一緒に、自分たちがよりよくなるように考えればいいに決まっておる」
「私もそんな大人たちが嫌いだ。かつて、私も政治に関与していたような記憶がある。でも今、こうして一人になってむしろ穏やかな気持ちだよ。話し相手がいないのは寂しいがな」
ふっとロータスドラゴンは自嘲した。そして改めてミミに問う。
「して、君は何故私の心臓を欲しがった?」
ミミはどう答えたものか一瞬迷った。が、ここで下手な嘘を言っても意味がない。
信じてもらえないのは覚悟のうえで、ミミは正直になる方を選んだ。
「……父上を、王を救いに行きたかったのだ」
そのいきさつをミミは滔々と話した。ロータスドラゴンは聞き上手で、本当に興味深げに、そしてミミに感情移入するように耳を傾けていた。
ミミが話し終わった時、ロータスドラゴンは考え込むようなそぶりを見せる。
「そうか……。君はまだ大人になるべき年齢ではない。だが、状況が君を大人の世界に引き込んだ。城の外は、君にとって未知の世界でしかない。私にいきなり斬りかかるような無謀な真似をしたのも、君が外の世界になれていない証拠だったのだね」
それから、何かを思い出すように少し考えて、言った。
「おそらく君のお父さんは生きている」
「本当か?」
ミミは顔色を変えた。
父の生存は絶望的だと思っていた。半ば投げやりになっている自分を感じてもいた。それが生きている……?
「ここより海へ数百キロ行ったところで、少し前に大気が歪んだ。それは君の言う飛行船の爆発事故だったと思う。しかし、私には生命エネルギーを感じる力がある。あの事故で死んだ者はいない」
「では、父上の居場所もわかるのか?」
「残念ながら、私の能力では個体の識別まではできない。しかし君のお父さんがどこかで生きているのは間違いない。小島に漂着しているのかもしれないな」
ロータスドラゴンはべりっと自分の鱗を一枚剥がした。薄い黒曜石のように煌めく鱗は、ミミの掌ほどの大きさがある。
「この鱗を持って行け。心臓程ではないが、これにも強力な魔力が秘められている。精製すれば強い武器になるだろう。私の力が君を守る。まだ成熟していない君の盾となろう」
思わず差し出したミミの掌にぽとりと鱗が落とされる。鱗は軽く、バッグに入るものだった。
ミミは頷き、ロータスドラゴンに笑顔を見せた。
「ありがとう! 予は父を救ったら、度々この山に来るぞ! そして、おぬしの話を夜まで聞いてやろう!」
「それは私の方こそ感謝しなければならないな」
ロータスドラゴンの目の端が緩んだ。表情筋のないドラゴンが笑った、のかもしれない。
「さぁ、出発するぞロロ! どこかで助けを待っている父上に会いに行くのだ!」
しかしロロはミミに言われても、がくがくと生まれたての小鹿のように脚を震わせている。
「あの、僕、色々ありすぎて腰が抜けちゃって。引っ張ってください……」
「やれやれだのう」
ミミは芋を引き抜くようにロロの腕を掴んで、引っ張り上げた。




