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骨董品屋・逆倉  作者: フツキ
1/7

1.店長との出会い。

 少年は大通りからそれた細い道の真ん中で、盛大に溜息を一つ吐いた。その溜め息に比例するように、彼の表情はとても暗い。手に持っているのは一万円札が二枚。制服姿に二万円を持つその少年の表情は、どこか切羽詰っている。

「…まったく、なんで俺がこんな目にあわねぇといけないんだ…」

 古めかしい外観の骨董品屋を少し遠くに見やりながら、少年…志郎が恨めしそうにひとりごちる。

「ツボを壊したのは修司(しゅうじ)たちなのに…俺は何も悪くないのに…光輝(みつき)もあそこで茶化すからいけないんだよな。しかも亜紀には先生に言いつけてやるって言われちまったし」

 志郎はそう続けて、また、はぁと溜め息をついた。どうしてこうなってしまったんだろう。彼の表情はそう言いたげだった。

 彼の名前は高木志郎(たかぎしろう)。都会から少し離れた海辺の街に住む、どこにでもいるごく普通の高校二年生だ。そんな少年が何故二万円を手にしているのか。その原因は少し前に遡る。学校で何故か担任から校長室の掃除を頼まれた志郎とクラスメイト達が、誤って校長の大事なツボを割ってしまったのだ。

 原因は修司というクラスメイトたちの些細な喧嘩で、最初はじゃれ合いだったものがヒートアップし、とうとう本気の喧嘩にまで発展してしまった。それを何とか止めようとした志郎が二人を引き離そうとして、その結果、近くにあった棚の上のツボを割ってしまったからだった。

 原因は修司たち二人にあるものの、結局ツボを割ってしまったのは志郎だ。仕方なく、彼は同じクラスメイトの喜代(きよ)という少女のツテでこの骨董品屋にやってきたのだった。骨董品のプロがいるここならば同じ品物があるかもしれない、何とかしてくれるかもしれない。そう喜代が手紙までしたためてそう言ってくれたのだ。

「…仕方ない、行くか」

 ずっと溜め息をつき続けても仕方ないと思い観念したのか、志郎は店の近くまでやってきた。遠くから見ても古そうな建物は、近くで見ると意外と綺麗で大きく、どこか荘厳な存在感があった。看板には大きく「零封堂(れいふうどう)」と書かれている。

「…いらっしゃいませ」

 入り口の近くを掃除していた黄緑色のワンピースを着た自分よりも幼い少女が、そう言ってぺこりとお辞儀をした。ここの家の少女だろうか。

「こんちは」

 にこりと笑う少女に苦笑いをしながら、志郎は骨董品屋の戸を開けた。


「……すまんのう、ここではそのツボは扱っておらんのじゃ」

 そう言って、困ったように零封堂の主である老人が志郎の持ってきた手紙を返した。

「隠岐さんの娘さんの頼みじゃから、どうにかしたいんだがのう」

「どうにかならねぇかな、じいちゃん…」

 手紙を受け取った志郎が藁をもすがるように聞くが、老人からの良い答えは返ってこない。あのツボは校長お気に入りの大事なモノだ。割れたと知られたら、どうなるか分からない。あの校長は怒るとめちゃくちゃに怖い。何とかそれだけは回避したかった。

 みんなからの情報では、幸い校長は学校の用事か何かでしばらく帰って来れないらしい。出来るなら、早く代わりの同じツボを用意して晴れ晴れとした気分で学校に通いたかった。

「…ふむ、もしかしたらあそこにはあるかもしれん。ちょっと手紙を書いてやるから、待っておれ」

 落胆している志郎にそう告げると、老人は紙と筆を手に取った。


「…ほんとにここにあるのかよ…」

 老人からの手紙と二万円を持った志郎が、薄暗い店の前で呟く。目の前にある店は、さっきの零封堂よりも薄暗くて今にも崩れてしまいそうなくらいに古めかしい店だった。看板も少し汚れてしまっていて、店の名前が読み辛い。かろうじて、「骨董品屋・逆倉(さかくら)」と読むことが出来る。

 さっきの気のいい老人から紹介された店なのだ、信用はある…と思いたい。志郎は、堅く開け辛い戸を開けた。中からは、骨董屋特有の埃のにおいが漂ってきていた。そして何よりも暗い。書物やら巻物、ツボや刀などとにかく物が溢れていて、バランスを崩せば今にも倒れてしまいそうだ。

 その間に出来た狭い道を奥へと進むと、小さなテーブルの向こうに店主であろう男が座っていた。予想では零封堂の店主のような老人だと思っていたのに、そこにいたのは若い青年だった。

 若い店主は黒い着物に黒ぶちの眼鏡を着けていて、長い黒髪を後ろに一つに束ねている。そんな姿の店主は志郎に気付かないのか、書物をずっと読み耽っている。

「…あの、零封堂のお爺さんから紹介されて来たんですけど…」

 精一杯の丁寧語を使って、志郎が店主を見やる。書物を読んでいた店主は、明らかに不機嫌そうな表情で視線を本から移すと眼鏡を外した。

「………私にか?」

 消え入りそうな小さな声で、店主がそう聞く。低い上に小さくてなかなか聞き取り辛い。懸命に耳を澄ませてそれを聞いた志郎はこくりと頷いて、手に持っていた手紙を店主に手渡した。それを受け取った店主は、無言で手紙を読むと、志郎をちらりと睨んだ。

「ツボを…探しているのか?」

「校長先生が大事にしてたツボなんだ…どうにかならねえかな」

「あのツボなら、確かにここにある。だが、ただで用意するわけにもいかない」

 書物にしおりを挟みながら、店主がそう言う。志郎は手に持っていた二万円を、すっと店主の前に差し出した。

「これで、なんとか…」

「…少ないな」

 志郎の二万円を一瞥して、店主が冷たく言い放った。

「それでは、ツボを買う以前の問題だ。おとなしく帰るんだな」

「そんな……」

 店主にそう言われ、志郎はがくりと肩を落とした。この二万円は、今までの小遣いをこつこつと貯めて作ったお金だ。それでも、あのツボを買うには安すぎると店主に言われてしまった。確かに骨董品は高いものだ、それは分かっている。だがどうにかしなければ、志郎は校長から大目玉を食らってしまうだろう。

 どうにか、どうにかしなければ。そう思案していると、手に持っていた二万円がするりと手から去って行った。

「あれ?」

「これはお前の小遣いか。大人からくすねたモノでは無いのだな」

「えっ。何で分かるんだ?」

 驚きのあまり、志郎はつい丁寧語を忘れてそう聞く。このお金に関することは、自分からは特に何も言っていないはずなのに。二万円をじっと見つめたまま、店主はこう続けた。

「…このモノがどうやってここまで辿って来たのか、触れて探っただけだ」

 店主の言う通り、これは志郎の小遣いをコツコツ貯めたものだ。どうやらこの店主は、モノに触ると、それがどうやってここまで来たのか、つまり言ってしまえばモノの歴史がわかるらしい。だが当てずっぽうという線もあるし、にわかには信じられない。

「今から一時間ほど前か、駅前の銀行で下ろしただろう」

 信じられないという視線の志郎に、店主がそう言い放つ。確かに彼の言う通り、学校から帰るとそそくさと家に寄り、駅前にある銀行で、なけなしの二万円を下ろしたのは確かだ。それから零封堂へ向かい、そしてここを紹介された。そこまで言われてしまったら、信じるしかない。

「……これは受け取ろう。だがこれだけでは足りない」

 二万円を懐に仕舞った店主が、不機嫌そうに志郎に告げる。もしかしてこれでは足りずに、もっとたくさんの金額を請求されてしまうのだろうか。これ以上はさすがに用意することが出来ない。これで何とかしてもらうしか無い。志郎は不安な面持ちで次の言葉を待った。

「一ヶ月。ここで働いてもらう」

 その言葉を聞いた志郎は、さっきまでの表情が嘘のようにぱあっと明るくなった。とりあえず、これでツボは何とかなるだろう。一ヶ月、この暗くて埃臭い場所で働かなければならないけれど、今はそんな贅沢を言っている場合では無い。

「有難う、店長!」

 丁寧に一度お辞儀をした後、志郎はそう叫んだ。とにかく今は彼に精一杯のお礼を言うことしか出来ない。

「…店長…?」

 店長、と呼ばれた店主が不思議そうに志郎に聞く。

「だって、ここの店の主人なんだろ?だから店長」

 すると志郎はそう答えてにかりと笑った。そんな志郎に対して、店主は面倒そうにぼそりと好きにしろと呟くと、また読みかけの書物をぱらりと開いた。もうこれ以上は、こちらと話すつもりは無いらしい。どうやってこの店主…店長がツボを学校まで持っていくのかは分からないが、今はこの人に任せるしか無いだろう。

 明日から少しばかり忙しくなりそうだ。両親にもこの話をしなくちゃいけないが、前々から家の手伝いをしていたし、一ヶ月の期限付きなのだ、バイトをすることは許してもらえるだろう。

「ああ、これからよろしくな!店長」

 そう言って、志郎は無愛想な店主に向かってまた笑った。

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