男の正体
有理子は、アパートの部屋にいる。
有理子の目の前の男は、私の兄、蓮として、接してきた人だった。
有理子は、目の前の男に箒を構える。
男は、床に座わり、有理子を見上げる。
有理子は、目の前の男が、何者で、何の目的で、一緒にいるのか疑問を持つ。そのことを知る為に、有理子は、男に問う。
有理子「あ、貴方は、誰ですか?」
男「わたしは、蓮では無い。そして、自分自身が、誰かは、分からない。ただ、わたしは、死者の者だ。」
有理子「死者の者。」
男「そうだ。」
有理子「その人の身体は、誰の者ですか?」
男「知らない。ただ、この身体の持ち主は、死者の世界に迷い、魂が、そのまま留まっている。」
有理子は、箒を強く握る。
有理子「貴方は、心が痛まないのですか?」
男は、眉間にシワをよせる。
男「痛む?何のことだ?」
有理子は、強い口調で話す。
有理子「その身体の持ち主は、死者の世界にいる事ですよ!!」
男は、顔の表情が変わらない。
男「思わない。わたしは、こっちの世界で、やるべき事がある。」
有理子は、怒る。
有理子「やるべき事って何?」
男「わたしは、どうしても、伝えたい人がいる。」
有理子「それは、誰?」
男「君が知らない人だ。」
わたしは、ムッとする。
有理子「身体の持ち主だって、家族や、友人がいるんですよ。」
男「何故、分かる?君は、この身体の持ち主の何を知っている?」
有理子は、何も言えない。
男「他に、質問はあるか?」
有理子「……。」
男「無いなら、これでお終いだ。」
有理子「まだ、聞くことが他にもあります。」
有理子は、質問を続ける。
有理子「貴方は、何故、兄の私物を持っていた?」
男「死者の世界で、少年が、わたしに渡してきた。水野家にあった写真の少年と同じだった。大方、君の本当の兄だと思う。」
有理子「お兄ちゃん……。」
わたしは、切ない気持ちになる。
有理子「何故、兄では無いと言わなかったのですか?」
男「……。最初は、君と君の父に、本当は、君の兄では無いと言う勇気が、わたしには無かった。申し訳ない。だが、君達と暮らしていた日々は、楽しかったことは変わりはしない。」
有理子は、涙を流す。
有理子「どうして……。どうして……。」
男「どうして、話す気になったか?」
有理子は、頷く。
男「君とユイさんに感謝している。ユイさんを助けたい。だから、打ち明けた。」
有理子は、困惑する。
有理子「打ち明けてどうなるの?」
男「ユイさんとその母親は、死者の世界に迷い混んでいると思う。」
有理子は、驚愕する。そして、男に恐る恐る、尋ねる。
有理子「何故、分かるの?」
男「わたしの感だ。」
有理子「感なんて、頼りにはならないよ。そう言って、わたしをこれ以上、不安にさせないで。」
男は、沈黙する。
突如、わたしのスマホの電話が鳴る。
わたしは、箒を片手に持ち直し、もう片方の手で、テーブルにあったスマホをとり、電話にでる。電話の相手は、父だ。
有理子「もしもし。」
父「有理子。二人が、見つかったぞ。」
有理子「本当!!」
父「嗚呼。まだ、部屋に居るか?」
有理子「うん。」
父「後で、車で迎えに行く。そこで、待っていろ。」
有理子「分かった。早くしてね。」
父「嗚呼。」
わたしは、電話をきる。わたしは、男に話かける。
有理子「ユイ達が見つかった。」
男「そう。良かった。」
男は、優しい表情をする。わたしは、男に出て行く事を要求する。
有理子「お願いだから、出て行って。貴方は、赤の他人。これ以上、一緒に居るのが嫌です。」
男は、頷く。
男「分かった。」
男は、立ち上がる。そのまま、玄関に向かい、ドアを開ける。男は、振り向き、私の方を見て、話す。
男「今まで、ありがとう。さよなら。」
男は、外に出て、ドアを閉める。
有理子は、ドアを見つめたまま、構えていた箒をおろす。
午前14時15分。
雨は止んで、晴れる。
わたしは、ひとり部屋の中で、父の到着を待つ。
チャイムが鳴る。わたしは、ドアスコープを見る。父だった。
ドアを開ける。父は、不機嫌そうに、部屋に入る。父は、わたしに質問する。
父「蓮と喧嘩したのか?」
わたしは、答える。
有理子「お父さん、聞いて。あの男は、蓮兄ちゃんでは無いの。」
父は、沈黙する。そして、一息吸って、悲しそうな様子で、わたしに、話をする。
父「そうかも知れない。」
わたしは、父の言葉に驚き、目を見開く。
有理子「えっ。どういうことなの?お父さん。」
父「あの青年は、身寄りもいない。そして、行く宛もない。そんな人間を放っておきたくない。」
有理子「お父さんの言いたいことが分かる。だけど、わたしは、行政に任せた方がいいと思う。」
父「それも、一つの選択だ。だけど、お父さんは、少しの望みでもいいから、あの青年を自分の息子、蓮だと思いたかった。そして、家族三人で、暮らしたかった。」
父は、有理子に問いかける。
父「あの青年が来て、以前よりも、家庭の中が、明るくなった。有理子も同じではないか?」
有理子は、父の言葉に気づく。短い間だったが、あの男を兄として接してきた、日々は、楽しかった。
あの男を例えると、一輪の花だ。白黒の世界に、小さな一輪の花が鮮やかな彩りで、咲いている。その花の周りから、次々と鮮やかな色に変わる。私の心を明るくさせてくれた一輪の花。
それほど、私の中にある、あの男の存在は、大きかった。
わたしは、男を追い出してしまった事に、後悔をする。
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