第3話
思えば過去にも同じように爆発した覚えがあった。
元々僕は家で落ちこぼれだった。
病院を経営している両親に、常に勉強や運動でトップを取る長男。
トップは取れずとも、人誑しで自分より上の人間を取り込む次男。
何事もトップも取れず、常に「上の下」か「上の中」しか取れない、長男次男の劣化コピー品の僕。
父親は小学生の頃からずっと僕だけを罵倒し、詰り、土下座する僕の頭を踏みつけた。
そうする事で、他の兄弟に発破を掛けていたのだろう。
中学受験はまだ何とかなった。
だけど高校受験で僕は、兄達の通う学校に落ちた。
「どうしてお前だけそんなクズなのだ」と罵倒する父親に僕は笑いながらドロップキックをかました。
もう壊れ掛けていたのだろう。
抑えていた感情が爆発し、ドロップキックをした後の倒れたままの体勢で僕は父親を責めた。
「どうして俺を産んだんだ」「産まれてこなければよかった」「産廃を適切に処理しろよ」
僕の突然の暴挙に呆然とする家族をよそに、大学に通っていた長男はいつもの爽やかな笑みでこう言った。
「人体実験には使えるからまだギリギリ産廃じゃないよ」と。
両親はそこで初めて気付いたと言っていた。
産まれた事を後悔する三男に、それを実験動物にしようとする長男。もう何年も同じ笑顔しかしなくなった次男。
思えば家族らしい事は何一つして来なかった両親。
すでに家族と呼べるモノじゃない事を、ここで初めて両親は気付いたのだ。
「人体実験は違法だよ。殺してあげた方が幸せなんじゃないかな」と、まだ天井に向けて罵倒する僕に部屋の角にあった観葉植物の植木鉢を頭目掛けて振りかぶる次男のいつもの笑顔が、その日の僕の最後の記憶だった。
それからは色々あった。
「家族とは」と迷走する両親とそれに振り回される僕達兄弟。
僕の爆発から話し合いを経て「家族になろう」と全員の意識を統一したは良いが、何をどうすれば「家族」と呼べるのか全員が分からなかったのだ。
「家族らしい振る舞い」を会得するのに一年以上かかってしまった。
だが、愛を持って接したい。本物の家族になりたいと思っている事はお互い分かってきたし口にも出して言っていた。
だからおままごとみたいな家族風景でも「気持ちが乗っていれば良いのではないか」と笑い合うことが出来た。
長男も「後を継がずに研究に没頭したい」とワガママを言える様になり、それはそれで一波乱あったりしたが、「人誑したる俺が継いでやるから二人は自由に生きろ」とバリエーションの増えた笑顔で次男はサムズアップした。
母親は「無理してないか?」「病院は親戚に渡しても問題ないんだよ?」と斜め上な過保護を発揮し父親は複雑な顔をしていた。
「お前らの決心と覚悟を尊重する」とずっと僕達の話を最後まで口を挟まず聞いてくれた父親。
そうして僕達は、僕達なりの「家族の形」を手に入れたんだ。
そして僕は、父親の病院を退院し実家に帰って来た。
顔は無理だが、その人の方向を見て会話出来るまで回復したが、まだ日常生活を1人で送ることが出来なかったからだ。
カウンセラーにも通ってもらい、両親と兄達の優しさに包まれながら、あの出来事から一年が経過した。