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骨董品屋・逆倉  作者: フツキ
2/7

2.バイト始めました。

 あの店から帰ってすぐ、志郎は店主が見せたあの不可思議な能力についてすぐにネットで調べた。あれはサイコメトリーと呼ばれるらしく、物に残る残留思念を読み取るのだそうだ。そういえばそれをテーマにした漫画があったな、と志郎は思い出した。でもまさか、実在しているなんて想像もしなかった。

 志郎がこの骨董品屋…逆倉で働き始めてから数日が経った。この骨董屋で働くと決まった次の日には、粉々になったはずのあのツボは、校長の部屋にきちんと置かれていた。どうやったのかは分からないが、きっと、あの店主が何とかしてくれたのだろう。

 最近の志郎の生活は、学校が終わったらすぐに店へ向かって、店主から言われた手伝いをするという毎日を過している。店主からもう帰ってもいいと言われたら、そこで志郎の仕事は終了だ。

 だが仕事の終了時間は、店主の気まぐれもあって、日によってまちまちで、時には遅かったり時には早く帰れたりする。仕事の内容も、その日によって違っていた。昨日は玄関の掃除をして、その前は書物の整理をした。今日は何をするのだろうか。

 友人たちには店の手伝いをすることを伝えてある。なので、放課後の誘いは、よほどのことがない限り無くなった。友人たちと遊べないのは少し寂しいが、一ヶ月の辛抱だ。いつも通り開け辛い戸をくぐって狭い通路を通ると、奥にはこれまたいつも通り書物を読んでいる店主がいた。

「こんちは、店長」

 一応挨拶をしてみると、店主は不機嫌そうに志郎をちらりと一瞥しただけだった。最初はこの視線にどう対応していいのか少し迷ったが、いつもこんな表情をしているし、恐らくこれが店主の普通なのだろう。なのでこれにも慣れてきた。

「今日は何をすればいいんだ?」

 そう言って今日の仕事を聞いてみると、店主は書物にしおりを挟んで、後ろにある本棚を指差した。少し埃を被った本棚には、乱雑にノートのようなものが積み重なっている。

「ここにある帳簿を、整理しろ」

「帳簿?」

「そうだ」

 そう反芻する志郎に、店主は頷いた。志郎は家が民宿をやっているので、忙しいときはその手伝いをしたりする。なので、帳簿のこともよく理解していた。

 志郎は両親から、帳簿は店をやっていく上で、大事な書類だと教えられた。本棚のノートの並びを見るに、お世辞にも綺麗に整理されているとはいえない。店にとってとても大事なものを、こんなに乱雑に扱っているとは。志郎は少し苦笑した。

「分かった。こっち上がっていいか?」

 鞄を床に置きながら店主に聞くが、彼は聞く素振りも見せずにまた書物を読み始めている。ここでの仕事を始めてから、彼はずっとこんな調子だ。仕事内容を言ってしまったら、後はもう言葉を交わすつもりは無いらしい。

「しょうがねえなぁ…」

 そうひとりごちてから、志郎は靴を脱いで店主の座っている一段高い床に立った。


 埃まみれの帳簿を整理しながら、志郎はふと、とある事実に気付いた。帳簿はおそらく店を始めてからずっと付けているのだろう。だが、とある日を境に丁寧に書かれていた帳簿が、乱雑に書かれるようになっていた。

 この店内はかなり古い作りになっている。今の店主は見たところ若いし、帳簿を読むと少なくとも三十年以上、この店は続いているようだ。だから先代の店主がいたんだろう。そしてきっとこの日から、今の店主が帳簿を付けるようになったのだろう。前の帳簿に書いてある字と、後の字は少し違っていた。

「店長、帳簿ちゃんと書いてないだろ」

 年代ごとに帳簿を入れ直しながら、志郎が指摘してみる。たぶんこの答えは返ってこないだろう。やはり予想通り店主からの返事は無い。無言で本のページをめくる後ろ姿が見えるだけだ。

「帳簿って大事なんだぜ。うちも旅館やってるから、少し知ってるんだ」

「……煩い、お前のような子供には関係ない」

 話し続ける志郎の発言を遮るように、やっと店主が口を開いた。顔はこちらを向いてはいないから分からないが、その声は不機嫌さをあらわにしている。指摘が図星だったのか、それとも話しかけたこと自体が嫌だったのか、両方か。とにかく、店主はあまりいい気分では無いようだ。

「オレ、こう見えても高校生だぜ。もう子供じゃねえよ」

 そう言って志郎は口を尖らすが、店主は志郎をちらりとも見ない。ただずっと、彼は書物を読み続けていた。志郎が手伝いをしていても、お客が来ていても、彼はずっと書物を読んでいる。あらかた片付け終わったので、志郎はじっと店主が読んでいる本を見てみた。いったい何を読んでいるのだろう。するとそこには、読み辛い漢字がびっしりと書き連ねられている。

「それ、漢書ってヤツか?店長」

 話題を切り替えるように志郎がそう聞くと、珍しく店主がこちらを向いた。相変わらず、その表情はほとんど無い。

「漢書に興味があるのか…?」

「学校で少し習ったのと、父ちゃんから古い本を見せてもらったくらいだけど」

 そう言って、帳簿を仕舞いながら志郎が笑う。志郎の父親は若い頃、今の民宿をやる前は、見聞を広めるために世界各地を旅したことがあるらしい。昔父親が中国へ行ったときのお土産に、漢書があったのを志郎は覚えていた。

 小さな子供が持つであろう好奇心で、その漢書を読んだことはあった。だがあまりにも読み辛くて途中で投げ出したのも思い出してしまって、志郎は内心で苦笑した。幼い子供が読むには、それは本当に難しすぎたのだ。

「店長は漢書が好きなのか?」

「…漢書以外も、読むことはある。古い本は好きだ」

 店主が珍しく、少し嬉しそうに志郎に語った。いつもは不機嫌な表情しかしなかった店主の珍しい顔に、志郎は驚きを隠せなかった。今までこの店で仕事をしてきた中で、こんな表情を見せた店主は初めてだった。それだけ彼は漢書や古い本が好きなのだろう。少しだけ店主のことを知れたことが、志郎は嬉しかった。

「オレもさ、すっげえ小さい頃にそういうのを読んでみようと思ったんだけど、どうも読み辛くてさ」

 こんなこと言ったら、また機嫌を損ねるだろうか。そう考えながら志郎が言うと、その言葉を聞いた店主が、珍しく何かを考えるかのように視線を下に落とした。そして机の一番上の引き出しを開けて、中にあった本を取り出した。

「……貸してやる。これならお前でも読めるはずだ」

「え?」

 店主の唐突すぎる言葉に、志郎は思わず手に持っていた帳簿を落としてしまった。それはばさりという音を立てて、埃を舞い上がらせた。ごめんと店主に告げてから慌てて帳簿を手に取り、本棚にしまってから、床に広がった埃を雑巾で拭き取る。

 そして差し出された書物を手に取ると、また店主は何も言わずに書物を読み始めてしまう。もしかしたら、これは彼なりの志郎への優しさだったのかもしれない。いつもは不機嫌な顔ばかりしているけれど、本当は優しい人なのかもしれない。と言うことは、この店主に少なくとも嫌われてはいないのだろう。その事実を知って、志郎は胸の辺りが暖かくなったような気がした。

「有難うな、店長」

 そう呟いて、志郎はにこりと笑った。


 帳簿の整理が終わったので、本格的に本棚の埃取りをしていると、がらりと珍しく店の戸が開いた。客がまったく来ないわけではないけれど、この店の戸が開くのは珍しい。

「いらっしゃいま…」

 帳簿を整理し終わった志郎がそう声をかけようとしたが、その相手の姿に驚いてしまい、志郎は最後まで挨拶を言うことが出来なかった。

「ほほう、元気にやっておるようじゃのう」

 店に現れたのは、以前志郎が訪れた零封堂の主人である老人だった。その隣には、店の入り口にいた少女もいる。少女は志郎の姿を見て、にこりと笑ってお辞儀をした。つられて志郎も、ぺこりとお辞儀をしてしまう。

「今日は何しに来たんだ?じいちゃん」

「うむ、頼んでおいた巻物を引き取りに来たんじゃ」

 老人がそう言うと、いつの間にかこちらにやってきていた店主が手に持っていた巻物を老人に手渡した。古びた巻物は、志郎の視点からはどんなモノなのか分からない。とにかく年代ものの、価値のあるものなのだろう。あの能力を持つ店主が調べたであろう物だからなおさらだ。

 いろんな知識を持つ父の影響で、志郎も少しだけ骨董品に関する知識は持っている。それでも、ここの店主や老人に比べたらまだまだだろう。なにやら話し込んでいる店主と老人を見て、志郎は一緒に来ていた少女に声をかけた。

「今日はじいちゃんの手伝いか?」

「うん。神社のお祭に、お店を出すの」

 こくりと頷いて、少女が答える。喧嘩の仲裁をして校長のツボを割ったり、店の手伝いをしていたせいですっかり忘れていたが、数日後から、この街の大きな神社で祭がある。クラスメイトで神主の娘でもある喜代が、ここのところずっと忙しいと言っていたのを覚えている。

 その祭は二日間行われるとても大きなものだ。きっと零封堂の老人も、その祭に店を出すのだろう。そのために、今日はここにやって来たのかもしれない。以前、喜代の家とは付き合いがあると老人が言っていたのを、志郎はまだ覚えている。

「お兄ちゃん、お祭…来る?」

 逆にそう少女に問われ、志郎は困ったようにうーんと唸った。行きたい気持ちはやまやまだが、この店で一ヶ月間バイトをする約束をしてしまった。なのでその日は休ませてもらえるか、少しあやしいところだった。

「オレ、ここで一ヶ月間、バイトすることになったんだ。だから、今年の祭は無理かな…」

「そう。残念…だね」

 そう答えて苦笑すると、少女が寂しそうに呟いた。きっと志郎の民宿も、祭に便乗して、何らかの出店をやるに違いない。外は賑やかな祭りで楽しそうなのに、店主と二人きりでここに閉じ籠もっているのは、いささか退屈だ。でもだからといって、志郎が誘ったとしても、この店主が外に出るとは到底思えない。

「…今日の仕事は終わりだ。帰っていいぞ」

 そうあれこれ考えていると、老人との会話を中断させて、店主が志郎に向かってそう告げた。どうやら老主人との話が長引くようなので、志郎はお役御免となったようだ。いつもより早い帰宅に、志郎は「やりぃ!」と思わず言ってしまった。

「んじゃ、またな」

「うん、またね」

 店に置いてあった鞄を取って、椅子にちょこりと座っていた少女に声をかけると、彼女が笑いながら手を振った。お先に失礼しますと一応店主に声をかけて、志郎は店を出た。

 数日後の祭りをどうするか。玉砕覚悟で、店主にその日は休んでいいか相談してみるか。それから渡された漢書も読まなければならない。やることがいっぱいだなあ。そう考えながら、志郎は暮れていく空の中を走っていった。

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