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骨董品屋・逆倉  作者: フツキ
4/7

4.祭に出掛けよう。

 今日は祭の二日目だ。朝のニュースで流れていた天気予報通り、空は快晴、風も吹いていない。きっと夜には綺麗な花火がまた上がるだろう。今日は絶好のお祭日和となった。本当ならば家の手伝いをしなければならなかったが、志郎は両親に頼み込んで、夕方からは祭に行くことを許可してもらった。

「店長!」

 いつもの開けにくい戸を開けて、少し整理され始めた店の奥へと行くと、いつも通り眼鏡をかけて漢書を読む店主がいた。その顔色は昨日と比べて良くなっている。志郎はそれを見てほっと安堵の息を吐いた。珍しく浴衣姿の志郎をちらりと見ると、店主は読んでいた漢書にしおりを挟んで立ち上がった。彼の姿はいつも通りの着物姿だ。

「早く、早く行こうぜ」

「煩いぞ。…祭は逃げたりしない」

 嬉しさのあまり騒がしくなる志郎を一瞥して、店主がいつも通りの口調でそうたしなめる。ふと見て気付いたが、今日の店主は何故か手袋をしていた。いつもはしていないのに、どうしてだろう。だが何らかの事情があるのかもしれないし、触れないほうがいいかもしれない。今日は楽しい祭の日なのだ、下手なことを聞いて楽しくなくなったら意味がない。

「でもさー、楽しみじゃん。店長、お祭初めてなんだろ?」

 そんな店主の言葉を聞いた志郎が、にかりと笑ってそう答える。店主は昨日、志郎と花火を見ながら、祭へ行くと言う約束をした。彼は今まで一度も祭へ行ったことが無いと語っていたから。

 祭のあの喧騒が、志郎はとても好きだった。もともと人と一緒にいるのが好きだし、祭にだけある独特の雰囲気も好きだった。けれど店主は人とあまり関わらたがらないから、自分と同じような感想を抱くとは限らないけれど。

「外で見る花火も、すっげえ綺麗だぜ」

 店の戸締りをしている店主に、志郎は大げさな動きを交えて説明する。だが、店主の反応は芳しくない。だが志郎には、その反応が真実では無いことを何となく理解しつつあった。

 この店主はきっと自分の気持ちや言いたいことを、そのままきちんと伝えられない、不器用な人間なのだろう。その口調はぶっきらぼうで、時折突き放すようなものだけれど、その細部には優しさが含まれていることに、志郎は気付いていた。

「…つまらなかったら、すぐに帰るぞ」

 そう呟いた店主の声は、少しだけ嬉しそうな色を含んでいた。


 祭の会場である神社への道は、露店がずらりと軒を連ねていた。色鮮やかな明りが、その通りをきらびやかに彩る。わたあめ、焼きそば、金魚すくい。様々な店が、神社へ向かう者たちを誘惑するかのように並んでいる。

「やっぱ祭りはいいなー!店長、何食いたい?」

「特に無い」

 志郎の少し後ろを歩く店主にそう聞くと、辺りをずっと見回していた彼がう答えた。彼は店を興味深く見てはいるものの、何も買おうとしない。ただ、見ているだけだ。

 今日は家の手伝いをして腹も減ったし、何か食べたい気分だ。けれど店主の好きな食べ物が分からないから、色んなものを選べる方がいいだろう。いきなり焼きそばやお好み焼きはヘビーなので、まずは軽いものから行くとしよう。

「じゃあ店長、あんず飴食べよう」

「あんず飴…?」

 自分の提案した物の名前を反芻する店主に、志郎はそうそうと言いながら頷いた。少し行った先にあんず飴が売っている屋台が見える。志郎はお互いがはぐれないように、店主の手を掴んだ。

「こっちこっち!」

 手を掴まれた店主は、志郎に導かれるままに彼の後から人の間をすり抜けて行く。あんず飴の屋台へはすぐに到着した。人気があるのだろうか、少し人が並んでいる。仕方なく、志郎と店主は列の最後尾に並んだ。

「あれがあんず飴。見た目はあんなんだけど、すっげえ美味いんだ」

「ほう…」

「店長はどれにする?」

 志郎が指差した先には、水あめに包まれたあんずが氷の上に並んでいる。他にもオレンジやりんご、いちご等もある。それをお菓子で作られたカップの上に乗せて食べるものだ。志郎の説明を聞いた店主が、じっくりとそれを見定めてからこれにするかと指さした。

 並んでいた列は意外とすぐに捌け、自分たちの順番がやってきた。志郎は嬉しそうにあんず飴を二つ頼むと、受け取った一つを店主に手渡した。

「水飴はちょっと食べにくいかもしれないから、気をつけてな」

 そう言って志郎はにこりと笑うと、手に持っていたあんず飴を器用に食べ始める。店主もそれを見て、それに倣うように一口水飴を食べてみる。途端に、店主の表情がさっきより柔らかくなった。

「……甘いな」

「美味いだろ!」

 にこにこと笑う志郎を見て、店主は何も答えずにまたあんず飴を一口食べた。


 あんず飴を食べ終えた店主は、少しずつだが自分の主張を表すようになった。興味を惹かれたものがあれば立ち止まり、そして志郎が説明をする。食べたいものがあれば、買って二人で食べる。

 ただ彼は人込みにはあまり慣れていないようで、少し歩いたら道端で休むことを何度も繰り返していた。気分が良くなかったら帰ると言っていたのに、大丈夫なのだろうか。体調が悪いのかと聞いてみたが、店主は何でもないと答え、人込みの中を歩いている。

「人が、少し苦手なだけだ」

「そっか…でも具合が悪くなったらすぐに言ってくれよ」

 心配そうに店主を見ながら志郎がそう言った。自分は店主がどれだけ身体が弱いのか、病気を患っているのかを知らない。だからこそ、なおさら無理をしているのでは無いかと、心配してしまう。

 あの店で働き始めてから、ようやく、店主という存在がどんな人物なのか、志郎は理解し始めた。彼は体が弱くて、人付き合いが苦手で、でもそれでも、不器用ながらも、優しさを持っている。店主のことが分かるようになってきたのが、志郎は嬉しかった。最初は仕方なく始めたバイトだったけれど、今ではそれが楽しいと思える。

 そう思ってぼんやりと歩いていたせいか、目の前を歩く人に気付かずに志郎は目の前の人にぶつかってしまった。思わず後ろにいた店主の方へよろけてしまうが、店主が身体を支えるかのように腕を掴んでくれた。

「ありがとな、店長…」

「ぼんやりと考え事をしているからだ。…私のことはそんなに心配しなくていい。気をつけろ」

「えっ、その…あっ」

 どうして店主は自分の考えを分かってしまったのだろう。その理由に気付いて、志郎は思わずそんな声を上げてしまった。この店主はサイコメトリー能力の持ち主だ。触れた相手のことを、透視したり、その過去を見たりすることが出来る。

 そうか、だから下手に物に触れないよう、触れても大丈夫なように、いつもは着けていない手袋をしているのか。サイコメトリーっていうのも、なかなか難儀なものだと思った。そんな店主が、自分のことを守ってくれた。志郎はそれが嬉しかった。

「そうだよな。ごめんごめん」

「ちゃんと前を見ろ。またぶつかるぞ」

 てへへと笑う志郎に、店主がいつも通りの冷ややかな言葉を浴びせる。だが志郎は嬉しかった。店主がきちんと自分の身体が倒れたり、転んだりしないように支えてくれたのだ。

 彼の中で自分の存在がどれくらいなのかは、分からない。ただのバイトなのかもしれない。それでも自分のことを少しでも気にしていてくれているのならば、嬉しい。否、とても嬉しい。


 神社がある小高い丘へ続く道を歩きながら、志郎はいつの間にか自分の前を歩いていた店主の背中を見た。丘への道は露店よりも人が少ない。そろそろ花火が始まるから、花火を見る人は見えやすい場所へと移動したのだろう。

「花火、どこから見よう」

「お前だけが知っている場所は無いのか?何度も来ているのだろう」

「うーん…」

 店主にそう問い掛けると、逆にそう聞かれ、志郎は困った声を上げた。お気に入りの場所はあるものの、そこは他の人たちも集まる人気スポットだ。人混みが多すぎると、また店主が人酔いをしてしまう可能性もある。そう考えているうちに、どんという轟音と共に花火が上がった。

「ここからでも、いいな」

 どんどんという音を響かせながら、空に花火がいくつも上がって行く。それをぼんやりと店主が見つめていた。初めて外で見るその花火は、彼の瞳にはどう映っているのだろうか。その表情からは、察することが出来ない。でも、不機嫌では無さそうだった。

「外で見る方が綺麗だろ?」

「………そうだな。外も、悪くは無い」

「だろ!」

 にかりと笑って花火を眺める志郎に、店主もそう答えてから、同じように花火を見上げる。

「……綺麗、だな」

 ぽつりとそう零した店主の表情は、今まで見せたことの無い、嬉しそうな顔だった。今まではずっと、無表情か不機嫌な顔しかしていなかったから。そんな彼を見て、志郎が嬉しそうに笑った。

「なんだ店長、ちゃんと笑えるんじゃん」

「煩い」

 志郎の言葉を聞いた店主が、またいつもの不機嫌な表情に変わる。さっきまでは、とても綺麗な笑顔だったのに。だがこの人の笑顔を見れたことが、志郎はとても嬉しかった。

 今日は今まで見たことの無い店主を、たくさん見れた。彼が自分を助けてくれた。彼は花火が綺麗だと言った。そして、彼がとても嬉しそうに笑ってくれた。その時間がとても楽しかった。この花火が終わってしまえば、また、いつもの日常が戻ってくる。でもその日常は、昨日とは違うものになるだろう。


「今日は…楽しかった」

 店の前で、店主が素直な感情を口にした。その言葉を聞けただけで、祭に誘ったかいがあるものだ。

「良かった!じゃあ店長、また明日」

 少しだけ、相手との距離が縮んだのが、志郎は嬉しかった。そう挨拶してから、店へと戻っていく店主を見守る。そして志郎も、家路へと着く人たちに混じって、家へと帰っていったのだった。

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