名産、名勝
るる「いちごジュース美味かったわ」
すみれ「でしょ?実はね、タカラジェンヌさんに大人気のジュースなんだよ。差し入れされるくらいにね」
るる「あーそう」
すみれ「飲み物と言えば、コーヒーの町ここ宝塚には、日本最古のコーヒーチェーン店があったって知ってる?」
るる「黙って歩いて」
宝塚駅のすぐ近くに、かつてこの一帯が温泉街だったことを思い出させるホテルと旅館が集まっている。
フランスの彫刻家さんがデザインした緩やかに湾曲する宝来橋を渡っていると、川の真ん中で華やかに噴水が上がった。
思わず足を止めて、肩を寄せる。
すみれ「宝塚には、温泉だけじゃなくて炭酸も湧いてたの」
ほっけ「温泉街や炭酸水の工場などがここらにあったわけじゃ」
すみれ「その当時から銘菓だった炭酸煎餅が現在も食べられるんだよ」
るる「観光ハラスメントやめて」
すみれ「そんなのありません」
るる「あと、楽しめハラスメントと散歩しよハラスメントも」
すみれ「ハラスメントハラスメントやめてください」
橋を渡り終えたところに本家、炭酸煎餅のお店がある。
菫は、どのサイズにしようかしら、と悩みながら観光ガイドを続ける。
すみれ「実は現在も炭酸は湧いてるんだよ。そこの旅館の裏あたりに親切な指差し看板があるの。向こうのナチュスパの横から河川敷に降りて」
るる「行かへん」
すみれ「じゃ、今度さんぽしようね」
るる「なんでやねん」
信号が青になった。
菫は黄金色の煎餅が詰まった袋を抱えて、横断歩道を駆け渡る。
すみれ「てけてーん!胃腸を仁王の如く強くする炭酸水!それオンリーワンの自販機です!故郷はもちろん、ここ宝塚!」
るる「宣伝いらんわ。あと砂糖入ってなかったら不味いだけの水や」
ほっけ「生粋のクレーマーじゃのう」
るる「生臭いから口閉じて」
ほっけ「小娘ー!」
すみれ「さ、寄り道するよ」
るる「えー帰ろうや」
すみれ「ふっふっふっ。とっておきもとっておき。伝説の名勝を見せてやるからついて来い」
二人はそのまま、左は崖で右は川が流れる一本道を奥へ進んでいく。
一昔前は歩道がなくなり車道だけの狭く危険な一本道だった。
やがて交通のため明治に貫通削岩したみかえり岩が現れる。
その向かいにあるのが丁字ヵ滝である。
るる「こんなとこあったんか」
すみれ「みかえり岩もそうだけど、宝塚八景て呼ばれてた名所なんだよ」
るるは設置されていた屋根付きの休憩所に腰を下ろして可愛らしい滝を見つめた。
るる「ふあ……涼しい」
これから始まる怒涛の観光ハラスメントに耐える為に脱力して気を落ち着かせる。
すみれ「名前の由来は縁起のいい丁子や長寿。ここ一帯のアレコレを縁起のいい名前にしようとしたことがあったの」
ほっけ「向かいには観光客の誘致の為に大正時代では珍しい鉄筋コンクリート製の、讃美歌から名付けられた千歳橋があり、寿楼という温泉旅館があった」
すみれ「そこのトンネルで湯の花が採れたんだって。でもね、宝塚は温泉の湧出量が少ないから温泉旅館は無くなっちゃったんだ。川向こうに源泉が残ってて泉水が一日に二回くらい湧いてるらしいから後で見に行ってみようね」
るる「やあ……」
ひめ「るるちゃん起きてあげてください」
すみれ「源泉と言えば、ここでも昔にボーリング工事が行われたの。でも失敗して、道具も何もそのままに放置で酷い有様。そこでね。地元の人がある日にボランティアでここの掃除と整備を始めたの」
ほっけ「今では休憩所が復活して、トンネル向こうには公園が出来た。いつか千歳橋も復活させたいとのことじゃ」
すみれ「この休憩所には茶屋があって、納涼で冷たいラムネや蜜柑水が飲まれてたんだよー」
菫はるるの機嫌を損ねないよう慎重に彼女を抱き起こして丁寧に誘導する。
滝壺から続く小川の一箇所、木の根元でヒキカエルの石像が熱い湯が出るよう願い見守っている。
二人はその傍らに肩を並べて屈んだ。
すみれ「ほら見て。カエルさん」
るる「だから何やねん」
すみれ「ここを最初に掃除して整備した、おじいさんが置いたものなの。あっこそこの案内もその人が置いたんだって」
言いながら菫は、唐突にるるの手を川に浸けた。
るる「冷た!何すんねん!」
すみれ「いひひ。匂ってごらん」
るる「っさ!くさ!温泉のあれや!」
すみれ「泉水は、分かりやすく言えば熱くない温泉」
るる「分かるかおら」
すみれ「いやー!ほっぺに塗らないで!」
るる「帰るで」
すみれ「カエルだよ」
るる「は?」
すみれ「え?」
二人はトンネルを抜けると公園で遊ぼうとする菫を引きずって先へ進み、日本一幅の狭い水道橋を楽しく渡って、結局わがままに付き合ってマンションの横道を通って寿楼源泉を観光して、やっとの思いで帰り着くことが出来た。
るる「あーしんどい!また付き合ってもうた!」
すみれ「そういうとこが好きだよ」
るる「黙れ。せんべい寄越せ」
もぐもぐタイム。
るるは素朴な味が気に入ったようで、煎餅をあっという間に平らげてしまった。
それでも続けて、乙女のおもちと元祖のやきもちと老舗のもなかをつまむ。
るる「だんだん暑なってきたなあ」
すみれ「そだねー」
るる「桜も、あっという間に散ったな」
すみれ「武田尾に桜の名所があるから、来年はそこに行こうね」
るる「約束ハラスメントやめて」
すみれ「温泉もあるよ」
るる「春はのぼせるわ。ほっけなんか茹で上がってまうぞ」
ほっけ「なるか!」
すみれ「茹でたホッケかあ……どんな味だろう……」
ほっけ「おいおい」
ひめ「ホッケの煮付けという料理がありますよ」
すみれ「いいね」
ほっけ「姫様まで」
るる「今日の夜はそれでええやん」
すみれ「そうしよっか。ほっけさん、レシピ検索しといて」
るる「お前の天然は恐ろしいな。サイコやん」
すみれ「サイコー?」
るる「ちょっとだけ同情したるわ」
ほっけ「お前さんの同情などいらぬ」
ひめ「では、ここは私にお任せください」
すみれ「じゃあ、今日は姫ちゃんにお願いするね」
ひめ「かしこまりました」
すみれ「るるちゃんはさ。料理できるの?」
るる「せえへん。したことない」
ひめ「子供の頃なら、お菓子作りを楽しんでいました」
るる「こら。個人情報漏洩やめろ」
すみれ「ゆめかわー」
るる「しばくぞ」
すみれ「なに作ってたの?」
ひめ「主にホットケーキを焼いていました。他にも、お母様と一緒にクッキーを焼いたこともあります」
るる「だから、人のプライバシーをペラペラ喋るなっちゅうねん」
すみれ「いいじゃん。これくらい」
るる「もっと危機何とかああせい」
ひめ「ごめんなさい」
すみれ「アバウトー」
るる「いま焼け言われても無理やからな」
すみれ「どうしてやめたの?」
るる「子供言うて小学生ん時や。誰だって成長したらやめるやろ」
すみれ「夢を諦めたパターンのやつ?」
るる「全然ちゃう」
すみれ「るるちゃんの子供の頃の夢は何だったの?」
ひめ「お姫様です」
すみれ「きゃ!ゆーめーかーわー!」
るる「姫、ええ加減にしとけよ」
ひめ「るるちゃんのこと、もっと知ってほしかったので、つい」
るる「自分のことは自分のタイミングで話す。ええな」
ひめ「分かりました」
るる「お前の夢は何やったんや」
すみれ「私?」
るる「そう。暴露されて気分悪いからお前も白状せえ」
すみれ「おけまる」
るる「調子乗んな」
すみれ「私はねーえーとねーえーとーえー」
るる「ほっけ」
ほっけ「菫と出会ったのは最近じゃから、わしは知らぬ」
るる「そやったな」
すみれ「くっ駄目だ……思い出せない……」
るる「嘘やろ?そんなことあるか?」
すみれ「なりたいものなかったもん」
るる「マジか」
すみれ「やりたいことが多すぎて決められなくて、ぜんぶ思い出せないくらい」
るる「あーそゆこと。お前らしいな」
すみれ「夢いっぱいでした!以上!」
るる「寄るな暑苦しい。あと声のボリューム落とせ」
すみれ「夏になったらクリーンセンターの近くにある大きいプールに行こうね」
るる「今も夢いっぱいやないか」
すみれ「そうだね。やりたいことたくさんあるよ」
るる「じゃ、好きに全部やったらええ」
すみれ「るるちゃんは?やりたいことないの?」
るる「何もない」
すみれ「見つかるといいね」
るる「そやね」
すみれ「きっと見つかるよ」
るる「暑苦しいっちゅうねん。ポジティブハラスメントも禁止」
すみれ「やだ。今日は、このままお昼寝しちゃお」
るる「ちょ!きもい離れろ!お前体温高いねん!ああっー!」
すみれ「うるさいなあ」




