清荒神
清荒神駅前で名物コロッケを買って線路を越えて、春の陽気に和みながら中央図書館前の木を丸く囲むベンチで惜しむように味わう。
すみれ「はふー」
るる「はよ食えや」
すみれ「はっや!」
るる「コロッケ一個でどんだけ時間かかんねん」
すみれ「だって名物コロッケだよ」
るる「言うて違いあるか?」
すみれ「中がシチューみたいになめらかクリーミー!」
るる「そやったかな」
すみれ「るるちゃんは、ばか舌だね」
るる「ほっけサクサクに揚げるぞ」
ほっけ「小娘!お前さんは冗談が過ぎるぞ!」
るる「はいはーいごめんなさいねー」
すみれ「ごちそうさま!」
るる「しゃ行こ」
すみれ「散歩の時間だー!」
るる「ワープしよや」
すみれ「つまんないこと言わないの。散歩って楽しいでしょ」
るる「お前と出会ったんはミスやな。こんだけ連れ回されるとは思わんかった」
二人は清荒神駅前に戻って、斜め向かいのアーケードをくぐって参道を上っていく。
参道には飲食店に雑貨屋など今昔の商店が百ほど向かい合って続いている。
すみれ「文句言いながらも結局ついてくるよね」
るる「寺には興味ないけど饅頭には興味あるからな」
すみれ「団子とか饅頭に釣られて、るるちゃんてば見掛けによらず意外と甘いもの好きだよね」
るる「ルックス関係ないやろこら。金髪は甘いもん食うたらあかんのか」
すみれ「美味しそうな堅焼き煎餅のお店だ」
るる「さっきコロッケ食べたばっかやろ」
すみれ「食べないの?」
るる「食べるけど」
堅焼き煎餅と傍らの店でソフトクリームを選び、並んでベンチに落ち着いた。
また一休み、屋根の陰で体の火照りを冷ます。
るる「かった!」
すみれ「堅焼き煎餅だもん」
るる「バグっとんちゃうか」
すみれ「お店のおじさんのこと?」
るる「煎餅に決まってるやろ。くだらんボケやめろ」
すみれ「んーまだまだか」
るる「一生ボケるな」
食べ終えて長い参道を進んでいくと林に入った。
そこに祓禊橋という興味を惹かれる名前の橋があった。
すみれ「みそぎ橋だって。頭に祓う漢字があるし、るるちゃんの罪を清めてくれるかもよ」
るる「はん、逆にこの地を汚してやるわ」
すみれ「妖怪だ!」
るる「妖怪に何か用かい?」
すみれ「わーつまんない。一生ボケないでね」
るる「け、ノリの悪いやっちゃ」
どんどん登って、ようやく目的地へ到着。
したかに思えたが、そこは駐車場でまだ奥に道があって、その右側に隙間なく露店が続いていた。
るる「まだ着かんのか」
すみれ「露店っていいよねー。見てるだけで楽しいもん」
木陰の道で優しい風とすれ違う。
すみれ「んー!散歩って気持ちいいでしょ」
るる「楽しくないし気持ちよくもない」
すみれ「その本心は?」
るる「はよ饅頭食わせろ」
すみれ「ふふ、るるちゃんらしいや」
るる「まーた、ばかにしよんか」
すみれ「してませーん」
やがて山門の前に来た。
真に、正真正銘の玄関口になる。
一組の夫婦が手を合わせ頭を下げて帰って行った。
るる「真面目な人もおるもんやな」
すみれ「どうしよう。やり方わからない」
るる「気にせんでええ」
すみれ「じゃあ、天罰は、るるちゃんひとりで受けてね」
るる「何でやねん!」
階段を上がり山門をくぐる。
すると、すぐ左手に売店があった。
リニューアルしたらしく見た目に新しい。
るる「饅頭持ってさっさと帰るぞ」
すみれ「だめ。境内を一周してからね」
るる「もうええやん」
すみれ「せっかく来たんだし観光しようよー」
菫はるるの袖をグイグイ引っ張って駄々を捏ねてやる。
るるは眉間に皺を寄せて一つ舌打ちをした。
るる「分かった分かった。ほな行こ」
頑固な菫に手を引かれては行くしかない。
それでも、るるは手を素早く振りほどいてやった。
手水舎でほっけさんの指示通りに心身を清めたら、隣の階段を上がって左回りで進む。
階段の先で二人を待ち構えていたのは立派な拝殿だった。
その左には鐘楼と受付所がある。
すみれ「一番奥にお賽銭を取っていいところがあるの」
るる「賽銭泥棒やないか」
すみれ「取っていいの!」
るる「昔の話やろ」
最奥は護法堂の裏に荒神影向のサカキがひっそりとある。
鉄の柵が設けてあって、サカキの周りにお賽銭がまばらに落ちていた。
すみれ「このお賽銭を取って、次にお参りに来たとき倍にして返す風習があるんだよ」
るる「相変わらず、どや顔で言われてもなあ」
すみれ「へへ、一枚頂いていくぜ」
るる「やっぱ賽銭泥棒やないか」
すみれ「違います」
るる「私は遠慮しとくわ」
すみれ「これ、お守りになるんだよ」
るる「自分の身は自分で守れる」
すみれ「ま、いらないならそれでいいけど」
るる「他人の心配より自分の心配しい。お前はザコなんやから」
すみれ「むう。ザコじゃないもん」
るる「ごめん。雑魚は魚のことやから、ほっけの方やな」
ほっけ「小娘ー!」
るる「まいど丁寧な返事おおきにな」
ほっけ「ぐぬぬ……!」
すみれ「ほっけさんはザコじゃないよ。ホッケフィニッシュていう必殺技があるから」
るる「は?」
ほっけ「菫?」
すみれ「調べてみたら、ほっけは英語で、一般的にはホッケフィッシュて言うんだって。だからそれをもじって、ホッケフィニッシュ!」
るる「はっはっはっはっ!」
ほっけ「菫。その設定だけはやめてほしい」
るる「あかん腹痛い」
すみれ「どうしてよ。かっこいいでしょホッケフィニッシュ!」
るる「や……やめてえ」
ひめ「私も、かっこよくて素敵だと思います」
すみれ「だよね!ほら姫ちゃんも褒めてくれたよ!」
ほっけ「ぐぬぬ……」
るる「悪かったな、ほっけ」
ほっけ「ふん!お前さんに真面目に謝られると気味が悪い!」
るる「あっそ」
るるは吐き捨てると、不意に手を伸ばして硬貨を一枚拾った。
るる「姫、手え出して」
言って、それを姫の手に落とした。
ひめ「るるちゃん、これは?」
るる「聞いてたやろ。お守りになるんやと。せっかくやし形だけでも貰っとき」
ひめ「はい、ありがとうございます!」
るる「はいはい。そしたら、そろそろ次行こう」
すみれ「むふふー」
るる「その気持ち悪い顔どうにかせえ。ビンタするぞ」
すみれ「ぴえん」
るる「はいしばく」
すみれ「いたい!」
るる「この前のお返しや」
すみれ「むう。私、そんなに強くお尻たたいてないよ」
拝殿まで戻ったら順路に従って細道の石段を上がる。
途中に宝稲荷社があったので、何か玉を口にくわえた狐の像にペコリと一礼した。
そこから石段を下ると本堂に着く。
菫が律儀に挨拶している間に、るるは一人で階段を下った。
右手に池があって鯉が泳いでいたので、何となく覗いてみる。
ひめ「るるちゃんは幼い頃、近所の公園の池で鯉さんにパンを撒くのが大好きでしたね」
るる「こいつら、ほら、あほやから人が近寄ったらすぐ集まってくんねん」
ひめ「そして、このたくさんのパクパクした口を見て笑い転げていましたね」
るる「やめや恥ずかしい。忘れて」
ひめ「大切な思い出です」
るる「消して。私の思い出は全部」
ひめ「その命令だけは、何度言われても従えません」
るる「あっそ。反抗的な人工知能や」
ひめ「ひめちゃんびーむ!びびびー!」
るる「……何や今の。ゾッとしたわ」
ひめ「反抗です」
るる「可哀想に。菫の毒とほっけのウイルスに頭やられたんやな」
すみれ「なんてー?」
るる「終わったんやったら行くぞ。売店はほら目の前、これで一周や」
菫が辺りを見渡して反対側に大きな地蔵があることに気付いて駆け寄った。
すみれ「一願地蔵尊だって」
るる「へー」
すみれ「お願いは、ただ一つ。不作法のないように」
るる「ほー」
すみれ「一つ叶うならお願い事しよう」
るる「叶うかい」
すみれ「私だけ叶えて貰うからいいもん」
菫は手順に従って願掛けをする。
るるもやってやることにした。
るる「地球がメテオインパクトの一撃必殺で滅びますように」
すみれ「はい不作法。罰が当たります」
るる「上等や。かかってこい」
すみれ「もう、とことんひねくれ者なんだから」
るる「何やと」
すみれ「あ、こっちにまだ奥があるよ」
るる「勘弁してや」
見つけた脇道を行くと奥の広場に富岡鉄斎の美術館と休憩所があって、さらに右奥の細道を進むと、突き当たりに龍王滝が、その正面左に不動明王の像があった。
るる「滝ちっさ」
すみれ「ツーアウトね」
るる「まだ一つアウト残ってるんやな」
すみれ「あ!だめ!」
るる「あ、てお前、あほやなー」
すみれ「今のでスリーアウト」
るる「お前はいつから偉くなったんや」
すみれ「えへん。今日から」
るる「うわしょーもない」
すみれ「もー待って!置いてかないで!」
そこから早足で売店へと戻り、るるが目ざとく饅頭を発見する。
そして、一箱手に取って早速ぼやく。
るる「なんや黒糖か。あんま好きちゃうな」
すみれ「たまには美味しいかもよ」
るる「そやったらええけど」
すみれ「北は北海道の小豆。南は沖縄の黒糖だって」
るる「わーすごい」
すみれ「自然の恵みが、かまどの神様、荒神様で結ばれます!おお!」
るる「そうなんやー」
すみれ「これ絶対おいしいやつだよ!」
るる「単純なやっちゃな」
帰宅後。
るる「めっちゃ美味しいやん」
すみれ「どっちが単純なんだか」
ほっけ「どっちもどっちじゃろう」
ひめ「そうですね」