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神器と封印の神王譚(ミソロギア)  作者: 橋本オメガ
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第壱部 前編

0 序章

 

 どうしても消せない記憶。

 おそらくそれは誰の中にもあって、人間はだれしもその何かの記憶を背負って生きている。

 もちろん、俺にも。

 いや、もしかしたら俺の場合…

 消してほしくない記憶なのかもしれない。

 

 二〇二二年。

 日本は、世界で最も強い武力国家だ。

 一九三九年から三年かけて続いた『第二次世界大戦』。

 その戦争に日本が参加することになってからは、一年足らずとも戦争は終結した。

 すべての国が日本に対して白旗を上げたのだ。

 それもそのはずだ。

 科学を発展させ、兵器を作り出し対抗してきたものの、日本人にはその兵器が全く通用しなかったのだ。

 その大きな理由は、日本人だけが会得していた『武術』である。

 

 人間の中には、武術の源である『術力』が流れている。

 はるか昔の日本人は、その『術力』を発見し、操作する術を会得した。

 その技術は、島国だった日本から外に出ることはなく、日本の中だけで発展し続けた。

 それから黒船が来航するまで、一度も外国を知ることはなく、その時黒船に乗ってきた外国人は、一人残らず捉えられ捕虜にされた。

 そこで初めて海外を知った日本は、それからさらに外国の国々を圧倒していく。

 そしてそのまま世界戦争が起こり、日本が完勝した。

 しかし問題は、世界大戦にはない…。

 その後が問題だったのだ。

 世界に勝利した日本は、国王制を導入し欧米列挙と対等になろうとした。

 さて、ではその国王は誰にするのか?

 もちろん天皇は、国王とは違うものとして残しておく必要があった。

 「国王を見張るもの」という役割を与えたいからだ。

 それではどうやって、国王を決めればいいのだ?

 そしてたどり着いたのは、国中を巻き込みながら世界規模で被害をもたらした…

 戦争だった。

  1 入学

 

 (ねぇ、私と約束しようよ。)

 (この長い戦争が終わったら…私と。)

 ジリリリリリリ!!

 大きな目覚まし時計の音によって、夢の世界から追い戻される。

 大きなあくびをして目をこする。

 目の下に一筋のラインができていて、それに指で触れた瞬間に思い出したかのような感情があふれ出す。

 「もう、十年も経つのか…。」

 戦争の末に玉座に座ることになった初代日本国王は、その戦争時に被害を出した国からかなりのバッシングを食らい、それにしびれを切らした国王はその他国すべてと全面衝突する戦争(後に『第三次世界大戦』と呼ばれる)を起こした。

 その戦争は、昭和・平成を跨ぎ二十年続いた。

 結果はもちろん日本が勝利し、他国はすべて日本の傘下に入った。

 現在日本と対等な関係の国はアメリカ、イギリス、中国のみである。

 しかし、その戦争は勝利と同時に、日本国内の死者もかなり出た。

 そして俺と幼馴染は、その戦争に巻き込まれたのだ。

 幼馴染はその時に…。

 だから俺は王になる。

 この国の王に。

 戦争なんて、二度と起こさないために…。

 

 国王になる方法は、たった一つの単純な方法だ。

 《国王(こくおう)選抜(せんばつ)武術(ぶじゅつ)選考(せんこう)》を突破することだ。

 これが開催されるのは十年に一度、一年かけて行われるのだ。

 それに出場する条件は「日本人であること」のたった一つだけ。

 ただし、武術高校から出場する場合は、ある程度の援助が発生する。

 それを知った俺は死ぬ気で武術高校に合格した。

 あらかじめ言っておこう。

 僕は術力を持っていない。

 少ないとかじゃなく、無いのだ。

 そんな俺が人より優れている点が一つだけ存在する。

 頭脳だ。

 俺の武器はそれだけだ…。

 たとえ術力を持っていなくても、たとえ印が結べなくても、俺はこの頭脳とあきらめない気持ち、根性でここまで駆け上がってきた。

 下剋上。

 そういう言葉が一番似合うかもしれないな。

 そして今日が、その《武術高校》の入学式だ。

 なので、時間的にもそろそろあいつが…。

 ピンポーーーーン!

 インターホンの音が俺の耳に突き刺すような威力で飛んでくる。

 「おーーーい!」

 「近所迷惑だろ、あのバカ。」

 やかましい声の主を止めるべく、インターホンを消すのを後回しにして玄関のドアを開ける。

 「おはよう。」

 「おはよーー!!」

 「朝からやかましいぞ…。」

 このやたら大騒ぎする男は、俺の幼馴染である武千(たけち)(ゆう)()である。

 俺とは対照的に頭が悪く、『バカ』という言葉が一番似合う男だ。

 「ほら、早く学校行こうぜ!一番乗りしようぜ!」

 「君は昔からそうだよな。だから僕もいい加減に覚えよ。」

 あらかじめ玄関に用意してあった荷物を手に取り、家を出て玄関の鍵を閉める。

 「よし、走るぞ!」

 「走らないよ…。」

 そんなことを言いながら、早歩きで学校に向かう。

 俺の革命劇がここから始まると思うと、ふしぎと気持ちが高揚し、足取りも軽くなる。

 これから俺が、この国を変えるのだ。

 興奮しないわけもないだろう。

 

 『以上を持ちまして、第八十二回、国立東武術高校の入学式を終わります。』

 『入学生、退場!』

 やはり何処の校長も、話が長いものだな。

 この入学式の無駄な疲労感は、本当に何とかならないものか…。

 今年度の入学生は、自分を含め全体で三百二十人。一クラス四十人で八クラス存在する。

 俺と優弥は三クラスだ。

 階段を上がり教室に到着した俺たちは、みな入学式の緊張感が一気にほどけ、おのおの私語をし始めた。

 「おう!校長の話長すぎじゃね?」

 このバカもその中に部類しているのは、言うまでもないだろう。

 「確かに長かったし、ほとんどの文が同じことを繰り返しているだけで、中身はスカスカだったよ。」

 「お前ちゃんと聞いてたのか?えらいな!」

 「それだけで偉いのかよ…。そろそろ先生来るから席戻ったほうがいいぞ。」

 「マジか!」

 俺の言葉を聞くや否や、飛ぶような勢いで俺の左後ろの席に戻る。

 それを見たほかの生徒も、何人かは察して席に着く。

 「はーい、注目!」

 俺の予想通りのタイミングで先生が教室に入ってくる。

 あの先生は受験の時に観ていたので、歩行速度は大体覚えている。

 「お前らが一番気にしている、《国王選抜武術選考》の手続きの書類を配るぞ。」

 手に持ったプリントを列ごとに、適当に分配しながら先生がしゃべる。

 「絶対くしゃくしゃにしたり、なくさないようにな!」

 俺はすかさず持ってきていたA4ファイルの中にしまう。

 見なくてもなんとなくわかるが、おそらく優弥は机の中に適当に突っ込むだろうな。

 あいつが申請し忘れて取り返しがつかなくなる前に、俺があいつのを預かっておくか。

 「そんでもって肝心な選考なんだが、来年の四月からになった。」

 「「「「「「「!」」」」」」」」

 クラス中の生徒が目を丸くする。

 それもそのはずだ、現国王が即位してから十年経つまであと三年存在した。

 だから今年の武術高校の競争倍率がぶっ飛んでいたのだが…。

 「おい!ふざけんなよ!」

 「一年しかないとか、聞いてねぇぞ!」

 「そうだそうだ!!」

 多くの生徒が怒りをあらわにする。

それもそのはずだ、一年の差はかなり大きい。

この十年というスパンにすべてを賭ける人が大勢いる中で「一年短くなる」という情報は、俺たちにかなりの絶望感を与える。

「なんとでも言うがいい。」

生徒の怒号を遮るように先生が発言する。

「おとなの事情だ。私にはどうにもできんよ!」

「この一年で、お前らを仕上げなければならない私の身にもなってほしいものだ…。」

まるであきらめたかのような目で、俺たちを見つめた。

今すぐにでも職場放棄したそうなその顔を見た生徒たちは、一斉に黙り込んでしまった。

教室に気まずく重たい空気が流れる。

授業時間を伝えるチャイムが鳴り、そのまま終わってしまった。

どうしてこのタイミングで開催日時を一年早めたのか、俺には全く見当がつかなかった。


「おら!印を刻むのが遅い!」

「クソッ!」

《印》の実技の授業で、だいぶ苦戦しているようだ。

一般的に《印》が武術の基礎になる。

印には大きく分けて二種類存在する。

常印(じょういん)》と、《秘伝印(ひでんいん)》だ。

学校で補えるのは常印のみで、秘伝印はそれぞれの家系で代々受け継がれるものだ。

それについて学校が教えることができるはずもない。

そして常印は、壱から玖の数字の組み合わせで発動する。

もちろん発動時に術力を消費するため、俺がいくら覚えたところで使えないのだが…。

術力の保有量にも個人差があるので、授業中に倒れる生徒が何人もいる。

「キュー…。」

「うわ!こいつぶっ倒れやがった!」

ほら、また一人犠牲者が。南無…。

「この前の威勢はどうした!玖の刻む速度が遅いぞ!」

「俺の術力量じゃ玖なんてほとんど使えねえよ…。」

「つべこべ言わずに言った通りの印を刻め!結べ!」

かなり暑苦しい教師だとは思っていたが、一年早まったことでここまで焦っているとは。

それにしてもさっきから長い印ばっかりを教えているな…。

「なぁなぁ、俺もいい加減印を覚えたほうがいいよな?」

すごく心配そうな顔で優弥がこちらを見てくる。

「君はどうせ覚えられずにすぐに忘れるのだから、教えるだけ意味ないよ。」

「ひどいなぁ。」

ひどいもなにも、事実を言ったまでだ。

「でも、可能であれば伍、捌、玖の《飛翔(ひしょう)烈反(れっぱん)》は覚えておいたほうがいいな。」

「なんじゃそりゃ。」

その時に当てられた衝撃を吸収し、そのエネルギーをもとに大きく飛翔する技だ。

ちなみに義務教育範囲である。

「ぎむきょーいくろせ…。」

不意にぼそっと呟いてしまった。

「ん?」

「いや、なんでもない。それよりもなんだよそのポーズ。」

右手を顔の下に、左手を顔の上にかざしたポーズで彼はたたずんでいた。

いまにも「ウキウキ」言い出しそうである。

「何って、伍の印ってこんな感じじゃなかったっけ?」

これで本気なのだから、もはや笑うしかあるまい。

常印に用いられる印は全て両手だけで完結するはずなんだが…。

「Oh…。」

やはりこいつには印は無理だな。

「おい、凄野尊。」

「はい。」

(せい)()(たける)というのは、俺の名前だ。

どうやらあの熱血教師がお呼びらしい。

「何をしている。お前も印の練習をしないか!」

まるで怒鳴るかのように、俺に言い寄る。

「そんなこと言われても…。」

無理なものは無理に決まっている…術力が無い俺が、どうやって印を結ぶって言うのだ。

「どうした?こんな簡単なこともできないのか!」

何もせず立ち尽くすだけの俺を、大きな声で怒鳴りつける。

「じゃあなんでこの高校に入学したんだよ…。」

どうやら俺に呆れてしまったようだ。それもそうだろう、普通以下の俺が来るようなところではないのは自分でも理解している。

「ねぇねぇ、あいつ術力が無いんだってよ。」

「え、まじで?どうやってこの学校に入学したんだよ。」

「金とか積んだんだろ?俺たちの苦労も知らずによ…。」

陰口を言われるのにはもう慣れたものだ。

伊達に十五、六年間を「無力男」として生きてきたわけじゃない。

「じゃあ先生、俺と一回戦ってみませんか?」

俺の一言で、周りが一気にざわめく。

「話にならん。」

鼻で笑い足蹴にする。まぁ、この反応が普通だろう。

「いえ、俺がどうして、この高校に居るのかを証明したくて。」

この熱血教師は、結局のところ学園ドラマの見過ぎでこうなっているわけで、生徒のこういう前向きな一言には、簡単に突き動かされてしまう。

「おぉ!その気持ちを汲んでやろうじゃないか!」

ほらね。

「それなら、俺は武器を使わせてください。」

「いいぞ!それぐらいのハンデならくれてやろう。」

許可をもらった俺は、そこら辺に落ちていた木刀を拾い上げる。

「それでは、これで行かせてもらいます。」

強く握り、その木刀を前に構える。

「それじゃあ行くぞ…おい、おまえ!試合開始の合図をしろ!」

野次馬として集まっていた生徒の中から、この教師は一人を適当に指名した。

「はっ、はい!それでは行きます…」

先生も印を構える態勢に入る。それぞれの目が合い、臨戦態勢に入る。

「いざ尋常に、勝負!」

生徒の合図とともに、お互いが素早く動き出す。そして、

「んぐっ!」

俺は次の瞬間には、その熱血教師のみぞおちには俺の拳が埋まっていた。


「おいおい、いったい何が起きたんだ?」

「全然わからん。」

その瞬間は、もはや瞬きすらできないほどの刹那だった。

「おいお前!いったいどうやったんだよ!!」

優弥が耳のすぐ横で話しかけてくる。そんなことをしたら、鼓膜が破れてしまうぞ。

もちろん俺は、特殊な能力を持っているわけでは無い。

本当は術力があったとかいう、主人公的なことでもない。

「いいか。このトリックは、いたってシンプルだ。」

まず俺は、「武器が欲しい」と言って木刀を拾い上げた。

この時たいていの人は「この剣で攻撃する」と考える。

次に俺は、それを自分の左前に構えた。

人の視線というのは、意識をしていなければ右上から見ようとする。

なので、彼から見て右上にあった俺の剣先に注目する。

「これで彼は、俺の剣を意識してしまうのさ。」

「え?それだけで?」

そして俺は、その剣をさらに向かって左側にずらす。

彼は剣に集中しているため、たとえ意識しても一瞬だけ俺から目をそらす。

さらに彼は、印を刻むまでのラグタイムがある。

「その隙をついて俺は、彼のみぞおちに思い切りグーパンチを入れたということさ。」

「つまり、どういうこと?」

やはりこいつには難しかったようだ。こいつにもわかるように、かみ砕いて説明すると…

「フッてしたらチラッてするから、そこをズドンさ。」

「なるほどぉ!」

逆にこっちのほうが抽象的でわかりにくいと思うのだが、こいつはなぜか、こちらのほうがわかってしまうのだ。

「頭脳っていうのは、こうやって使うもんさ。」

少し得意げに、俺はつぶやいた。


一年間というのは本当にあっという間で過ぎていった…。

俺がその間に会得した者は、ほとんどなかった。

しいて言うなら、いろいろな人と対戦できたということだ。

ちなみに俺は、すべての戦いに勝利した。

ただ、俺には「絶対に戦いたくない」と避け続けていた男がいる。

その男というのは、武天御業智(むてんおごうち)である。

彼の成績は常にすべてがトップオブトップ。

術力量は現国王の次に多く、頭脳も俺といい勝負だ。

そんな彼と戦っても勝てない。勝てるわけがない。

そのために俺は、熱血教師を一撃で倒したあの日から目立たないように活動していたつもりでいたが、どうやら奴も俺と戦うことを狙っていたみたいで。

回避するのに一苦労していたら、あっという間に一年がたってしまった。

「母さん。俺、大丈夫かな。」

不安になってしまった俺は、朝食を片付けている母親にふときいてしまう。

「大丈夫。大丈夫。あんたならできるよ。」

「なんでちょっと棒読みなんだ…。」

俺の母さんは公務員で、小学校の教師をしている。

俺の父は…

「ほら、そろそろ行かないと。エントリー間に合わないよ?」

「あ、うん。」

国選(これからは長すぎるので略す。)のエントリー方法は、当日に会場で受付する。

事前に申請した申告書とも照らし合わせながら、最後の選手登録を行うのだ。

「それじゃあ、行ってきます。」

玄関のドアノブを思い切り握りしめる。

「いってらっしゃい」という母さんの声に背中を押されるように、俺は家を出た。

その一歩は、俺の体中に電流を走らせた。


「この日が、来てしまったのね。あなた。」

息子を送り出してひと段落ついた私は、リビングのソファーに座りながらため息交じりに呟いた。

「今日から彼の運命は変わってしまうのではないか。」

そんな不穏な気持ちを、昨日の夜から…いや、実はもっと前から拭いきれなかった。

彼が知らない彼の背負っている物。

それが現れるのは、限りなく遠くない未来。

「どうしてあなたは、彼にそんなものを…?」

リビングに飾られた夫の写真を見ながらぼやく。

このことに関して、私ができることは何一つ無い。

「せめてこの運命が、悲惨な未来につながらないことを祈るしか…。」

ピンポーン

インターホンが鳴る。

もしかしたら優弥君かもしれない。

もしそうだとしたら、尊が先に言ったことを伝えなくちゃね。

インターホンの電源を消さずに、玄関の扉を開ける。

「どうも…こんにちは。」


 2 開催


「おい、お前遅いぞ!」

会場に着くと、すでに優弥が入り口付近で待ちぼうけていた。

「ごめんごめん。うちの母さん、朝ごはんなのにわざわざカツ揚げててさ。」

「なにそれ、すげぇな。」

どうやらすでに、かなりの人数が会場に集まってきているようだ。

一年早まったというのに、前回とは比較にならないほど多い。

「やっぱりすげぇな!こんなに盛り上がっててよ!!」

どうやら彼も、かなり高揚しているようだ。

「それより、早くエントリーしに行こう。」

「おっ!それな!」

俺たちは急いで受付に向かう。

会場の中も、大勢の人でごった返していて、その中を何とかすり抜けていく。

その途中で、誰かと肩がぶつかる。

“お前が、ターゲットか。〟

その時その男は、そのようなことを口にしていたように聞こえたが、顔を上げた時には目の前から消えていた。

「おい、何してんだよ。」

優弥に思い切り手を引かれる。

「ちょっ。」

俺はそのまま、なされるがままに受付まで引っ張られていった。

「すみません、エントリーしたいのですが。」

「俺もっす。」

受付嬢に持ち寄った書類を見せながら話しかける。

「はい、かしこまりました。書類を確認いたしますので少々お待ちください。」

そう言うと、受付嬢はその書類のバーコードを機器で読み込んだ。

ピピッっという音と共に、受付の向かって左にあったモニターから事前に申請書に記入した基本情報が表示された。

「情報を確認の上、お間違いなければ確認ボタンを押してください。」

テンプレートのようなセリフを受付嬢が言う。

その指示に従い、俺は基本情報が書かれた下にあるボタンを押した。

コンビニの収入代行支払いとほぼ同じシステムである。

すると、画面の下から学生証程度のカードが出てきた。

「そちらのエントリーカードをお取りいただき、こちらのケースに入れてぶら下げておいてください。」

そう言って俺は首に下げるタイプのカードケースを手渡される。

「これで手続きは終了です。」

「んじゃ、次は俺だな!」

場所を優弥に譲り、その場をいったん離れる。

俺は、忘れたり落としたりする前に、カードケースに入れて首にかけた。

「ひょいひょい!」

特に意味のない単語を発しながら、()()が戻ってくる。

「見ろよこれ!めちゃくちゃテンション上がるな!」

「そうか、それはわかったから早く首にぶら下げたほうがいいぞ。」

「ん?なんでだ?」

もしそうしなければ、お前は明日に泣くことになると言いたかったが、テンションアゲアゲの彼にはこれ以上言わないことにした。

「んで、これからどうすんの?」

「これから…というと?」

「今日はこれからなんかあるのか?」

今日は日曜日のため学校もないし、国選の開会式も参加する必要は無いが…。

「特に無いな。」

ということになるのだろう。

「開会式が見たかったら別だが。」

そもそも大会というわけでは無いのに、これを見世物にしているのがどこかおかしいと感じてしまうのは俺だけだろうか。

「うーん。開会式はいいかな。」

「どうせ偉い人が長々と話すだけだろ?そんなもの聞いたってなんの身にもならないし、聞くだけ時間の無駄だ。」

それに、今のあの国王がこういう場に出てきてスピーチするようには見えない。

奴が公に出てくるとしたら、最終選考前のあの…。

「「皆の者よ」」

会場奥から聞こえるマイク越しの声。

その声は、俺が嫌悪感を覚えた聞き覚えのある声だった。

その声のほうに優弥を置いて向かうと、そこには奴がいた。

「「私が」」

現国王。

「「二代目日本国王、」」

武天

「「業宇(ごう)()だ。」」

会場の人々は、彼の名乗りにボルテージが上がり盛り上がっている。

そうアイツが、十年前の戦争の火付け役。

俺の幼馴染を殺した、男。

「お前を俺は、許せない。」

「おーい、待てよお前!」

会場に入ろうとした時、俺の後を追いかけてきた優弥に呼びかけられ立ち止まる。

「お前なんだよ急に…。」

「なに、十年前の仇が居てね。」

「お、お前…。」

「帰ろう。」

俺は王に背中を向け、会場から出る。

「ちょ、待てよ。」

優弥も俺の背中を追いかけて、会場を後にした。

次に会うときは、必ずお前の目の前に立ってやるからな。国王。


開会式から一週間後に予選は始まる。

ただ、AからJまでのグループに選別され、さらにそこから五人ずつ勝ち上がり、その勝ち上がった者たちで最終予選が行われるため、予選だけで三か月以上かかるのだ。

ただし、日本にも貴族と呼ばれる家系が何個かあるが、その中でも《伍天王》の正統継承者(基本は長男)は予選に参加することなく本選出場が確定している。

()天王(てんのう)》というのは、貴族の中でも飛び切り大きな五つを指している。

まずは『天皇家』で、国王制の導入から日本の象徴として貴族という扱いになった。

そして、現国王の家系である『武天家』である。この一家は術力量が桁違いで、ほとんどの人も気づいていると思うが、武天御業智は武天家の正統継承者だ。

次は『武業(ぶごう)家』で、この一家はかなり昔から印に対する研究を続けていて、常印のプロフェッショナルと言ったところだろう。

そして『()(じゅう)家』は、この世に存在する不可思議な生物《幻獣》を操り、従えることに長けている一族だ。

最後は『武千家』。この一家は主に術力を印ではなく、そのまま体に流し纏わせることで身体能力を上げることが得意だ。そして、優弥はここの長男だが《正統継承者》になるための条件である「秘伝印を会得する」ことができなかったため、今では破門寸前らしい。

説明が長くなってしまったが、この伍天王の正統継承者は予選に参加しない。

そこが俺にとっての唯一の救いだ。

ただ正直、予選を突破した後のことは何も考えられていない。

しかし、今更こんなことを考えてもきりがないし、そもそも予選すら突破することが怪しいのだ。

とりあえず今は、目の前のことに集中しなければ。

俺は予選の計画を立てるために、自分の部屋でパソコンとにらめっこしていた。

目の前には、自分が参加する予選グループ《G》のメンバー情報が並べられている。

国選参加者のデータは、国選のオフィシャルサイトから何時でも閲覧できる。

「俺が学校でデータ収集できた人物はこの五十人の中で十二人。」

その中でも《漆》を使った攻撃が得意な『紅蓮(ぐれん)江田(こうた)』には注意したい。

幸いなことに、同じグループに優弥がいるため、とても作戦が練りやすい。

「しかし…。」

あの言葉。

(お前が、ターゲットか。)

「あの言葉が、ずっと頭に引っかかる…。」

パソコンで文字を打つ手を止め、机に両肘を立てて寄りかかり、口元に持ってきた両手に顎を載せて思考を巡らせる。

学校でこの格好になると、よく「ゲ〇ドウじゃん」と言われたりもするが、主時期元ネタを知らないので完全に無意識だ。

あの男は、ぶつかる前は顔が見えなかったし、すぐに顔を上げたのに目の前からは消えていたのだから、なにか意味がありそうなものだが…。

「ああああ!」

むしゃくしゃしてキーボードを無茶苦茶に打ち込む。

「どう考えたって時間の無駄だ、やめよう!」

俺が参加する予選は、今から一か月も先だ。

一か月しかない。

その間になんとか、予選で俺が行動するすべてを考えておかなければ。

ただ、この中で何人かは俺の予想がつかない者だ。

「そいつらに対する対策も講じなければ。」

思考中に時々考えていることの一部が、口から洩れてしまうのは、俺の悪い癖だ。


「んあぁ…。」

ドガッ!

大きなあくびをした隙をついて、俺のことを持っていた教科書でたたく。

「っつ。」

「お前が大あくびなんて珍しいな。いくら頭がいいからと言っても、先生の話を聞かないのはダメだぞ。」

「は、はぁ。」

どうやら、昨日の夜に根を詰めすぎたようだ。

寝たのか寝てないのか、それが分からないほどに俺は今疲れている。

「先生…。」

「ん?」

「今日の授業の範囲、全部今解き終わったので帰っていいですか?」

「ダメだ。」

ちくしょう。

国語と物理の教師ならこれで何とかなるが、やっぱり数学の佐藤は無理か。

あきらめて寝るか…。

「いや、寝るなよ。」

席替えして真後ろになった優弥が、思い切りツッコんできた。

なんでこいつは、俺の心が読めるのか。

「そんなわけないか。」

「何が?」

「いや、なんでもない。」

その後の体術の授業で無事に、俺の睡魔は最高潮になりぶっ倒れた。

みんなはちゃんと寝ようね☆


「それにしても、どうしてこのタイミングで…。」

国家の最重要人物たちが、今ここに集っている。

話の議題は、

「なぜ、国選を一年も早めたのだ!」

ということについてだ。

地位が高い議員や、国王の側近などがコメカミに浅側頭静脈を浮き上がらせながら怒鳴り合っている。

「しかし、仕方ないであろう。このことを提案したのは、現天王家最高頭首。」

一人の男が眼鏡をクイッと押し上げて言う。

「我々はただ黙って言うことに従うしかない…と言いたいのか。」

眼鏡の男を、一人の男がギラリとにらみつける。

このタイミングで入ったら面白そうだという好奇心でドアを開ける。

「僕の言うことが聞けないってわけかな?」

「む、無業(むごう)様!!」

先ほどまで真っ赤にしていた顔が、一気に血の気が引き青くなる。

とても面白いリアクションだ。

「まぁまぁ、君たちを僕は信用しているからね。期待は裏切らないでほしいな。」

「も、申し訳ございませんでした!」

「あはは、いいよいいよ。」

久しぶりの土下座を見て、とても満足な僕はややテンション高めで椅子に座る。

「で?」

声を低める。

一気に周りの人間たちに緊張が走る。

「何の話だっけ?」

片肘を大きな会議用の丸テーブルについて、頬に手を当てて寄りかかる。

「なぜ、一年早まったのかだよね?」

「そ、それは。」

「いいよ、別に。君たちなら秘密護れるだろうし…そもそもこれからは、知らないとうまく動けないと思うから。」

そこにいた人物は全て、僕の前にきれいに並んで座っている。

全員僕の言うことに注目しているようだ。

「何故、一年早くしたのか。しなければならなかったのか。」

「それはどういう…。」

「目覚めるんだよ。」

聴いている人物は、全員不思議な顔をしている。

「一体何が、」とでも言いたいのだろうが、誰も言おうとはしないだろう。

「そう、目覚めるんだ…。」

僕は椅子から立ち上がり、両手を上にあげ天井を仰ぐ。

「新たな…王が。」

僕の一言に、その場の人間すべてが動揺し、ざわめいた。

「だから、成熟してしまう前に潰す必要があるんだ。」

再び椅子に腰を掛け、腕を組んだ。

「僕たちの今の日本が、変わってしまうかもしれないからね。」

まるで悪魔のように、僕は囁いた。

かなり遠回りだと、これから思うかもしれないが、このことは彼をより早く王として覚醒させるために必要な手順なのだ。

そう、彼が新しいこの国の王になるだろう。

凄野尊。

彼こそが…。


「「国王選抜武術選考。予選のGブロック!」」

ついにこの日がきてしまった。

母さんは「大丈夫だよ」と背中を押されたが、果たして俺は生き残れるのだろうか…。

「なんだ?お前、緊張してんのか?」

「お前は緊張しないのか?」

「応!」

やはりこいつはバカだから、嘘をつくのは下手だ。

思いっきり俺からは見えないほうの手が震えていて、完全なやせ我慢であることが手に取るようにわかってしまう。

ポーカーフェイスとかも無理で、すぐに感情が顔に出てしまう。

だが、彼がこんなやつだからこそ、俺は心を許しているのかもしれない。

「「それでは、選手の入場です!」」

「行くぞ、優弥。」

「おぅ、尊!」

二人で横並びになりながら、入場口である光の方向に足を踏み出す。

通路を出ると、外の明るさに目がくらむ。

オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!

周りの歓声で、耳が引きちぎれそうになる。

しかし、それも会場の中心に行く頃には慣れてしまう。

「「予選はバトルロワイヤル形式!思う存分…」」

会場の歓声がぴたりと止む。

「「殺し合って下さい。」」

マイクマンの一言を合図に、試合開始のゴングが鳴る。

再び歓声が響き、会場の選手も一斉に動き出した。

準備する時間なんて、ほとんど与えるわけがなかったのはあらかじめわかっていた。

だから俺は、すでに来る途中に仕掛けておいた。

「死ねぇぇええ!」

弐、壱、漆の印を刻みながら、一人の男が目の前から俺に突っ込んでくる。

あの印は《風炎(かざび)》であるが、この一撃が俺に届くことはない。

「かz…。」

轟炎烈破(ごうえんれっぱ)ぁ!!」

俺の目の前を、大きな火炎光線が通る。

「これで消えたな。」

実は入場途中に、先ほど襲い掛かってきたやつにぶつかっておいたのだ。

「どこ見てんだ」という言葉を付け加えてね。

それで最初の開始位置を、俺が警戒していた紅蓮江田と彼が狙うであろう人物三人を直線状に結んだ所を通るような場所にした。

たったこれだけで二人を脱落させることができる。

そう、襲い掛かってきた奴だけでなく、元々の紅蓮の標的であった彼も、目の前に人が通ったことで印を刻むときにラグが発生して防御が間に合わずにもろに食らうのだ。

そして、自分の狙っていた人物ではない者に渾身の技を当てた紅蓮自身にも、その次の行動までのタイムラグが出るので、そこを優弥が

豪撃(ごうげき)!」

叩く!

「んぐぁ!?」

思い切り優弥の『術力を纏わせた攻撃』を顔面でくらった彼は、激しく進行方向に飛んでいき、数人を巻き込んだまま会場と観客席の間の壁に衝突した。

恐らくあのパンチは、術力を纏わせる前の威力から計算すると、十倍ほどには跳ね上がっているのではないだろうか。

「肉弾戦では負けねぇよ!」

おおよそその通りかもしれないが、今それはどうでもいい。

「優弥、次だ!」

「ん?応!」

俺は、持ち寄った木刀を握りしめ、次の作戦に取り掛かる。

この予選では武器の持ち込みは許されていて、俺もそのルールに甘え、家に置いてあった木刀をそのまんま持ち寄った。

次に俺がとるべき行動は、これから俺を襲うであろう二人を出し抜く。

そのためには、この地点から五メートルほど離れなければならない。

というわけで、走るしかあるまい。

「んっ!」

思いっきり右足に力を入れ、地面を強く蹴りあげる。

体力はそこそこあるので、五メートル程度を全力疾走したところで何も問題はない。

五メートル地点に到着した瞬間に、思い切り体をひねり反対側を向きながら木刀を振るうことで、俺の予測通りであれば当たるはずだ。

地面に足がついた瞬間に、遠心力を利用して大きく木刀を横にスイングさせる。

すると、何かにあたる感触を感じる。

遅れて顔が振り向くと、そこには木刀が右足の脛にあたり渋い顔をした男がいた。

彼はもともと俺を狙っていた。

というのも彼は、術力をかなり持っていてかなり自分のプライドを尊重する人物だった。

なので、術力を持っていない俺のことを、当然のように見下している。

そして彼は、最初に俺を倒すことで、自分の強さに自信が持ちたかったのだ。

そこを俺は逆手に取り、彼の攻撃を利用して返り討ちにしようとした。

優弥が紅蓮を倒したときに彼を補足したが、すでに《飛天追》の印である伍、漆、伍を刻み始めた時であった。

彼の術力量なら、滞空時間はおよそ上昇で五秒、降下で三秒の合計九秒なので、そのタイミングさえ逆算できればあとはそこに当てるだけだ。

「クソッたれが!」

「それは、こちらのセリフかもしれないぞ。」

「なっ、てめぇ…。」

彼は《伍》の印が得意なので、おそらくこの状況なら《宙転撃》を繰り出すであろう。

その前に俺が仕掛ける必要がある。

俺は、体をガクンと落とした。

「なっ、んげっ!」

俺の動きに目を無意識に動かしてしまった彼の頭上に、俺が持っていた木刀が落ちる。

実は彼が印を刻み始めた瞬間、彼の意識が一瞬だけ自分の手に集中した瞬間に木刀を頭上に投げていたのだ。

そして、俺はすぐにその場所に駆け寄り、彼の頭から落下する木刀を掴んだ。

「んらぁ!」

思い切り力を入れて、俺は彼の顔面にとどめの一撃を決める。

彼は、その一撃で完全に気絶した。

そして俺は、このまま間髪入れずに戦わなければならない。

それを倒せば、あとは逃げ続けるだk…。

「見つけた。」

見つかった!


彼の存在に気付いた時には、既に彼は印を刻んだ後だ。

(らい)(えん)。」

雷焔の攻撃範囲は、前方五メートル地点を中心にした半径三メートルの中だ。

俺は今、彼に距離を縮められてしまい、彼との距離はおよそ七メートルだ。

ってことは、当たるじゃないか!

「くそっ!」

俺は迷わずに靴を脱ぎ、上に投げた。

その間に、安全地帯まで走るしかない!

「ふーん、よく考えたね。」

この行動を、彼は理解している。

それほど落ち着いているのならば、俺もまた考え直さなければならないな。

雷焔は、破壊力だけで言えばかなり強い能力ではあるが、そのデメリットは発動までに時間がかかってしまうこと。

そのタイムラグはおおよそ一秒とコンマ五秒。

そして攻撃は上から降る。

そして、靴というのはたいていゴムでできているので絶縁体になる。

つまり、俺の近くに落ちようとする雷をすべて請け負う避雷針になってくれるのだ。

それのおかげで、攻撃範囲外に出ることができた。

しかし、俺が振り返ると彼はすでに印を刻んでいて、

雷撃(らいげき)。」

「クソッ!」

雷撃の場合、「落ちる」のではなく「放たれる」ので、一直線にこちらに飛んでくる。

そして、光の速さに俺の動きが追いつけるわけがない。

そう考えるしかなかった俺は、前かがみになって地面に倒れた。

両手でかばいながらだと、背中が攻撃にあたってしまう可能性があるので、思いっきり地面とキスするしかあるまい。

「チッ。」

俺のこの判断が功を奏し、雷撃ははずれた。

「クッ、痛…。」

次が来る。

そうわかっていても、俺は今動くことができない。

口の中が、砂と鉄の味がする…

俺に完全に勝利したと確信した彼は、ゆっくりと歩いて倒れている俺に近づいてくる。

「ねぇ?ボクに勝てると思ってたの?」

「あぁ、そうだな。」

彼の問いかけに、適当に相槌をする。

「術力無しで、予選が突破できるわけないじゃんか。でもさ…」

俺のところに到着した彼は、しゃがみこんで俺の顔を見た。

「そういうところ…好きだぞ☆」

「俺にそういう趣味はない。」

そう言いながら、俺は両手に力を入れて体を起き上がらせる。

こいつが俺を狙って言った理由はこれだ。

どうやら彼は、恋愛対象として俺を見ているらしい。

高校でも滅茶苦茶モテているのに、誰一人とも付き合おうとしていないことが少し話題になっているが、このことを知ったらみんなどう思うのだろうな。

「あ、そう。」

彼の目が急に暗くなり、声も低くなる。

「それじゃあ、力づくでボクを好きにさせてあげるね。」

そう言いながら、彼は雷撃の印を刻もうとした。

その瞬間である。

「「終ぅぅぅううう了ぉぉぉぉおおおおおおお!!」」

マイクマンが大声で修了の合図を叫んだ。

ふと周りを眺めてみると、既にほとんどの人が倒れこんでいた。

立ち上がっていたのは俺と戦っていた彼と優弥。

そしてほかに二人。

「「最終予選に進出するのは、この五人に確定だッ!」」

五人…。

つまり、俺も含まれている。

「えー、残念。」

彼はそう言うと肩を落とした。

「でも、お楽しみが伸びたねぇ!」

俺のほうに振り返り、にやりと微笑みかける。

途轍もないほどに彼が面倒くさいから、この一戦目で潰しておきたかったのだが。

「最悪だ。」

「んん?」

「サイアクダ。」

「んんん!?」

顔を思い切り近づけて、俺を睨みつけてくる。

近い。

「「それじゃあ今回の勝者を紹介するぜぇ!」」

そういえば、毎回こういうのをやっているんだったな。

「「武千優弥ァ!!」」

名前を呼ばれて照れているのか、少し下を向いてこっちに視線を送っている。

俺を見てもなににもならないのだが…。

「「(そう)(らい)(かれ)ェ!!」」

「ボク、あの名前嫌い。」

知らねぇよ。

ちなみに俺は、彼のことを下の名前で呼び捨てにしていたわけでは無いぞ。

断じて違う。

「「(とう)(りょう)()(もる)ゥ!!」」

彼のことはなかなか調べられなかった。

外見的には学生には見えないので、一般枠参加であろう。

最後まで優弥と戦っていたし、後で聞いてみるか。

「「(いつ)()(しょう)ゥ!!」」

彼はかなりの有名人で、「伍」の印が得意であることを生かし、テレビタレントとして日頃からよく見ている。

今日の予選も、会場の観戦者はほとんどが彼を目的に来ている。

今も彼の名前が呼ばれ、黄色い声援が会場に響いている。

「「そしてぇえぇ!!」」

やめてくれ。

そんなにためて、言おうとしないでくれ。

そして観戦者よ、皆黙らないでくれ。

「「術力無しのぉ、凄野尊ゥゥウ!!」」

エエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!?

会場に、疑問と疑惑に満ちた声が響き渡る。

それもそのはずだ。

こんなやつが、この大会で予選突破できるはずがない。

「運が良かった異物」という感じで、俺のことを見ているのだろう。

「「前代未聞だぜぇ!これはよぉぉ!!!」」

そもそも術力を全く持っていない人物自体が、絶滅危惧種レベルで珍しいだろう。

それよりも今は、目の前のアレが気になって仕方がない。

ざわめく観客席の中に、まぎれている黒服の男。

奴が先ほどから、俺の動きだけを目視で確認している。

しかも、俺が今回予定していた行動範囲と行動ルートを最も観測しやすい位置に陣取っているし、かけているサングラスは、普通のサングラスにはついていないものがレンズとレンズの間にくっついている。

思考を巡らせている間に会場を後にすることになってしまったが、そのおかげで忘れかけていた言葉を思い出した。

(お前が、ターゲットか。)

再びこの言葉が頭を行ったり来たりする。

しかし、少しずつであるがあの言葉に対する考察が絞れてきた。

あの黒服。

何処かで見たことあるかと思ったら、国会のテレビ中継で現れた天皇家のボディーガードの一人であると、ネットのあらゆる情報からも後日確認できた。

しかしそこから考察できたことは少なかった。

今の状態ではなにもわからない。

でもきっと、今後嫌でも知ることになる。

俺らしくはないが、そんな気がするのだ。


予選は、まだ3グループのこっている。

最終予選は来月なので、それまでまた時間がある。

なので、俺は今天皇家邸前にいる。

「関係者以外立ち入り禁止」と書いてある看板の前で立ち尽くす俺に、後ろから殺意に近い熱意の目を向けてくる奴がいる。

彼だ。

「俺はさぁ、こそこそついてくるヤツは嫌いなんだよね。」

そう言うと、わざと可愛らしく、ひょっこりと彼が出てくる。

「ですよねぇ。」

「なんだよその返し。」

彼はなぜか、鮮やかなピンク色のワンピースと、白いカーディガンを羽織っている。

そして慣れていなさそうな白いハイヒールを履いていて、誰がどう見ても完全にデートの時の女性の格好だ。

頭には長い黒髪の(かつら)をかぶり、顔はわかりにくいほどの巧みに自然な化粧をしている。

今の見た目は完全にオンナノコだ。

「どう?かわいいでしょ。」

「ふっ。」

「鼻で笑うな!むなしくなる!!」

どうやらこの男にも、シュウチシンというものがあるみたいだ。

今日は優弥には用事があって、独りで来ざるをえなかったが、やっぱりこいつが引っ付いてくることになってしまったか。

「青春だねぇ。カップルかい?」

「違「そうです。」

こいつっ!

「それにしても、こんなところに何の用だい?」

通りすがりのおじいさんが、不思議な顔をしてきいてくる。

確かにここは、デートスポットとしては渋すぎる。

「いいじゃないですか。テレビで見かけてから、一度生で見てみたかったんですよ。」

「そうかそうか、それは良い。」

どうやら彼のいいわけに納得したらしく、通りがかったジジイはそそくさとその場を離れていった。

「よし、これで…。」

爺を見送っていた俺の背後に感じる恐怖が、俺の背筋を凍らせた。

「二人きり、だねぇ☆」

不敵な笑みを浮かべながら舌なめずりをし、いつものようにねっとりとしたしゃべり方に戻った。

その容姿も相まって、より色気があるように見える。

胸元からは「偽物の乳」が見え隠れする。

「いつも思うけど、なんで君は俺を?」

何気なく聞いてみただけだったが、彼は不意を突かれたと感じたのか、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。

「な、なんでそんなこと急に…もしかして。」

「安心しろ。君に興味が出てきたわけでは無い。」

まるで汚物を見るかのような目でそう言ったが、彼にはあまり効かなかったみたいだ。

俺はなるべく人の心理を理解しようとする悪い癖がある。

それは、人の中身を知れば相手を知っていると自覚できる気がするからだ。

もっとも、それは俺の単なる自己満足であるが。

「そうだね。ボクはよく女の子にモテるんだよ。」

嫌味かな?

ただ俺は、異性のことにはあまり興味ないのでノーダメージだ。

「でね、ボクは普通に女の子のことが好きだったんだけどね…」

そう話しながら、彼はその場から歩き始め、近くにあったベンチに腰を掛けた。

座った横を手でポンポンと叩く。

いやいや、何自然に誘っているのだ。

「…。」

どうやら、俺が座らないと話が進まないみたいだ。

俺はとてつもなく嫌な顔で、彼の隣に座った。

俺はこんなにも嫌な顔をしているのに、こいつは何の躊躇もなく俺に顔を寄せてきた。

つけている鬘取って、そこらへんに捨ててしまおうかとも考えてしまう。

「ボクのことが好きな女の子たちがさ、ボクを何としてでも好きにさせようといろいろ仕掛けてきたんだよ。君に対してボクがしているようなものと比にならないヤツ。」

これと比にならないか…。

「その時思ったよ…。」

彼は寄せていた顔を僕から離し、真剣な表情になった。

「女怖っ!って。」

その表情から、どれだけ女性に対する恐怖を抱いていたかわかる。

普段彼は女性に対して毅然とした振る舞いを取っているが、内心ではそんなことを想っていたのだろうか。

「それでボクは、女の子を好きになれなくなってしまい、そんな時のボクに手を差し伸べてくれたのが君だったんだ。」

あの時か。

こいつが、ボクがいつも昼食を食べているベンチに座って沈んでいたから、「君の隣に座らせてくれ」と話しかけたことが、彼に対する救いになってしまったのだろう。

今すぐあの時に戻って、便器飯したい。

「惚れたよ。君にならまt…」

「やめてくれ、そんな表現。」

赤面しながらよからぬことを言いそうだったので、俺としては止めざるをえなかった。

止められた彼は、ほっぺを膨らませながら怒っている。

「すん止めなんて、ズルいよぅ。」

「なんだその言い方は。」

俺は日常会話に下ネタを紛れ込ます人間が、一番嫌いなのだ。

とにかく、彼の世界観というか、考え方が理解できたのは大きい。

今後の彼の使い方に、うまく活用することができる。

「どう、この答えで満足ぅ?」

ふたたび彼は俺の方に顔を寄せて、肩に顎をのせてきた。

俺は顎をのせられた肩をクイッと上げ、彼の顎をガチンとさせて対抗する。

「んくぅ、ひどぉ。」

彼は顎を押さえ、ベンチの上でうずくまる。

もはやこの時、最初の目的のことは忘れていた。

うずくまったままの彼をおいて、俺はそそくさとその場を後にした。


「はぁ。」

大きなため息をつきながら、僕は顎と首の間にあるわずかなとっかかりに指を引っかけて、変装用のマスクを脱ぐ。

「まさか、予選の時に彼が気づいていたとはね…。」

部屋の中から彼を見た時には少しドキッとしたが、少しうれしくもある。

とりあえず、このおじいさんの衣装を脱がなくては…。

「それにしても、僕はあの時に覚醒すると思ったんだけどなぁ。」

彼が先ほど話していた女性。

いや、男性であるだろうが。

カノジョが彼を捕らえた時こそが、発動条件を満たした瞬間であったと思ったのだが。

「あの程度では足りないか…。」

僕としても、彼を痛めつけるような真似はしたくないのだが。

僕は邸内に入ると、手をたたいて使用人を呼び寄せた。

持っていた変装用具一式と、背負っていたある荷物を渡す。

「かしこまりました」と僕が何かを言う前に、渡したものを片しに行こうとする。

それを僕は指を鳴らし引き留めた。

「後で僕の部屋に弐業(にごう)を呼べ。」

その一言だけ告げ、渡したものをかたしに行かせる。

彼で十分だろう。

もちろん深い事情を話すつもりはないが、ある程度適当な理由があれば彼は喜んで引き受けてくれるだろう。

「さて、例の儀式を進行させなければね。」

おそらく予選が終わるころには、この下準備は完了するであろう。

「実に楽しみだ。」


 3 覚醒


今後の日本だけでなく、世界をも変化させかねないビックイベント。

《国王選抜武術選考》

通称「国選」は、ついに予選AからJグループの試合がすべて終了した。

特にトラブルなどは無く、国選は滞りなく進んでいる。

俺についても特に何があったわけでもなく、少し気になることと言えば、母親の不審な挙動と楽しみにとっておいたはずのプリンの行方ぐらいだろうか。

そのため、俺の最終予選に対する仕込みも滞りなく行うことができた。

さすがに会場に入ることはできないし、銃器の持ち込みも厳しく対応されるため用意しなかったが、出場者に関する情報は完全把握済みである。

もちろん国選のホームページで取得できた情報しかない選手がほとんどだが、俺は基本「自分を狙ってくる奴をどう回避するか」を考える戦法のため、ほとんどの人の情報は必要ないのである。

「備えあれば患いなし」という言葉を重視するのも俺の癖だ。

最終予選は、五〇人によるバトルロワイヤル方式。

その中で生き残った十六人のみが、本選に出場することができる。

「タケ…おい、」

「尊!?」

「あ、あぁ。ごめん思考整理中だった。」

「んだよそれ。そろそろ会場入りだぞ。」

「そうか…。」

俺を思考の世界から呼び起こすのは、ほとんど毎回彼の役目だ。

毎回、彼に名前を呼ばれるたびにフッと戻ってこれる。

とりあえず今は、無駄な思考をするのはやめよう。

忘れかけていたほどけた靴紐を結びなおす。

待機室のベンチに座りながら靴ひもを結ぶ俺に、優弥は優しく背中をたたいた。

その反動で結び目が固くなる。

これ、後で外せるかな…。

「急に何するんだよ。」

「お前なら大丈夫だよ。心配すんな!」

不安な俺を励ましてくれているみたいだ。

こいつはいつも俺のことを気遣ってくれる。

それに、俺のことを解ってくれる奴は、こいつ以上はいないと思っている。

(ねぇ、私のこと忘れてない?)

今、脳裏に流れたクソ音声は忘れることにしよう。

「何か言った?」

背後から、先ほど脳内に流れた音声と同じ声が…。

そっと後ろに振り返ると、あの男が口元をニヤリとさせて立っていた。

「なんだ、お前も来てたんだ。」

「おう。」

そう、彼は俺以外の人間に対しては猫をかぶっているのだ。

いや、こいつは男なのだから「猫をかぶる」というのは的確ではないのかもしれない。

「それより、あと五分で始まるぞ。急いで会場に行こうぜ二人とも。」

話を速攻でそらした優弥は、早歩きで会場に行く。

おい、優弥。

お前もしかして、こいつと俺の感情を知ったうえでやってるのか?

いや、あいつはそこまでじゃないよな…。

「さぁて、」

いつも通りのねっとりとした言い方に戻る。

「一緒にいこぉ?」

俺は彼のその言葉を無視し、小走りで優弥を追いかけた。

暗い通路を通りスタジアムに出ると、そこは以前経験した予選ブロックと比ではないほどの観客が、これから始まるであるものに期待し興奮の雄叫びをあげている。

三百六十度、見渡す限り人、人、人…。

よくもまぁ、こんな一か所に集まったものだ。

「「よおおおこそおお!最後のバトルロワイヤルへぇぇえええええ!!」」

ナレーションにも熱が入る。

その熱が伝播するように周りの人々も歓声を上げる。

「「いよいよこの国選も折り返しだぁ!予選ブロック決勝!」」

うるさすぎる歓声に嫌気がさして耳をふさいだ俺は、会場を一通り見渡す。

会場自体は前回と同じ。

大きさ的には東京ドームと同じくらいだろうか?

さほど大きい会場というわけでは無いが、観客席の部分がかなり大きいため、外からはとても大げさに見えるのだ。

最終予選は人数が決まっているため、選手の立ち位置が決まっている。

中央に向かうようにして、五十人が大きな円を描くように立つ。

なので、選手は半強制的ににらみ合うような形になるのだ。

そして今気づいた事だが、一人だけ見知らぬ顔のやつがいる。

会場内に居る人数はピッタリ五十人なので、侵入者が紛れ込んでいるというわけではなさそうだ。

「何者だ、アイツ…。」

この違和感に、何故みんなは気づかないのだろうか?

「「それではぁ!レディィィィイイイ…」」

しまった。

耳をふさいでいたせいで気づかず、もう試合が始まってしまう。

「「ファイッッ!!」」

司会者の手を下す合図とともに、大きなゴングが鳴り会場の全員が一斉に動き出した。

俺もワンテンポ遅れて走り出す。


まず俺を狙ってくるのは、幻獣使いで《(ぬえ)》を従える『(とら)()(しゅう)』だ。

彼も俺と同じく武術高校の生徒で、奴が俺を狙う理由は、俺を鵺に食わせてこれからの戦いに備えるためだ。

奴は生命体を体内に取り込むことで、それを術力に変換できるのだ。

「さて、鵺退治といこうか。」

かの平家物語にも、鵺を源頼政が退治する話があるが、俺はあいにく弓は使えないので、持ってきた木刀でなんとかするしかあるまい。

敵の姿が見える。

彼は俺を補足されるなり壱、漆、壱の印を刻んでいる。

あの印であれば、繰り出されるのは《火弾(かだん)》であろう。

しかし、あらかじめ予測しておいた通りなので…。

「火弾!」

「対策済みだッ!」

俺は羽織ってきた薄手のコートを脱ぎ、飛んできた火の玉に覆いかぶせる。

このコートは隙間がほとんどない特別な素材でできているので、周りから酸素を供給されなくなった炎は一瞬で消火された。

そのコートを捨てた俺は、木刀を握りしめて彼に突撃する。

「クソッ!」

俺が木刀を振り下ろそうとした瞬間に、何かが絡みついてくる。

鵺の尻尾にあたる蛇だ。

「へッ!残念だな。」

と、彼は言っているが、俺としては何も残念ではない。

「いや、君こそ残念だ。」

そう言ったおれは、いとも簡単に蛇から木刀をすり抜けさせ、相手の頭に直撃させた。

油断していた彼は、不意に訪れた衝撃にもだえ苦しむ。

術者が気を抜けば、従えている幻獣も攻撃の手を止める。

いくら幻獣といえど、術者がその程度であれば取るに足らないのである。

「クソッ!何で?」

脳震盪(のうしんとう)に近い状態を起こし、立ち上がることがままならない彼は俺に問いかける。

俺は動けなくなった相手の背中を、足で押さえながら種明かしを始めた。

「まず君は、俺をひるませるために技を放つ。油断したところを蛇で仕留めるためだ。」

本来の彼の戦い方は、大体がこのパターンだ。

「しかし俺は、失速することなく君に突っ込む。そうしたら君は反射的に鵺の蛇で俺の腕か足、そして持っている木刀のどれか一つを封じざるを得ない。」

もちろん、その中でも一番攻撃に近い場所と言ったら木刀なわけだから、木刀を封じるに決まっている。

「それが分かっていれば、対策するしかないであろう?」

俺は持っていた木刀を、相手の首に触れさせる。

するとその木刀は、突っかかることなく滑らかに首をつたった。

「なッ!?」

「蛇っていうのは、移動するときに腹の突起を地面に引っかけて動いているんだ…。だから地面の摩擦がゼロであれば、移動することは到底できなくなる。」

持っていた木刀を背負っていた袋に戻す。

「これだけ言えば、わかるよね?」

そう言った俺は、背中から足をどかし、とどめの一蹴りを頭に決めた。

相手は白目をむいて、動かなくなる。

もちろん、俺は殺したわけでは無いが。

「そうだ、早く移動を…。」

俺が一歩足を踏み出そうとした瞬間に、後ろから鋭い風切り音が迫る。

そして、反射的に振り返ろうとした時。

ブシャァァアアッッ

地面に転がっていたはずの『虎井修』の頭部が、目の前で宙を舞う。

それと同時に、体に大量の血を浴びる。

「ンッ!?」

目の中に入ってしまい、視界が赤くなる。

すると、その真っ赤な世界で、一人の男が立ちすくんでいた。

「クソッ…。」

一生懸命目をこすり、顔をつねって涙を出すが、そこまで視界は回復しない。

そんなことをお構いなく、その男は印を刻みだす。

「楽しみにしてたんだぜ…。」

彼の声を聴き、俺はハッとする。

(お前が次の…)

あの声だ。


落ち着け。

冷静に今の状況を分析するのだ。

彼は今「弐、弐、伍」の印を刻んで《風転殺(ふうてんせつ)》を繰り出そうと…。

「お前知ってるか?」

不意に奴から話しかけられる。

「何を…だ。」

彼はなぜか、足を止める。

印を刻んだというのに、技を繰り出す動作をしない。

「常印って言うのはよ。本来《壱から玖》を組み合わせるもんだよな?」

荒い口調で問いかけてくる。

「当たり前だ」と、俺は答える。

「でもよぉ…。」

ぴたりと動きを止めていた彼が、両手をゆっくり動かしだす。

「この世には、存在するんだよ…。」

彼は両手の拳を握る。

「何が。」

すかさず俺は聞く。

「十個目の印がよぉ!」

そう言うと彼は、握った両手を勢いよく叩き合わせる。

バチンという乾いた音と共に、周囲の空気が一瞬で変わる。

観客の声も一斉に止まり、一瞬だけ無音になった。

「覚えとけよ…これが《(ぜろ)》だ。」

周囲の空気が一気に彼のもとに集まる。

それに巻き込まれまいと、俺は一生懸命に足を踏ん張る。

「風転殺…」

彼は術名を言いながら、腰を落として左腕を右の腰あたりまで持ってくる。

(きょ)。」

最後に彼がそう付け加えると、通常は透明な空気を纏うはずの両腕が、緑がかった紫色のオーラを纏う。

空気の流れに身動きをとれない俺は、もはやなすすべはなかった。

「オラァ!」

大きく両腕を左方向に振り、前方にオーラを纏った風斬(ふうじん)を飛ばす。

その風斬は一直線に俺に飛んでくる。

不思議と、俺はそれがスローモーションに見えた。

これが…死の瞬間。

そして走馬灯が駆け巡らんとした瞬間、横から一筋の閃光が走る。

「「誰だてめぇ。」」


目の前の彼と、飛んできたヤツのセリフが被る。

「珍しいな、お前が光系を使うなんて…。」

彼の顔を見て少し余裕が出た俺は、彼に対してちょっとしたことを呟く。

「別に」と言った彼は、こちらに振り返ることなく印を刻む。

「気をつけろよ。あいつアレ使うぞ。」

「なに?アレって…。」

「伍天王しか使うことはできないはずの…《零》だ。」

「何それ…。」

知らなくても仕方あるまい。

俺自身も、実際の印を見たのは初めてで、名前だけなら知っていた。

それをみつけたのも、偶然目に入った化石みたいな文献から数行だけだった。

そのあと気になって何度も調べたが、それ以上の情報は何一つ見つからなかった。

「簡単に言えば、トップシークレット。」

「なにそれぇ…。」

たとえこいつでも、こいつの相手ができるのは少しの時間だけだろう。

優弥なら…。

ふと優弥の方を振り向く。

誰かと激しい戦いを繰り返していて、どうもこちらにかまっている場合では無いようだ。

ここで彼の集中を書くような真似はしたくない。

優弥からそっと目をそらす。

最後に目が合った気もしたが、俺はそれを見なかったことにした。

視線を戻すと、ちょうど二人とも印を刻んだ瞬間だった。

奏雷は「参、玖、参、陸」の《雷塵烈破(らいじんれっぱ)》で、

アイツは「玖、参、捌」に“零〟を刻んだ。

玖、参、捌の組み合わせ自体は存在しないので、いったいどんな技が発動するのか予測できない。

「この技はなぁ…伍天王の中でも天王家しか知らない印だぜ。」

そういうとアイツは、合わせた拳をそのままゆっくりと前に出す。

「遅いッ!」

光に近い速度で、奏雷がアイツの懐に入り込む。

直接技を叩き込むつもりだ。

「雷塵…。」

「遅いのは…」

「烈ッ「てめぇの方だよ。」

奏雷の声がかき消される。

奏雷の技が発動しようとした瞬間に、アイツが伸ばした拳に周囲の術力が吸い込まれていくのを感じる。

ヤバい。

そう感じるのが、一歩遅かった。

(めつ)(さい)。」

その一言と共にソイツが伸ばした腕を真上にあげると、瞬間的にソイツの周りの地面がえぐれて、上方向へと吹き飛ばされた。

奏雷をはじめ、巻き込まれた人々も全て宙を舞う。

俺はぎりぎり範囲外だったが、地面が吹っ飛ばされた勢いで後ろに転がされてしまった。

そして、その時に後頭部を強打したため、今は意識を保つのがやっとだ。

「おらぁ…よッ!」

するとアイツは、思い切り地面の方向に拳を振り下ろす。

「やめッ!」

俺が言い切る前に、宙に浮いていたものが全て叩き落される。

その衝撃で、激しく地面が揺れる。

地面に激しく打ち付けられて、なすすべもなく体から血しぶきを上げる人々を、俺は見ることしかできなかった。

血しぶきが俺の顔にまで飛んでくる。

既に真っ赤な俺の顔は、もはやなんとも感じなくなっていた。

固唾さえ呑み込めないほどに、開いた口が塞がらない。

血まみれになりながら笑顔でたたずむアイツの『たった一度の技』は、会場に居た参加者の半数を殺した。

刺激臭が襲う。

しかし、俺の鼻は完全にいかれてしまったらしい。

「奏…雷。」

必死に立ち上がり、彼を目視で探す。

しかし、足がいうことを聞かずに倒れそうになってしまう。

「おい、大丈夫かよ?」

ふらふらとしていた俺を、優しく支える。

「おい、尊?」

「優弥か…。」


親友だと分かった瞬間、彼にそっと体重をかけた。

「どうなってるんだよこれ。」

やはり彼も、今起きた一瞬のことを理解できていないみたいだ。

「俺が戦ってたやつが、急に宙を舞って地面にたたきつけられて…。」

「アイツ…多分天皇家だ。」

「なッ!?」

こいつはバカだが、そんな彼でもこの事がどういう意味か分かる。

「なんでそんな奴が…。」

「分からないが、おそらく狙いは俺だ。」

アイツが俺を狙っている理由も、天皇家の人間が予選に紛れ込んでいるのも、俺には全くもってわからない。

そんなことを優弥と話している間に、捜していた奏雷の姿を発見する。

見た感じでは、息もしているし目立った外傷もない。

今すぐにこの予選を終わらせ、救急搬送すれば命の危機は無いだろう。

そう、今すぐに終われば。

「さぁて。」

ずっとたたずむだけで動かなかったアイツが、俺の方に振り向く。

「こいつ…。」

優弥は睨み返しているが、俺はもう体が震えて動かない。

すると、アイツがゆっくりとこちらに近づいてくる。

「そういえば、本来はお前を()るのが仕事だったな。」

「仕事」ということは、コイツを差し向けた“裏〟があるということか。

「てめぇ、尊をなんで殺そうとするんだよ?」

「素直に答えるかよ。」

当たり前だろうな。

今の俺としては、終わらせることが最重要項目だ。

「俺が死ねば…どうなるんだ?」

不意に尋ねる。

もちろん俺自身は、死ぬ気なんてさらさら無い。

「その答えは…俺も知らねぇな。」

そう答えた時、ついにソイツは、俺たちの所までたどり着いてしまった。

俺とソイツの目が合う。

「じゃあ死んでくれるかね。」

ソイツが印を刻もうとする。

そこに優弥が、すかさずに横から一撃を入れる。

俺は優弥の肩から腕を外し、その手で彼を押し出す。

「無茶だけはするな」とだけ小声で伝え、優弥の背中を押す。

「安心しな、その前に俺がお前を…殺してやるよ!」

優弥がそう言いうと、彼の全身が橙色のオーラを纏う。

「うぉぉおおお!」

力任せに右手に術力を集中させ、全身のオーラが右腕だけになる。

色も濃くなっていて、力がどれほどに凝縮されているかが目に見えてわかる。

一天轟撃(いってんごうげき)!」

彼が繰り出した拳は、激しい風切り音を出しながら避ける動作をしないソイツの身体にクリーンヒットした。

殴った時とは思えないほどの轟音と衝撃で、俺は吹き飛ばされそうになる。

伏せていた顔を上げる。

そこには、一撃をくらったソイツが立っていた。

優弥の腕をつかみながら。

「なんだぁ?その、バカパンチ。」

「ングッ!」

ゴキッという骨の折れた音がすると、優弥と同じように足に橙色のオーラを纏ったソイツは、その足で思い切り優弥を蹴り飛ばした。

「へは、こんな感じか?」

そう言った彼は、印を刻み始めた。

玖、参、零、弐の印…

最後に付け加えるのではなく途中に…ということは、

「やめろぉぉおお!」

印を刻み、両手の全ての指先を合わせて丸を作ると、その中心にエネルギーが集束されていく。

そしてその手を優弥に向けた。

滅光(めっこう)。」

「ゆうやぁぁああああああああ!!」

立ち上がれずにいる彼に向かって、紫白い光が射発される。

その手から放たれる光は、恐ろしい速度で進んでいるはずなのに、恐ろしいほどにゆっくりに見える。

脳の思考加速が限界を超えた。

死んでしまう。

しかも、俺のせいで。

ずっと俺と一緒に居てくれると思っていた。

そういう存在でいた。

昔、俺たち三人はよく一緒に遊んでいた。

その俺以外の二人が、俺のせいで死ぬなんて許せない。

これを決めたのがもし神だというのなら、俺は悪魔にだってなってもいい…。

(それは困る。)

ふと脳に、何者かの声が響く。

(お前には、神を恨んでほしくない…。)

とうとう俺の頭も、おかしくなってしまったのか。

やけに重みのある神聖な声が、頭を満たす。

(さぁ、今こそ剣を取るのだ。)

何故かわからないが、この声を知っていて、この声に従った方がいい気がする。

「剣を取れ」と言われても。

木刀はどこかに飛ばされてしまったし、第一俺がこの状態から奴と戦える気がしない。

(何を言っている、もう既にお前は素晴らしい剣を持っているのだ。)

既に…持っている?

(それを握り、振り払うのだ。)

そうだ、俺は剣を持っている。

(お前の前に立ちふさがっている)

運命を、変えられる(つるぎ)


その刹那、俺の動きは光の速さを超えていて。

気づくと俺は、座り込む優弥に背を向けて立っていた。

剣を持って。

「なッ…おい。」

「おいおいおいおいおい」

会場を見渡すと、既に俺と目の前のやつ以外は倒れていた。

それでも予選が終わらないのは、国選関係者側もこの件に関してはグルだということだ。

「聞いてねーよ。なんでもう…。」

「終わらせよう。」

海よりも碧く、ごつごつとした見た目の“剣〟を右手で握りしめ、腰の左横に構えた。

顔を上げ、意識が沈むように集中していく。

目の前のやつだけしか見えないほど集中した時、周りの空気が変わる。

敵以外の情報量が消える。

「うぁぁああ!クソがぁぁああ!!」

無我夢中に零、玖、壱、漆、参と印を刻む。

俺は両足に力を入れ、右手を動かす。

剣だけを動かしているはずなのに、空気の重圧ごと前に進む。

剣を振る力が強すぎるのか、はたまた早すぎるのかわからないが、恐ろしいほどの空気抵抗を右手に受ける。

まるで車を押し出しているかのような感覚だ。

勢いがどんどん強くなる。

右腕がはじけ飛んでしまいそうだ。

「うぉぁぁああああ滅烈戒限(めつれつかいげん)!!!」

目の前のヤツが、俺の方向に右腕を突き出す。

しかし、俺が剣を振るう勢いだけで、その技が吹き飛んでしまう。

空気の流れが、俺が剣を振るう方向だけになる。

派生したエネルギーが大きすぎて、空中に紫電が走る。

切る。

相手を、切る。

無駄な思考は必要ない。

ただ、切る。

腕だけでなく、身体にもかなりの負荷がかかる。

口からも、目からも血を吐き出し、体の浮き出た血管からも血が噴き出す。

身体がいくら悲鳴を上げていても、俺の脳は痛みを認識しなかった。

そうして、目の前が真っ白になった瞬間、剣先が前方の頂点に達する。

そこから遠心力で、一気に剣が振り切られる。

一方向だった空気の流れが、振り切れたことで俺を中心に渦になり、大きな竜巻があたり一帯をすべて飲み込んだ。

奴も、

死体も、

参加者も、

観客たちも、

その場の全てを巻き込んだ。

そして俺は、切れた感覚を最後に意識が途切れた。

碧く、深い、海に沈むように。

そして、ブラックアウトした。


凄野尊が持っていた“剣〟。

彼に突如問いかける声。

彼を狙った天王家の男。

そして、十年前との因果関係。

この国で、何が起ころうとしているのか…

それは、“神〟であるこの私でもわからない…。


おそらくこの物語の結末は、人と神の範疇(はんちゅう)を超える。



 4 神器


(お前には、過酷な運命を背負わせてしまう。)

(仕方なかった…そうとしか言えまい。)

(もう遅い。)

(運命は動き出した。)

「お……い………。」

(この国は終わる。)

(国どころではない…世界も。)

「た…け……る……。」

(案ずるな。終わらせて見せる…)

(この剣は、そのために…)

「尊!?」

「ハッ!?」

飛び起きようとした身体に、激痛が走る。

痛みの元は、右腕だろうか。

ゆっくり身体を寝かせて目を向けると、右の腕と肩が包帯でぐるぐる巻きになっていた。

「急に飛び起きるなよ…ビックリしただろーが。」

隣に座る男は、目を丸くしてそう言う。

意識がまだはっきりしていないが、声の雰囲気で分かる。

「優弥…か……。」

目元をこすり、大きくあくびをする。

意識がだんだんと、現実の世界につながる。

まるで今まで、違う世界につながっていたみたいだ。

そこで何か聞いた気がするが、あくびをしたときに忘れてしまった。

「お前…昨日のアレは何だったんだ?」

「昨日…?」

はっきりとは覚えていないが…

確か、優弥が死にそうになって、誰かの声が聞こえて、気づいたら剣を握っていて…。

「わから…ない…。」

「そっか。」

それにしても、体に全く力が入らない。

いったいどれくらい眠っていたのだ…。

「ねぇねぇ、もしかして起きたの?」

横のカーテン越しに、嫌な声が聞こえる。

声の主によって、俺のプライバシー保護の最後の砦は陥落される。

「おはよぉ。三日ぶりぃ?」

ベッドに座った状態で、めくったカーテンから顔を出してくる。

来ていた患者衣からも見えるほどに、体中が包帯でぐるぐる巻きだ。

「もぅ、起きて早々ボクの体を…。」

「お前も寝ろ。」

「きゃぁ、大胆!」

解釈違いも甚だしい。

「それよりも、国選はどうなったのだ?」

「あー、えーっと…。」

優弥は完全にド忘れしているようだ。

それを見てしびれを切らした奏雷が、その後の事情を説明する。

彼の話によると、最終予選は死者数が大量に出て、おまけに俺と謎の天皇家も含めた全員が倒れていたのだ。最終予選の突破者をどういう線引きにするか、かなり討論が行われたようだ。

最終的に、「生きていたものが、本選に出場する」という結論に至り、最終予選から本選に駒を進められたのは、俺たちを含めて十六人しかいなかった。

「それで、最後に俺が薙ぎ払った奴は、いったい何者だったのだ?」

「それがさ…どのニュースでも取り扱われてなくて、新聞とか週刊誌とかにも記載されていなかったんだ…。」

明らかな情報操作。

この件の裏には、想像以上の権力がついていたのかもしれない。

国ぐるみ…とは、あまり考えたくない。

「ねぇねぇ、奴らの狙いってあなただったんでしょぉ?」

「それが、それほど大きな権力に狙われる要因が分からなくて…。」

「そぅ?私はあなたが最後に握っていた〝あの剣〟だと思うんだけど…。」

あの(けん)…。

いや、あれは〝(つるぎ)〟だ。

何故か俺の頭は、あれを〝ツルギ〟であると信じて疑わない。

しかし、剣のことを考えていると左手が疼く。

不意に左腕に目を向ける。

「なんだ、これ…?」

視界に入った左手の手首には、謎の文字がぐるりと手首を回るように記されていた。

何の言語かは、俺にはわからない。

「え?お前もなんだかわからなかったのか?」

置いてあったバナナを食べながら、優弥が問いかける。

「と、言うと?」

「さっき医者が来て言ったんだよ。『本人が起きたら、その手首の文字について聞いてくれないか?』って。」

それはつまり、俺があの剣を握ってか意識を失ってから、医者が俺の体を治療する間に発言したということか。

この日本語ではない古代遺跡に書かれていそうな象形文字は…もしかしなくても、あの剣ぐるみであろう。

俺の左腕は、もしかしたらどうにかなってしまったのかもしれない。

「あっ、そうだ。」

突如ハッとした優弥が、今度はリンゴを皮ごと頬張りながら言う。

「国選。本選開始が一か月ぐらい伸びたよ。」

「それは…本当か?」

「おう。本選に出場する選手が、完治するまで待つんだとさ。」

もしかして、こういうことがあると想定していたから、一年早送りに…。

だとしたらこの先…いったい何が待ち受けているのだ?

話していた優弥の顔から視線を外し、再び左手を眺める。

右手は外傷のせいでほとんど動かないが、左腕はどうやら無傷なので少し力を入れて持ち上がるか試す。

左腕に力を入れた瞬間、寒気に似た感覚に襲われる。

まるで、左腕の何かに気が触れているようだ。

今度は適当にただ力を入れるのではなく、明確に腕を上げることを意識しながら左腕に力を入れる。

傷が一つもついていない腕は、通常通りに持ち上がる。

自分から天井の間の直線状に左手が映る。

しかし、そこに映る左腕は、まるで自分の左腕とは異なっていた。

外的違和感ではなく、それとは真逆の違和感。

「あの、すみません。ここは凄野尊さんの病室で間違いないですか?」

考え事をしていると、病室の扉から、聞き覚えのない女性の声が聞こえる。

「間違いありません。どなたでしょうか?」

起き上がれない俺は、寝た状態のまま声の主に問いかける。

すると声の主は、扉をスライドさせた。

俺が通っている学校の制服を着ているので、そちらの用事かもしれない。

「えーっと…私、同じ学校の一年の戸張瑠奈(とばりるな)って言います。」

聞き覚えのない名前。

しかしどうやら、彼とは面識があるそうだ。

彼女の顔を見るや否や、乱れていた患者衣をただす。

「それでその…って、どうして奏雷先輩が!?」

彼女も気づいたようだ。

「君たちは知り合いなのか?」

なんとなく彼女が離そうとしている内容に、関係のありそうな話題を振る。

「実は…ボクは彼女を振っていてね。」

学校では普通に過ごしているこいつは、見た目の美しい容姿からも女子たちからよくモテるのだが、その中の一人ということだろうか。

恐らく内容とは全く関係ないだろうし、空気が気まずくなり、余計に話しづらくなってしまった。

「で、用って?」

しかし優弥という男は、空気を読めない男だ。

こんな状態でも容赦なく話を進める。

「あっ、そうですね。実は会場で見た先輩の様子を、うちの姉が異様に気になっているみたいで…。〝ガクユウ〟つながりで聞いて来いと…。」

「あの時の俺についてか…。」

確かにあれだけ目立てば、多くの人の気を引くのも当たり前だ。

ただ、あの時のことは俺の記憶もあいまいな部分が多く…。

「結論から言おう。自分にもわからない。」

先ほどから同じような話しかしていないような気がするが、きっと気のせいだろう。

「そう、ですか…。」

起き上がることのできない俺に目を合わせた後、下をうつむきため息をつく。

「〝そうですか〟じゃないだろ!」

傷に響くような大きな声が、彼女の背後にある廊下から聞こえる。

病院では静かにしてほしいとは、こういうことなのだろうと〝痛感〟した。

それこそ、文字通りの意味で。


廊下から開いている扉に左手を掛けながら、ぬっと一人の女性が顔を出す。

口元にはたばこを模したお菓子『ココアシガレット』を咥えながら、バッチリ赤みがかった黒色のスーツを着込んでいる。

右手にはメモ帳と手帳を持ち、胸ポケットにはシャーペンとボールペンが入っている。

その見た目は、どこからどう見ても記者である。

彼女がおそらく訪ねてきた女子の姉であろう。

「お、お姉ちゃん…仕事は!?」

「んだよ、心配だから来ちゃったんだよ。仕事なんか適当でいいんだ!」

いや、そうはならないだろ。

バカ一人を除き、そこにいた全員がそう思った。

だが、妹思いでいい姉じゃないか。

「とりあえず、座って落ち着いてくれないか?」

これ以上大声で話されても、右腕に響いて困る。

「あぁ、そうする。」

俺は優弥に目配りして、座っている場所を離れてもらう。

スーツの彼女は、背もたれのないパイプ椅子に、ドスンと腰を掛けた。

近くで見ると、彼女もその妹も黄金に輝く黄色の瞳をしていた。

まるで満月のような瞳だ。

「それで、最終予選の時の…。」

メモ帳を開いた彼女は、再び会話を始めようとしている。

「先にお名乗り頂けないかい?」

「おぉ、そうか。」

どこのだれかわからない以上、危険な情報はしゃべれない。

『同じ学校の後輩の姉』という要素だけでは、とても信頼には足らない。

すると彼女は、スーツの腰付近にあるポケットから名刺入れを取り出し、その中の一枚を俺に渡す。

身体が動かない俺は、優弥に目を配り名刺を見やすいように持ってもらった。

そこには『夕月(ゆうづき)新聞社 新宿支部伍天王担当記者 戸張(とばり)(むん)』と書いてある。

夕月新聞社と言えば、かなり大手の会社だ。

その中でも必ず乗っている伍天王情報は、いつも素晴らしい内容で感服していた。

「伍天王担当のあなたが、なんで俺の取材なんか?」

率直な疑問である。

確かに伍天王(特に天王家)から狙われている気がするが、そこまで気づいて取材をしようということなのだろうか?

「私は特に天王家を担当しているのだけれど、あなたがあの時振るっていた剣に見覚えがあるのよ。」

俺は目を丸くした。

あれを〝ケン〟と言わずに〝ツルギ〟と言った。

そして、やはりあの剣は天王家ぐるみだった。

ただ、この話はどう考えても…。

「この話は…こいつらに聞かれてもいいやつなのか?」

周りにいる奴らに目を向ける。

いくら親しい中(一人例外)だとしても、この件には巻き込まないほうがいいのでは?

「確かにな…おい、お前ら。今すぐここから出ろ。」

いろいろと察した彼女は、そこにいた三人を廊下に出し扉を閉めた。

扉が閉まる最後の瞬間まで、奏雷は俺を睨みつけてきたが、俺は一生懸命に見えていないふりをした。

「よし、それじゃぁ…あの剣について君の知っている情報を提示してくれないか?」

彼女に目を合わせる。

真実を知る決意の目を向けて。

「《三種の神器》って、知ってるか?」

声のトーンを下げて問いかけてくる。

「それは、日本神話に出てくる?」

三種の神器と言っても、現代ではいろいろなところに使用されているので、その中でも最も天皇家に身近なものを選ぶ。

俺の推測は正解だったようで、彼女は小さく頷いた。

「それが、いったいどうしたのだ?」

八尺瓊(やさかにの)勾玉(まがたま)

(あめの)(むら)(くもの)(つるぎ)

八咫(やたの)(かがみ)

この三つが、天王家の先祖が(あま)(てらす)大御神(おおみかみ)から授かった《三種の神器》だ。

確かに天王家とは関係あるが、それが俺の剣と…。

「……まさか?」

ふと、嫌な仮説が脳裏によぎる。

「天王家には今…その中の天叢雲剣がなくなっていたんだ。」

一気に体の体温が下がる感覚。

嫌な汗が額を伝った。

「君が持っていた剣は…それなんじゃないか?」


その日の夜、夢を見た。

いや、夢ではなかったのかもしれないが。

何もない真っ暗な空間にいて、何もないところに立っていた。

足は地面に触れている感覚があるのに、足の下には何もない。

そして、俺の目の前には一人の男が浮いていた。

青を基調とした華やかな和服を着た男だ。

肩幅が広く、節々の筋肉が以上に発達している。

その彼は、俺に問いかけてくる。

(お前は、我を知っているか?)

実際に口が動いてないが、しっかりとその声が聞こえる。

「わからない…です。」

正直に返答する。

(そうか)と言い、彼は俺から目を離し遠くを見つめる。

「あなたは、何者なのですか?」

彼からあふれ出る威厳のオーラが、俺により丁寧な敬語を使わせようとする。

「剣…例の剣に、関係があるのでしょうか?」

ふと思い出したように、剣の話題を取り出す。

(無論、お前の思う通りだ。)

そうであるなら聞くしかあるまい。

この時間が無限ではないというのは、自分が一番自覚していた。

その威厳を前に、こちらからは質問しづらい。

彼の深く碧い瞳は、俺をゆっくり睨みつける。

固唾を呑み、意を決する。

「質問があります。」

(そこまで堅苦しく聞かんでいい。)

重く低い声が頭に響く。

「この剣は、《天叢雲剣》というもので間違いありませんか?」

(左様。それは間違いなく私の剣だ。)

私の剣…ということは、この方は!?

「もしかしてあなたは、須佐之男(すさのおの)(みこと)様でしょうか?」

(如何にも。)

頭に衝撃が走る。

あの時握っていた剣が《天叢雲剣》で、その剣に須佐之男命が憑依している。

俺の中に神が住んでいる…ということだろうか?

開いた口が塞がらない俺を見た御方は、いろいろと語り始める。

(我がなぜお前の中に居るかは分からんが、今はお前と一心同体であるということだ。)

「なぜこうなったのかわからない」という言葉には少し引っかかるが、それでもこの事実は俺の人生そのものをひっくり返すものである。

(その剣については、使ってみたほうが早いであろう。起きた時、右腕に力を集中してみるといい。)

「それはどういう…?」

(やってみれば解る。)

もしかして、御方は説明するのが面倒くさいのでは?

(それと、我はスサノオと呼んでくれてかまわない。)

そして、なぜか慣れ親しめようとしている。

「スサノオ様、どうして肝心なところは離せないのでしょうか?」

(それはあやつに…おっと時間だ。)

今、確実にはぐらかした。

まだ裏に何らかの事情が存在するのであろう。

(それではまた、お前の気持ちが成長した時に…。)

そう言って、スサノオ様は目の前から消えていった。


「まだ、薄暗いな。」

夢のあとすぐに目覚めてしまった俺は、窓の外を眺めていた。

不思議と起きた時体が動くようになっていて、右腕の痛みもなくなっていた。

起き上がった状態で見る病室は、また違って見える。

一部屋にベッドが四つ。

その一つ一つが、カーテンで仕切られている。

入り口から見て左奥が俺で、左手前が奏雷。

右奥は誰もおらず、右手前に優弥がいびきをかいて寝ている。

俺は大きくあくびをして、頭を掻きむしる。

人生がひっくり返った翌朝は静かに、ゆっくりと明るくなっていった。

夢の内容は、なぜかしっかりと記憶に刻まれていて、実際に体験したのではないかと錯覚するほどである。

「ん…もう起きたの?」

右にあったカーテンを開け、奏雷が顔を出す。

人の前だというのに、口元を隠さずにあくびをするところは、やはり男っぽい。

「そういえば…昨日はあの人とどんな事話したの?」

何だろう。

なんだかすごい寒気がするな。

カーテンでも閉め…。

「ねぇ、聞いてる?」

カーテンに手を伸ばそうとした俺にクギを刺す。

「なんでもない。」

「ボクたちを追い出して〝なんでもない話〟をするはずがないと思うんだけれどぉ?」

「うッ。」

言葉に詰まる。

こいつをこの話に巻き込むと、後々めんどくさくなりそうだ。

ここはなんとか断って…。

「まぁ、良いんだけどね。話したくなければ。」

やけに引くのが早いことに、俺は驚きが隠せなかった。

「人にはそれぞれ〝ハナセナイコト〟の一つや二つあるだろうからね。」

そうだ、みんなそれぞれ何かを抱えている。

優弥も、俺も。

訪ねてきた姉妹も、きっとこいつにも…。

「生きていくということは、何かを背負っていくということだからな…。」

考えていることが不意に表に出てくる。

スッと出てきたその言葉には、不思議と重みを感じない。

近くに時刻を確認する術がなく、今が何時かはわからないが、このまま日が明けなければいいと思った。

そうすれば俺は、どれだけ楽に生きられるだろうか。

優しくゆっくりと、窓から光が差し込んでくる。

光を遮断しないレースのカーテンが、その光を優しく包み込んでいる。

日の光で、俺は目を細める。

明るさに目が慣れたころ、不意に約十年前の記憶が俺の頭に浮かんでくる。

差し込む日の光が、彼女の笑顔とリンクする。

「ミヤ…。」

釧那(くしな)宮津(みやつ)

俺が「ミヤ」と呼んだ彼女は、俺と優弥の幼馴染で、俺の大切な人だった。

おはよう、ミヤ。

奏雷が俺を見つめている中、俺はそっと窓に向かってほほ笑んだ。


見慣れない場所。

見慣れない物。

目を開けた時に飛び込んできた景色は、自分の脳裏に残っていた最後の記憶とはかけ離れていて、驚きが隠せなかった。

身体が思うように動かない。

ゆっくりと深呼吸をして、一度落ち着こうとした。

でも、ドアが開いた音を聞いて、余計に落ち着かなくなってしまった。

一人の男の人が、私が寝ている部屋に入ってくる。

「目覚めたのですか?」

その人の問いかけに、どう返事をしていいのか戸惑う。

それを見透かしているような感じで、その人は私に向かってほほ笑みかける。

「おはようございます。よくお眠りになられたでしょうか?」

丁寧なお辞儀と一緒に、丁寧なあいさつをする。

全くの他人。

しかも、その人はすごく身分が高そうな服を着ている。

スーツとは少し違ったような、そんな感じの服。

そんな人が、私に対してなぜ丁寧語を使うのだろう…。

「私、貴方がお眠りいただいている間の世話をさせていただいた者でございます。」

世話?私が寝ている間?

この人がいったい何を言っているのかわからない。

一生懸命に起き上がろうとするも、何故か私の体はきしんでいるようで動かない。

関節がまるでさび付いているみたいな。

「貴方が動けないのも無理はありません。なんせあの時から、十年以上も経っているのですから…。」

十年?

何が、どういうこと?

身体が動かないだけじゃない、声を出そうとしても枯れた空気しか出てこない。

それでも目だけはくっきりと見えているのが、不気味に感じて仕方がない。

「うまく喋れないようでしょうから、私が一方的に話させてもらいましょう。」

何をしても無駄だと分かった私は、ただ眼を開き、耳を傾ける。

「あなたは、既に一度死にました。」

理解するのは後にして、ただ脳にその情報を入れる。

「しかし、私があなたを蘇生させました。ただ、貴方の脳の復活と覚醒まではかなり時間がかかってしまいましたが…。あっ、蘇生した方法については聞かないでくださいね?」

私が何もしゃべらず、何も反応せずとも彼の一方的な会話は続いた。

「なので、身体の年齢と脳の年齢にかなり差が生まれてしまいましたが、まぁ問題ありませんね。今あなたは、十五歳の身体に五歳の脳を持っています。体が思うように動かないのはブランクがあったこともありますが、脳のスペックと身体のスペックが合わなかったことも原因になりますね。」

彼はその部屋を、私が寝ているベッドを中心にゆっくりと徘徊しながら、早口で黙々としゃべっていく。

「ところで私はなぜ、貴方を蘇生したのかわかりますか?」

不意に問いかける。

「そういえば喋れないんでしたね」と、彼はわざとらしく言い添えた。

「答えは…貴方の力が必要だったんですよ。私がこの国を作り変えるには…。」

彼の早口がいきなり途切れる。

すると、彼は私が寝ているベッドに腰を掛ける。

私の顔の近くに手をつき、顔を見つめてくる。

「ですからこれからは、私に協力していただきたいのです。」

顔を近づけ耳元でそう囁くと、彼はベッドから立ち上がり窓を見つめる。

その時の彼の目は光り輝いていて、狂気に満ちていた。

ゆっくりと振り返り、再び丁寧にお辞儀をした彼は、終わりにこう言った。

「私は無業闘魔(むごうとうま)。これからはよろしくお願いします…釧那様。」

釧那。

釧那宮津。

身体と脳にしっかりと刻まれたその名は、まごうことなき…

私の名だ。



 5 本選


(起きた時、右腕に力を集中してみるといい。)

奇跡的な(?)回復を果たした俺は、その日に退院した。

そして俺は、そのままの足で家の近くの人気が少ない広い公園に足を運んだ。

現実のような夢で聞いた、例の言葉を試すためである。

その広い公園は、テニスコート六個分ほどの、開けた広場が存在する。

知る人ぞ知る修行場と言ったところであろう。

「さて…。」

その広場の中心に立った俺は、左手を前にかざす。

そして、この前握った剣をイメージしながら左腕の間隔に集中する。

目を閉じると感じる…冷たい何かが俺の意識に触れている。

俺の意識〝が〟触れている。

そっと目を開ける。

「おぉ。」

開かれた視界の先には、俺を中心に起きている突風と、左の掌からわずかに飛び出している青色の金属が見える。

そっと、左手から出ている物を握り、引き出す。

全く痛みは感じず、どちらかというと落ち着くような不思議な感じ…。

ゆっくりと引き抜かれ姿を現したその剣は、剣と呼ぶにはあまりにも雑な見た目をしており、ただ金属が抜き出しになったかたまりの様だ。

何一つ整えられているわけでは無いため、(つば)はおろか、(はばき)(むね)と呼べる部分も無く、挙句の果てには柄すらついていない。

もはやどこまでが「切れる部分」で、どこからが「持つ部分」なのか?

「これで神器なのか…わからないものだ。」

引き抜かれたと同時に、先ほど発生していた突風は消えていて、もとの静かな公園に戻っていた。

驚いて飛んで行った鳩も戻ってくる。

「戻ってこないほうが、よかったと思うけどね…。」

右手に持った剣を、試す程度に軽く上の方向へ振るう。

軽く振るったはずなのだが…なぜか俺の目線の先には真っ二つに割れた雲がある。

剣で起こった風圧はものすごく、俺自身も飛ばされてしまいそうだ。

「そうはならんだろ…。」

なっとるやろがい!

そう突っ込みたいと思うみんなの意見を尊重して、代わりに(セルフで)突っ込みを入れておいた。

「この威力は…短時間で使いこなすのは難しそうだ。」

幸いにも本選の開始は一か月ほど延期になった。

その一か月を、俺がどれだけ有効に使えるかでこの大会の行方は大きく変わるだろう。

とりあえず、このまま国一つ滅ぼせそうなほど力を持った物騒なものを持ちながらと言うのは少し気が触れるので、さっさと戻してしまおう。

「………で、どうやって戻すんだ?」

このまま掌に剣を突き立てるのは、さすがに少し抵抗があるのだが…。

ダメもとで剣を持った右手を前に出し「戻れ!」と叫ぶ。

「……。」

あぁ、そよ風が心地よいなぁ。

そよ風でわずかに揺れる木々の葉っぱが揺れる音、地面に生えている芝や雑草がさわさわと心地よさそうに揺れる音。

今の俺の心に、しみわたっていくようだ…。

と、なんだかんだ言っているが、結論としては「何も起こらなかった」。

「はぁ…。」

ため息を一つ付いた俺は、あきらめて左手のひらに剣を突き立てる。

見ているだけで痛くなりそうなので、目を強くつぶりながら手を動かす。

すっと異物が入ってくる感触に、体が身震いをしてしまう。

何故だか、身体全体が冷たくなるような感覚に襲われる。

「血の気が引く」とはまた別の感じで…。

無事に剣をしまった俺は、謎の文字が書かれている左手首を触りながら、近くにあったベンチに腰を掛けた。

また、大きくため息をつく。

背もたれによりかかると、背中が湿る。

「朝の公園のベンチというのは、何故こうもまぁ湿っているんだ…。」

ゆっくりと背中を離し、自然と姿勢が正しくなる。

少し顔を上に向け、顎と下唇に右手をあて、思考を巡らせる。

あの威力を見てしまったら、一度整理せずにはいられなかった。

「まず、俺は天叢雲剣を持っている。そしてそれは、謎の文字が手首に書かれた自分の左腕の中にしまわれていて、その剣にはスサノオが宿っている…。」

まるで飛んでもチート主人公のような設定だ。

しかも、それが何の前触れもなく俺の前に訪れたのだ…。

「あぁ、頭痛が痛い。」

少し皮肉めいた言い方でつぶやく。

「そして、その剣を中心にして国の中心人物たち(主に天皇家)が動き出していて、それを不審に感じて動き出しているのが〝戸張文〟。彼女とはこれからもコネを持っていた方がいいかもしれないな…。」

俺は国にどうされてしまうのだろうか。

「消される…とか。」

考えただけで背筋が凍る。

「国に立ち向かう」ということが、どういうことであるかというのを再確認させられた。

なんだか嫌になってしまいそうだ。

でも、ここで挫折してしまっては、これまで準備してきた約十年間の時間が全て無駄になってしまう。

無駄であったことになってしまう。

「そんなの…嫌だ。」

もはや俺たった一人のエゴだ。

それだけの理由で俺は今の国に背を向けている。

「決めたことは曲げない。本選までにこの剣をある程度使いこなしてみせる。」

ゆっくりとベンチから立ち上がり、右手を強く握りしめる。

日本(くに)を変えるのは俺だ。」

見上げた空には、先ほど真二つにした雲はもうおらず…。

雲一つない蒼空だった。


本選は基礎実践から始まる。

『術力量がどれだけあるか。』

『どれほどの武術を使いこなせるか。』

『どれほど正確に術力操作ができるか。』

これら三つの要素から、その者の〝格〟を見定める。

本来であればこの俺は、この試験を突破できるはずではなかった。

というのも、この試験は一人ずつ個人で受けるため、いつもの周りの環境を利用することができないのだ。

それなのに術力を持たない俺が、どう突破できるというのだろうか…。

言うまでもないであろう。

ただ、今の俺では違う話になってくる。

左腕に眠る異端の存在(イレギュラー)が、その未来を大きく捻じ曲げたのだ。

そして俺は、今日も今日とて例の公園に来ている。

学校でこの力を使うわけにもいかない。

学校関係者や同級生たちには、「知らない」の一点張りで通しているし…。

そういうわけで、この特訓は見つかるわけにはいかないのだ…。

「おぉー、ガンバレガンバレー。」

ベンチで座って煙草をくわえる彼女は……まぁ、なんというか。

というか、茶化すだけなら帰ってくれないかな…。

「ところで凄野、お前はその剣をどうするつもりだ?」

唐突な質問に困惑する。

「どうしてそんなこと聞くんですか?」

純粋な疑問点を述べる。

おおよそ「なんとなく」と返ってくると思っていたが、彼女はこう返してきた。

「その剣は、普通の人間が持っていちゃいけない代物だからだ。」

彼女からはっきりとした形で現れたそのセリフは、まるで俺に最後の勧告をしているかのようだった。

「ここから先は人間が入ってはいけない領域かもしれない」と、彼女はそう言いたかったのかもしれないと、そう読み取ることもできた。

喉の奥で何かが引っかかる。

しかしそれは、まるで出てくる気配がなかった。

「くっ!」

俺は持っていた剣を握りしめ、地面に振り下ろす。

大きな風圧によって地面がえぐれ、俺の体が少し浮く。

うつむきながらえぐれた地面に着地した俺は、彼女を見ることなく呟いた。

「もう今の俺に、選べる道なんて無いと思います。」

その言葉が彼女に聞こえたか否かは、俺にはわからなかったが、彼女は吸っていた煙草を地面に落として靴で踏みつぶす。

そして、何も言わずにその場から去っていった。

俺は彼女の後姿を見送らずに、剣の特訓を再開させた。

明日が本選の初日。

その今で、この剣についてわかったのは…。

「この一か月で……何の収穫も無しかよ。」

俺の口から洩れてしまった言葉の通りである。

「クソッ!」

剣を地面に突き立てようと大きく振りかぶるが、握った拳が視線に入った瞬間に止めた。

物にあたるのは違う。

そう冷静になれた俺は、握っていた剣を見つめ問いかける。

「お前…海神の神器なら、雨ぐらい降らしてみろよ……。」

強く握った剣を、何を思ったのか天に掲げる。

「なぁ、そうだろ?」

何を言っているのだろうか、俺は。

「……水は俺の味方なんじゃないのか?」

面積の七割が水面である地球で、そんな力が使えてたまるか…。

「………三貴神なんじゃないのか?」

どちらかというと、三貴子(みはしらのうずのみこ)の方が正しいのではないのだろうか…。

焦りから生まれる怒りを、理性が止めようとする。

そのやり取りを脳内でしているうちに、俺の本心がどちらにあるのかわからなくなる。

上を向いていた俺の額に、ぽつりとした感覚。

目の前の空には、数秒前には無かった暗雲。

そして、「頭を冷やせ」と言っているかのように、上から俺の顔に向かって水滴が落ちて来る。

俺は口と目を閉じることができないまま、その雫に打たれる。

身体を澄み通っていくように貫通して、大地に降り注ぐ。

その現象は、ここ一か月の間見ていなかった、まごうことなき…

「雨だ。」

両手を天にかざし、掌で雨を受ける。

何故か持っていた剣は、雨に濡れてから青白く光っているように見える。

「毎日見ていた気象データ、雲の動き、風向きから考えて…今日雨が降ることはあり得ないはずなんだよね…。」

自然と口元がにやける。

「これが神の力…なんだよな。」

両手を大きく広げ名ながら、公園の地面に仰向けになる。

周りに建物が見えないため、まるで宙に飛んでいく感覚に襲われる。

「………はは。」

ゆるんだ口元から笑い声があふれる。

「…ははははははははははは!」

笑い声は次第に大きくなるが、雨音がそれを塞いでくる。

心地よさが俺を包む。

「最近の俺は、情緒不安定だな。」

「今気付いたのか?」

ビニール傘を差しながら、俺の顔をさっき見た顔が覗く。

「さっきクールに去ったのに、君が何かしでかしたみたいだから戻ってきてしまった。」

そう言いながら彼女は、傘を持ち換えて俺に手を差し伸べる。

「天を制した気分はどう?」

掴み返した途端、彼女が問いかける。

まるで俺が、今日この力を発見することが分かっていたみたいだな…。

顔を上げ、彼女の黄金色の瞳を見つめながら返す。

「最ッ高だ!」

最高の笑顔で答えた俺を見て、少し唖然とした彼女は、また優しい顔に戻る。

普段はあんなに尖った目でクールな雰囲気を出しているというのに、今はなんという顔をしているのだろうか。

雨がそれを一層艶やかに魅せる。

振っていた雨が止み、光がさす。

彼女の力を借りて立ち上がった俺は、その手に剣を握っていないことに気づいた。

どこにも見当たらないので、きっと知らぬ間に左手に戻ったのだろう。

見上げた空には雲がなくなっていて、青空が広がっていた。

空を見上げていると、ふとした疑問がよぎる。

「あなたは……いったい、どこまで知っているんですか?」

彼女の顔を見ずに質問する。

彼女もまた、俺の顔を見ようとせずに、そっと傘を閉じながら答えた。

「オトナの行動力…舐めたらいけないよ?」

「それは……そうですか。」

剣が発覚して一か月と少し。

唯一発覚した剣の能力……『雨天の支配』。

この能力の活用は、まだ先の話になりそうだ。

空に架かる虹を見上げ、左手を強く握りしめた。


《本選 第一試験会場C》と書かれた看板が目に入る。

「ここか…。」

持っていた封筒とスマホをバックにしまい、受付に向かう。

少し前に言ったように、本選の最初に行われる試験は個人試験だ。

今の会場には俺しかいないし、試験官も限られた数しかいない。

要するに、ここで行われることは〝非公開〟なのだ。

受付に行くと、そこに人はおらず機械が一個置いてあるだけだった。

機械の指示に従って手続きをすると、遠くの方で扉が開く音がする。

「まるで、ホラーゲームで謎を解いた時みたいだな…。」

そんな小言を呟きながら、開いた扉のもとに向かう。

廊下はかなり長く、両側の壁に等間隔にびっしりと扉がついている。

全ての扉の上には数字が書かれたプレートが取り付けられていて、奥に行くにつれてその数字が大きくなっていく。

一分ほど歩いていくと、開いている扉の前についた。

進行方向から向かって右側の扉だ。

「本当に、とことん無機質だな。」

廊下と同じように、一面灰色の特に何もない部屋が、扉の先にあった。

「お邪魔します。」

一応というか、なんとなくそう言って開いた扉をくぐると、背後にあった扉が閉まり密室空間となる。

その部屋は三畳ほどの狭い部屋で、家具や道具などは何も置いてない。

しかし、扉と扉の間隔からしてこれだけの大きさではないはずなのだが…。

「来るときに歩数で長さを測っていたが、扉から扉までは八歩ほど…一歩がおおよそ三十センチで歩いたから、横の長さは隣との壁の厚さも含め約二メートル四十センチ。この計算だとだいたい六畳ほどはあるはずなのだが……?」

違和感についてぶつぶつと呟いていると、入った扉の向かい側にある壁に違和感があることに気づいた。

入ってすぐ正面であるのに、なぜ今まで気づかなかったのか不思議なほどの違和感。

「手垢…。」

壁の目線がちょうど合うところに、わずかだけ手垢がついている。

その部分の壁をなぞるように触ると、少しだけ凹んでいることがわかる。

壁その物の色だと思っていた白色は、どうやら壁紙だったようだ。

「壁紙越しに凹んである部分があるなら…そこを破ってみるしかあるまい。」

俺は握った拳を大きく振りかぶり、凹んだ部分にめがけて叩きつける。

「パンッ!」という乾いた音と共に、凹んでいた部分の壁紙が破け、中からスイッチのようなものが現れた。

「こんな脱出ゲーム要素、必要ないだろ…。」

愚痴をこぼしながら、俺はスイッチを上げた。

なにかパソコンの起動音に近い音が小さい室内に響くと、上げたスイッチを中心にドアの形に壁が変形し、開いていった。

俺は開いた部分をくぐり、先にあった大きな部屋を見渡した。

「おいおい…なんだ、これ?」

目の前には敵対象の術力を吸い取る幻獣『()(ひょう)』が、部屋いっぱいにうごめいていた。

「どうやら一個目の試験は…術力量の勝負みたいだ。」

キシャァァアアアアアア!

気付いた俺に向かい、魔豹がいっせいに襲い掛かってきた。

「出てこい!」

俺が左腕を後方に振りかぶりながらそう問いかけると、左手首にある文字が怪しく光り、吹き荒れる風と共に掌から剣先が現れる。

「おらぁ!」

俺はそれを勢いよく掴み、引き抜いた。

勢いよく飛び出したその剣は、かまいたちのような風圧を前方向に飛ばした。

その風圧は、空気の抵抗を受けてたちまち竜巻に変わる。

「そのまま吹き荒れろ……!」

自分の体がその風圧で飛ばされないように踏ん張りながら、短期決戦を願う。

襲い掛かってきた数十匹の魔豹は、たちまちに竜巻に巻き込まれるが、何匹かはそれも避けきりこちらに向かってくる。

俺はすかさず右手で握っていた剣を、標的に向かって振り被る。

意図せずして力を押さえてしまったため、魔豹は俺の飛ばした斬撃を牙で受け止め、そのまま突き進んでくる。

「クソッ、何をしているんだ俺は!」

襲い掛かる牙を剣で受け止める。

ガキンッ!

鋭い音が耳に刺さる。

一匹を防いでいる間に、ほかの襲い掛かってくる魔豹に襲われてしまう。

普通ならそう思うかもしれないが、それは術力を持っていた場合だ。

こいつらの主食は、肉より〝術力〟だ。

「じゃあ、この生物は肉食なのか草食なのか?」という問題は「雑食だ」という回答で置いておくとして、この生物は「他人の術力を吸うということ」を最優先するため、最初に噛みついたりひっかいたりすることはない。

その方法は、自分から半径一メートル以内に対象を配置することだ。

この幻獣の厄介なところは、半径一メートルをキープされたまま追いかけられた場合、ほとんど詰みの状態になってしまうからである。

しかし、俺は術力が無い。

いくら吸い取ろうとしても、俺から術力を吸い取ることはできないのだ。

「それに気づかれる前に……。」

俺は剣で防いでいる魔豹を力いっぱいに振りほどき、その勢いのまま体を回転させ、俺を中心にして剣を振り回した。

ブゥゥォオオオオンッッ!!

俺を中心にした回転体の風圧によって、魔豹は血しぶきをあげながら、勢いよく吹き飛ばされていった。

そしてできた隙を使い、部屋の中心に移動して、剣を構えた。

いわゆる『正眼の構え』だ。

「そういえば俺は剣道なんて習っていないのに、なぜか基本ができているんだよな…。」

俺は瞼を閉じて、剣に力を集中させる。

空気の流れが少し変わり、気圧が自分を中心に上昇していく気がする。

「一撃で終わらせる。」

構えていた剣を上に掲げ、閉じていた瞳を開く。

「ウォォオオオオオオ!!」

俺は精一杯の力を込めて、剣を振り下ろそうとした。

しかしその瞬間、

ギシャァ……

背後から異様な圧と、耳障りな鳴き声が聞こえた。

その声は消え入りそうな程に小さいのに、異様な威圧を感じさせた。

血の気が引く顔を背後に振り向かせる。

そこには、一匹の魔豹が立ち尽くしていた……。

ただ、俺が先ほど振りほどいた時に付けた傷が完治している。

それどころか異様な術力量を溢れさせ、青みがかったオーラを纏っている。

「何が…起こっているんだ?」

戸惑ってしまった俺は、振り下ろそうとしていた剣を降ろしてしまった。

……ギッ…………ギギッ……………。

明らかにこの一匹、様子がおかしい。

困惑している俺は、指をくわえながら見ていることしかできなかった。

ギギギ……グゥゥゥァァアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!

空気が大きく震動するほどの咆哮。

俺はとっさに歯をくいしばって耐えるが、頭に衝撃が走りクラクラしてしまう。

「なんなんだ?急に……。」

その謎は、その後目の前に広がった光景で思い知らされた。

血まみれではいつくばっていた全ての魔豹が、青いオーラを纏い立ち上がっていくのだ。

そしてそのオーラは、ある所から吸われている術力であることが分かった。

俺が握っていたそれだ。


「ヤバい…ヤバいヤバいヤバい!」

剣の術力を吸っていく魔豹たちは、筋肉が突然変異していき、まるで原型がとどめられていないほどに変形していた。

まさかこいつらが〝敵〟とする対象をこの剣に移すとは。

しかもそれを〝本能〟でやってのけるとは…。

「想定外過ぎる。」

しかもやつらは、この剣を吸った奴の術力をさらに吸い込んで、ソイツもまた違うやつに吸われという伝染するかのようなシステムを〝本能〟で組み上げ、距離というアドバンテージを克服してしまった。

そして瞬く間に、部屋中のすべての魔豹が突然変異を遂げてしまった。

もはや地獄絵図と言っても過言ではない光景に、思わず息をのむ。

いや、これだけならまだよかった。

ドゴォォオオオンッッ!!

両脇の壁から轟音が響く。

まさかと思い、全身の体温が一気に下がる。

足がすくんで立つのがやっとになるほどの恐怖が、俺に襲い掛かてくる。

両脇の開いた壁の穴から、例の化け物が顔を出した。

隣の参加者用に用意しておいた魔豹も、例の伝染によって突然変異してしまったようだ。

三百六十度、全方位筋骨隆々魔豹、もはや地獄絵図と言わずしてなんと言おうか。

「絶体絶命。突破不可能なんて……もう、慣れてるじゃないか。」

自分の混乱した脳に、そう言い聞かせてムチを打つ。

切り替えろ。

さもないと……死ぬ!

隙だらけの俺に飛んできた一発の打撃を、剣を振るい間一髪で防ぐ。

「んぐぅぅ!!」

両手で剣を押さえながら、地面を足が滑っていく。

足の裏で摩擦が熱を発生させ、それが靴底越しでも伝わってくる。

そして吹き飛ばされた先にも、もちろんヤツは居る。

このまま普通に吹き飛ばされては、向かう先に居る奴に一発くらって終わりだ。

こういう時こそ、冷静に。

「理性を…働かせろ!」

防いでいる剣に思い切り力を入れ、地面の方向に振り下ろす。

「うぅぉぉおおおおおおおおお!!」

剣は打撃を繰り出していた拳を真二つにし、俺はその勢いのままに宙で一回転し、向かいに居たヤツの腹部を切りつけた。

獣の生臭い返り血を大量に浴びたが、今はそんなことを気にしている暇はない。

俺は切りつけたヤツを踏み台にして、勢いよく天井に向かって跳躍した。

外観とこの部屋の高さから見て、この壁の厚さはおおよそ十五センチ。

材質が特殊な金属でなければ、その程度の厚さ…

「問題、無いッ!」

俺は下から追いかけるように飛んでくる数十匹の魔豹を背に、剣を天井に勢いよく振りかぶった。

「オラァッ!」

歯を食いしばりながら、でたらめに力を入れる。

すると天井は、あっけなく切り裂かれ、天井の光が差し込んだ。

俺は落ちそうになる前に、跳んできたヤツらに向かって、剣を振り下ろした。

「ウゥォォァアアアアアアアアア!!」

ブゥォオオオオオオオオオオオオンッッ!!!

力加減無し、腕がもげる覚悟で剣を振るった俺は、その風圧で空高く舞い上がった。

勢いよく宙を飛びながらゆっくりと腕を動かすと、幸いにまだ腕は動くようだ。

「もうこの施設はダメだし、全壊させても怒られないよな…?」

ふと心配事がよぎる。

「でも、こんな敵用意したあいつらが悪い。」

そう開き直った俺は、上昇が停止した瞬間に態勢を整え、剣を構える。

失敗したら俺はあっけなく肉片になるが、俺はもう覚悟を決めた。

勢いよく歯を食いしばり、ヤツらがうごめく地面を睨みつける。

「くたばれぇぇぇえええええ!!」

俺は地球の強力な重力に引っ張られ、地面に急降下していく。

この剣の威力は十分知っている。

しかしあの囲まれた状態からただ力で押し切っては、俺の体力が先に尽き果てて奴らの餌食になってしまうであろう。

なるべく時間をかけずにヤツらを一網打尽にするには、上から今までで一番の物をぶち当てるほかありえない。

そもそもこの剣はオーバースペックすぎるので、俺が使い続けることができる時間はそんなに長くないのだ。だからこそ短期決戦を望んでいたのだが…。

そしてこの剣の最大の持ち味は、振り放った威力をそのまま斬撃として飛ばすところだ。

だからこそ俺は地面柄落下する重力の力を上乗せさせた一撃を、地面に向けて叩きこもうと考えたのだ。

上手くいけば俺の落下する速度も相殺して、落下ダメージを軽減できるはずだ。

一か八か……。

「俺は……俺と、俺の運を信じる!」

勢いよく剣を握った両腕を振る。

空気抵抗がすごく、腕の筋肉が悲鳴を上げ、血管が浮き出て血しぶきを上げる。

剣からまるで空気ごと切り裂いているような感覚が伝わってくる。

叫びながら剣を振るっているため、のどが焼けるように熱くなり、顎が外れてしまいそうになっている。

表情筋に力を入れすぎたためか、はたまた脳に何かのダメージを受けたせいか「キーン」という耳鳴りが響いて鳴りやまない。

腕の血流の流れがおかしくなり、至る所から吹き出る血と浮き出る欠陥で赤色に染まる。

何とか半分ほど振れたあたりで視界がスローモーションになっていき、剣先から幾線にもなる閃光が走り始め、視界が白に満ちていく。

世界が剣先を中心に、白く塗りつぶされていくように見える。

視界が白に染まった瞬間、剣が知らぬ間に振り切れていた。

ズゴォォオオオオオンッッ!!

死にかけている聴覚でも聞き取れるほどの轟音とともに、落ちていた方向から途轍もない衝撃が身体に襲い掛かってくる。

俺はそれをノーガードで受け、全身が上から落ちて来る重力と下から舞い上がる風圧によって押しつぶされそうになる。

確かに落下する速度や衝撃は抑えることができたが、双方の衝撃に耐えられるかについては考えていなかった。

冷静になれと言いながら、そこまで頭を回せなかったのだ。

途轍もない力に挟まれながら、俺は地面に着地した。

いや、不時着した。


落下してから数秒すると、俺は意識を取り戻した。

激痛が走る身体に無理を言わせて仰向けになった俺は、そこからできるだけ首を動かし、辺りを見回して状況を確認した。

建物は倒壊や崩壊どころか、もはやそこに建物があったことさえ分からない程であった。

ふしぎと俺の右手には剣が握られていて、その剣から出るエネルギーが俺の体を伝っているのが今わかった。

この剣には、どうやら『持ち主を修復する機能』も持ち合わせているようだ。

少し動くようになった俺は、力を振り絞って体を起こした。

改めて周りを見渡すと、広いコンクリートの地表に肉片が転がっていた。

血液はどうやら俺の一撃で全て蒸発してしまったようで、周りに血痕は見当たらなかった。ただ、俺の体に掛かった血は消えなかったみたいで、いまだに嫌なにおいがこびり付いている。

「……ソウダ。カエラ……ナキャ………。」

喉は相変わらずで、うまく喋れない。

頭が重く、足がふらつく。

ある程度歩けると分かった俺は、剣をしまって歩き出した。

一歩一歩が重く、感じる。

「コレ…ガ、ホンセ……ン……カ。」

痛みと無力さに歯をかみしめる。

歯茎から血がにじみ出て、鉄の味がする。

目は落下中も開いていたため、完全に乾ききっていて涙なんて出なかった。

その代わりに、赤い液体が頬を伝った。


本選第一試験、身体と施設を破壊するも、突破。


-続-


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