第十二話 大人が子どもに語るコト!
ロータスドラゴンに立ちはだかったミミは、まったくもってどうしようか考えていない。彼女は常に一瞬一瞬を後先考えずに生きている。姫として育てられているときはそれでよかった。仮に失敗しても誰かが後始末をしてくれる。だが今は、そうではない。
(ちくしょう。予は一体何がしたいのだ)
そしてミミは、自分のしでかしたことにわなわなと震えるのだった。こんな巨大な相手、しかも大人たちを一蹴したドラゴンに刃向かって、自分も潰される未来しか見えない。こんなこと、だれも責任を取ってはくれない。
(予は何でもできるのではなかったか。結局予は、何もできない子どもではないか……)
ミミは王城を出て自分の力で父を探そうと決めた。それは、ロロ以外の力を借りないということだ。彼女自身が考え、行動した結果の責任を負う。
そんなことはわかっているつもりだった。わかっていても、目の前に責任が聳え立っていると、動揺する自分を隠せない。
責任とは、容易く自分を踏み潰せるくらい大きなものなのだ。それが今はドラゴンの形をしている。
「ミミ……さま……」
震えるミミの隣でロロは何もできないでいる。彼に何もできないことは既にわかっていた。渾身の一撃もロータスドラゴンには意味を成さない。肉切り包丁のような剣を持った鎧でさえ無力だった。であれば、鱗すら斬れなかった彼に何ができよう。ロロもまた悔しげな顔をしていた。流れ出る涙を隠しようもなかった。
ロータスドラゴンはミミたちをしげしげと見た。それは最初に会ったときのような好奇の目である。
「……そいつらを庇うのか?」
厳格な問いかけ。答えを間違えれば死に繋がる。
嘘は絶対についてはいけない。かといって、生半可な答えでもいけない。
ミミは覚悟を決めて頷いた。
「……ああ」
ふむ、とロータスドラゴンは息をつく。
「君たちはその大人たちの仲間なのか?」
「いいや。むしろ敵だ。この男どもは、予の国と敵対する者たち。おぬしの心臓を争う関係だ」
「敵を助けるのか?」
「いいや……予にも、なぜこうして前に出てきたのかわからぬのだ。ただ、人が死ぬのを見過ごしてはいけない。そう思った。思ったら、身体が動いていた」
ロータスドラゴンは興味深そうにミミを覗き込んだ。
「……君は目の前で人が死なれるのが嫌なのだろう? 同族の死。それは敵でも味方でもいい気分はしない。それはかつて、互いに傷つけ合い上を目指した純血種の歴史を繰り返すまいとする本能からかもしれないな」
言葉の意味は分からなかったが、ミミは再び首肯するしかなかった。
「……そうだ。人が死ぬと嫌だ。それだけしか考えていなかった」
「だろうな。私も殺生は好きではない」
ロータスドラゴンはため息をつく。
「君は勇気がある。強大な相手にも臆することなく自分の意見をぶつけられる。そんな若者には、三百年、いや、それ以上会っていないと思う」
ちらりとドラゴンは倒れている鎧たちを見やる。
「彼らは死んではいないよ。骨は折れているだろうが、命に別条がない程度に調節した。いずれ目を覚ますだろうが、彼らにもはや戦闘能力はない。引き返すのを見送ろう」
ロータスドラゴンはゆっくりと腰を下ろした。
彼の目は優しい色を帯びていく。いつしかその目から殺気が消えていた。
「……彼らが目を覚ますまで時間がある。さて、何か語ろうか。私は話し相手に飢えている。もし君が私に殺されたくないというのなら……私の勝手な願いだが、少し付き合ってくれないか」
どうやら彼に争う気はなくなったらしい。ミミはどっと膝から崩れ落ちた。
最悪の事態は避けられた。今まで気を張っていたのが解放され、全身を疲れが駆け巡る。
近くにいるロロも状況を悟ったようで、へたりと座り込んだ。彼は湧き上がる感情を抑えきれずに、嗚咽を漏らしていた。
「ちょうど雨も止んだな。では、この世界の成り立ちについて少し教えよう」
曇り空は晴れ、日差しが差し込む。白い土に光が投げかけられ、三人を照らした。
「君は、どうやってこの世界ができたか知っているか?」
ロータスドラゴンに問いかけられ、ミミは正直に返す。
「国の成り立ちの歴史は、大部分が失われている。王政を司る者たちも、どうやって自分たちの国ができたのか知らない」
「そう、それが表の世界の歴史。しかし、昔は今のように多種多様な人種がいる世界ではなかった。純血種と呼ばれる人類が、科学を発展させた魔導文明を築き上げ、戦争を繰り返しては技術を向上させていった……」
ロータスドラゴンは遠い目をする。
「そして最終的に、大陸の中央に軌道エレベーター……バベルの塔を建造しようとした。もしそれが完成していたら、遠い星々に人類は旅立っていったことだろう。しかし思い上がった人類を『神』は許さなかった。怒りの雷を落とし、バベルの塔は崩壊して、人類はいくつもの種族に突然変異した。別々の種族になった人々は互いを理解できず、かつてのような統率力はなくなり、魔導文明は衰退していった。そんな彼らの子孫がエルフや獣人、そして各地にいる人語を理解するモンスターたちだ」
ロータスドラゴンは自分の胸に手をやった。
「私は三百年前、バベルの塔が崩壊したときの唯一の生き残りだ。かつては権力者だった……ような気もする。この姿になる以前の記憶は朧げにしか覚えていない。しかし私の語ることは、全て真実だと言える」




