第十一話 大人同士でぶつかる技とワザ!
ドーム状の壁が壊れ、中からロータスドラゴンがぬっと首を出す。
檻から解き放たれた猛獣の目。それを戴いた巨竜が鎧たちを睨み据える。近づく者は必ず殺すという、危険な雰囲気が彼の全身から放出されていた。
鎧たちは色めき立ったが、すぐにボウガンがロータスドラゴンに向けられた。予想外の出来事にずっと狼狽えるほど彼らは未熟ではない。
巨大なボウガンは反動もそこそこあるようで、発射した瞬間射手が後方によろめいた。ぶぅんと大きな鉄が空気を裂く音がする。
ロータスドラゴンは恐ろしい勢いで飛んでくるものを見据える。今度はその矢を食らわない。ドラゴンが「轟っ」と吼えて、周りの空気が一瞬陽炎のように揺らめいた。
あまりの音圧で大気が歪んだのだ。ミミは一瞬何も聞こえなくなる。鼓膜が破れそうになるのを反射的に猫耳が閉じ、身体が無意識的に音をシャットアウトしたのだった。
矢はその場にとどまってびりびりと震えた後、音圧に慣性が負けて、揚力を失って落下する。がしゃん、と鉄の矢が地面に転がった。マジックシューターの鎧が「ちいっ」と舌打ちしてクリスタルを装填し、再び魔法陣を描こうとする。
しかしそれも見逃すロータスドラゴンではなかった。
ロータスドラゴンは体内に残留していた粒子を喉に溜め、ぺっと吐き捨てるように出す。投石のように飛んできたエネルギー弾は、マジックシューターの鎧のどてっ腹に命中した。
「ぎっ……」
マジックシューターの鎧は呻いて、強烈なボディブローを食らったようにぶっ飛ばされる。そのまま後頭部を大き目の岩にぶつけ、きゅうと呻いて気を失った。
しかし鎧たちは特段動揺する素振りを見せない。仲間の一人が行動不能になったとしても、それに対して残った人員がどう動くかは織り込み済みだからだ。
「やれやれ……」
隊長の鎧が、大型の肉切り包丁のような刀を抜く。
血を求めているようにぎざぎざの刃を見せる刀を、いかにもうずうずしながら隊長は構える。鎧の隙間から見える表情は、肉食獣特有の爛々とした目を見せていた。獣人の本能が彼を突き動かしている。
「この剣が血を欲しがっている。斬りたくてたまらないって感じだ。できれば暴れさせたくなかったんだがなぁ……」
そう言いつつ、暴れたいのは自分であるのを隠そうともしない。「があっ」と叫んで剣を仰々しく振りかぶり、肉を斬る快感を得たいがために隊長はロータスドラゴンに飛び掛かった。
ロータスドラゴンは、自分に寄ってくる人間を見下ろしていた。その目には憐憫とも嘲りともつかない表情が浮かんでいる。
大剣を持っている鎧が哀れである。まるで人間に鎌を振り上げるカマキリのようだ。そういう顔をロータスドラゴンはしていた。
ばっと近づいてきた隊長は、一定の距離に達すると「しゃあっ」と叫んで大剣をかざし、ロータスドラゴンに斬りつける。
後ろでボウガンの鎧が次弾を装填する。また、大砲の鎧がスキルクリスタルを武器に入れた。隊長の動きもまた計算ずくに違いない。彼らは考えなしに動く機械人形ではなく、それぞれ考えを持った個人。脚を切られても動く昆虫のように、小隊は機能的に行動していった。
ミミとロロは、目の前で繰り広げられる達人同士の戦いに見入っている。子どもの彼女らには、大人の考え抜かれた戦いを見るのは初めてだった。互いが殺気を放ちつつも、その行動は深い考えの末に行われている。殴り合ったことすらないミミたちには、そんな大人たちの命を懸けた戦いが鮮烈に、強烈に脳内にこびりつくのだった。
「死ねぇい!」
大剣を持った隊長が叫び、ぎざぎざの刃をロータスドラゴンに振り下ろす。
刃は分厚い鱗も一刀両断し、ロータスドラゴンは初めて血を流した。
だが老いた竜は怯まない。それどころか、格の違いを見せつけるために攻撃を許したようでもある。
「……てめぇはそうだろうな」
隊長は一瞬悔しそうな顔をする。ロータスドラゴンの返り血が彼の鎧を赤く染めていた。後方で部下たちが準備を進めている。隊長の一撃がダメージとならなかったことに、彼自身が深く悔いているようだった。
ロータスドラゴンは上空に光線を吐く。光線は空中で放射状に分裂し、地上に降りかかってきた。
後方で待機していた遠隔武器を持つ二人がまず標的となった。その頭上にエネルギー弾が命中し、大きな岩で殴られたように二人は倒れる。
隊長は振り返って、形勢が逆転したことを悟った。くっと笑って、再び肉切り包丁のような大剣を振りかざす。
「この世で最も気高き生き物よ! 俺たちはお前を殺せなかった! だが、俺たちは仕事を投げ出さない!」
勇ましい隊長も、ロータスドラゴンの前脚による一撃には耐えようがなかった。
横殴りに突き飛ばされ、隊長は地面を転がる。仰臥してこひゅー、こひゅーと息をつく隊長を踏み潰さんと、ロータスドラゴンは歩を進めた。
いけない、とミミは思う。
ミミはロータスドラゴンと隊長の間に割り込み、腕を広げて訴えかけた。
「殺すなっ!」
その行動はミミにもはっきりした理由はわからない。だが、この老いた気高きけものに、人殺しをさせてはならないという気持ちがミミにはあった。
ロータスドラゴンはミミの姿を見て、前脚を引っ込めた。その目は再び慈愛に満ちたものとなっていた。




