第1話
何を、何処で、間違ったのだろうか?
涙ぐみながら「ごめんなさい」と呟く香織と、
その肩を抱き「ま、こーゆーことだから」と勝ち誇る佐竹。
俺は、今、何を見ているんだ…?
人に何かを誇れる事がない俺は家庭環境もありコツコツと着実に努力を積み重ねるのが常だった。
学校では高校受験に失敗しながらも十分東大受験圏内の高校に通って学力も校内トップ10は維持していた。
東大でも褒められた成績で卒業、コネではあったが大企業と呼べる会社にストレート入社。
高校3年生の時から付き合っていた彼女と社会人2年目の年末から婚約&同棲し、結婚に向けて色々動いている最中だった。
一番にはなれない。
それでもコツコツ積み上げていけば、真っ直ぐ前を向いて進んでいけると、順風満帆な人生を歩んでいけると、そう信じていた。
きっかけは、出張だった。
直属の上司から「お前も早めに出張させとくか」と軽く言い渡された。
上に昇進していく者の通過儀礼のようなモノだ。
それを入社3年目の俺が行くのは…と遠慮しそうになったが、「出張したから昇進出来るというワケではない。」「昇っていける素質がある奴が視野を広げる為に出張するんだ。」と初めて上司とのサシ飲みの席で説得された。
先輩方を差し置いて認められたのはスゴく嬉しかった。
少し申し訳なさもあったが、それよりもコツコツと積み上げてきたモノが認められた嬉しさが圧倒的に勝った。
家に帰り興奮気味に香織に説明すると、少し寂しそうな顔をされたが一緒に喜んでくれた。
思えば香織には色々迷惑をかけてきた。
高校2年生の時にクラスメイトになり出会った。
特定のグループに属さない俺とは仲良く話すが一緒に遊ぶほどでもない微妙な距離感だった。
高校3年生で受験が激化すると俺も余裕がなくなった。
香織が一緒のクラスにいる事もわからなくなるほどに。
バリバリの進学校なので周りも同じく余裕はない。
そんな中、秋に香織から告白された。
俺はそんな余裕はないと断る直前、家業を手伝う為に専門学校へ行くから受験は余裕だから、支えたいのだと言われた。
俺はその言葉を聞いて、心に暖かさが増した気がしたんだ。
元々、話す限りではあるが趣味は似通っていた。
一緒に居ても自然体でいれる空気感を持っている。
俺は、香織を抱きしめて「暫く振り回すかもだけど、そんな弱弱な俺でもいいかな?」と聞くと、香織は力一杯抱きしめ返してくれたんだ。
そうして別々の学校に進学し、隙を見てはデートやお互いの家にお泊りまでして、香織が専門学校を卒業。
また少し変わった環境でも、俺達は恋を育み続けた。
お互いの誕生日が過ぎる前に、二十歳になる前にと彼女から身体の関係を迫られたのは、いい思い出だ。
大人しく自分の意見を余り表に出さない性格のクセに告白の時や初体験の時などでは俺が敵わないほど強引になる。
そんな彼女を愛おしく思っていた。
「初体験の理由として『二十歳になる前に』てどうなの?」と揶揄うと「結局するのは決まってたんだからいいじゃない」と珍しく拗ねる彼女が可愛らしかった。
「結局するのは決まっている」という言葉が嬉しかった。
油断すると避妊せずに迫ってくる彼女がおかしかった。
「まだ俺学生だから!」とちゃんと避妊しようとする俺との攻防は度々おこった。
香織はそれを楽しんで本気で子供が欲しいワケではなく遊んでいたように思う。
俺ももっと一緒にいたい。もっと一緒になりたい。
そんな欲望を我慢するのは大変だった。
そうして俺も大学を卒業して社会人となった。
1年目は早く馴染めるように頑張って、あまり香織とのデートも出来なかった。
2年目になると少し余裕が出来てきて、香織の両親からも遠回しなGOサインを貰い、年末に俺から告白して恋人から婚約者になった。
仕事も恋愛も波はあれど順調に着実に大きな失敗はなくやってきたハズだった。
出張の話が出て結婚式の時期がズレた。
理由が理由だけに親戚も香織の両親も笑顔で「結婚はいつでも出来る」「頑張っていってこい」と言ってくれた。
そうして2回目の出張が終わり、自宅へ帰って来たら、俺のじゃない革靴を玄関で見つけた。
俺は嫌な予感と共にスマホを録画モードにする。
仕事でもプライベートでも許される限り録画して後で復習なり編集して見せるなりしていた癖だ。
何かあると思うと直ぐにスマホを録画モードにして胸ポケットに入れて撮ってしまう。
自宅に帰ってきただけのハズだった。
撮っている動画は感動の再会とお土産開封の儀のシーンが撮れるハズだった。
だがそこに映ったのは、職場の先輩である佐竹と香織のキスシーンだった。