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第一話 王様の耳は猫のミミ!

 初めて入る王室は、どこか両親の匂いが残っているようだった。豪奢でありながら、ミミにとっては家庭の温かさを感じるものだ。

 クローゼットには清楚な専用ドレスが用意されている。大きくゆたかな幅のあるドレスは、十四歳の少女が一人で着るのは難しい。執事がミミの着替えを手伝った。最後の仕上げとしてタイを締める際に、ピンクの猫耳をぴん、と立て、ミミは執事のロロに言う。

「くるしゅうないぞ、ロロ。もうすこしきつめに締めい」

「はあ……」

 ぺたんとした犬耳を持つロロは、気弱そうに返事した。彼はミミの幼馴染であり、ミミの身の回りの世話は全て彼が請け負っていた。


 ミミは今日、王として即位する。それに見合ったドレスを着て、周りに自分が王だと見せつけるのだ。壇上に上がるのは初めてだが、立派に振舞わねばならないと、幼いながらもミミは理解している。

 ロロはミミに遠慮して、首が苦しくならないようにタイを結び直す。が、ミミはそれが気に入らなかった。

「ちょっとゆるいのだロロ。即位式の最中に落ちたら赤っ恥ぞ。もっときつくしめるのだ!」

「きつく……しちゃっていいんですか?」

「うむ。思いっきり縛れ!」

 ロロは少し考えた後、思い切ってぎゅっとタイを締め付けた。紐のせいで気道が確保できず、ミミの顔は徐々に青くなる。

「くるしい! やめろ! ゆるめろ!」

「ごっ、ごめんなさい!」

 ロロが急いでタイを緩めると、ぜえぜえとミミは荒く息をついた。


「おぬしは融通が利かないのだ。ま、それは嘘が苦手な裏返しでもあるから、予はおぬしを信頼しておる。精進せい」

「ありがたきお言葉……本当にごめんなさい、ミミさま」

「御託はいいからちゃんと着付けをするのだ!」

 ロロはあたふたとしながら、ミミの服に皴がないようチェックし、髪にはねたところがないか櫛を入れる。準備が終わるとミミは満足そうに鼻息をついた。


 幼いミミが王女となったのは理由がある。王である父が隣国との交渉に向かう途中で行方不明となり、実質的な権威が不在となったためだ。海上で飛行船がエンジントラブルから爆発し、捜索班も見つけ出すことができず、もはや生存は絶望的とされた。

 王の子どもはミミただ一人。獣人とエルフのハーフがこの島国、ハトゥール国の王となるのは前例がない。しかし先代の王は、獣人とエルフの融和を目指した。元々エルフの国だったハトゥールは変革の時を迎えている。その点でもハーフであるミミが選ばれたのは大きな価値があった。


「そろそろ時間だな。予はゆくぞ」

「御武運を。ミミさま」

 ミミは控室から城の正面にある、壇上へと続くゲートに歩いていく。胃の底がぐつぐつとして、お転婆なミミでも緊張を感じていた。

 外には大勢の民衆が待ち構えていた。誰もが期待と不安の入り混じった目で見上げている。ミミは彼らを見下ろし、すうっと息を吸ってから、宣言する。


「予が新しい王様、ミミ・ハトゥールである!」

 わあっと民衆が湧いた。

 王! 王! とコールされるのは満更でもない。ミミは注目されることにしばし酔って、その後の宣誓が若干しどろもどろになったのだった。


   ・


 ミミが正式に国王になって一週間。朝起きて執務室に行くと、父に仕えていた側近たちが挨拶してくる。

「おはようございます、ミミさま」

「うむ」

 しかしながら幼いミミのやる仕事はほとんどない。国の政治は全て側近たちが、先代の王のやっていた通りに事を進める。それまで差別されてきた獣人と本来の支配階級だったエルフの融和政策、その対応に政治家たちは躍起になっていた。

 ミミのすることは執務室の机に座っている、ただそれだけのことだ。ふぁ~、と欠伸をして、ちょうどいい感じに日の当たる机に突っ伏してミミは眠った。それを咎めるものは誰もいない。


 そんな日々が続いて、ついにミミは不満を爆発させた。

「暇だぞ! 予にも仕事をさせるのだ!」

「まぁまぁ。ミミさまは王として君臨しているだけで存在意義があるのですよ」

 ふんがーと怒るミミを大臣が諫める。

「正直、まつりごとに首を突っ込まれても迷惑ですし……」

「何か言ったか?」

「いいえ、めっそうも。でしたらミミさまにぴったりの役職をご提案しましょう」

 ぱあっとミミは表情を明るくする。

「予も民のために何かできるのか? 何でもするぞ!」

「ええ、ええ。ミミさまにしかできない仕事ですとも」

 大臣はにやりと笑う。

 所詮ミミはただの子ども。大人たちはその『王』という肩書さえ担いでいれば、好き勝手に政治を行えるというわけだった。


   ・


「皆の者! 用意はいいかー?」

 王城の正面にステージが設置され、大勢の観客がそれを取り囲む。ライトアップされたステージに立つミミは、フリフリの衣装を着たアイドルだった。王族のドレスなんかより、この軽快な服のほうがミミの気性に合っているらしい。

「せーのっ」

 ミミはマイクに向かって大声で言う。

「王様の耳はー?」

『猫のミミー!』

 観客たちが湧きたつ。うん、とミミは満足げに笑みを浮かべた。

 ミミは歌い、踊り、観客たちを魅了した。「ミミさまー!」と呼ぶ声がそこかしこで聞こえる。その声援に励まされ、ミミは初ライブをこなしていった。

 パフォーマンスを終え、汗だくになるミミを歓声が包む。

 こうして国民に親しい王族をアピールすること。それがミミに与えられた役割だった。ミミは民を喜ばせられるなら、と精一杯の練習をし、誰もが楽しめるように頑張るのだった。


 しかし。

 ステージの袖で、彼女の着付けを担っていたロロは思う。

「……本当にこれでいいと思っているのですか? ミミさま……」

 政治は大臣たちに私物化され、ミミは張りぼての王に過ぎない。獣人である先代王妃は、王が行方不明になってからずっと病に伏せっている。放っておけば国が衰退するのは間違いなかった。


「皆の者、ありがとー!」

 そう笑顔を振りまくミミに、一瞬翳りが見えたのを見逃すロロではなかった。

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