プロローグ
決してこれは自慢では無いが、俺は小さい頃からモテにモテた。
しかし、顔がイケメンだとか運動神経が抜群だとか金持ちだといった、そういう要素は一切無い。
悲しいくらいに容姿は普通だし、運動神経も並、家も極々普通の一般家庭。それなら、どうしてモテたのか。
答えは簡単だ。俺が目覚めたOS──つまりは超能力が女性を魅了する、所謂フェロモンに似たモノを知らず知らずの内に発していたからだ。
体臭や体液、声もそうだが、そういった俺から分泌、または発せられるものに魅了の効果があるらしく、そのせいで周りには常に女子がいた。
男としては非常に嬉しい限りだが、当然周囲の男からは敵視され、果てには酷い虐めを受けた。
そう言ったこともあり、俺は人との関わりを避ける様に心がける様になったのだ。
常に匂いを誤魔化す香水を付け、女子に安易に触れない様に徹底し、無口なキャラを演じる。
そうして俺は、クラスに1人は必ず居るコミュ障ぼっちの座を獲得した。
「……」
今日も今日とて寝たフリで朝の時間を潰し、担任がやって来るのを待つ。
その間、話しかけて来るものはまず居ない。
基本的にグループを形成して会話に励んでいる。
万が一話しかけてきたとしても、頷くか首を横に振るだけで会話というものは一応だが成立する。
それを会話と呼ぶのかはさておいて。
「──でさ、昨日彼氏から夜中電話があった訳よ。今からウチ来ない? って」
「それ完璧誘ってんじゃん。で、行ったの?」
「行くわけないでしょ。明日学校だし、それに彼氏ゴム着けてくんないからさ」
「マジ? 最低じゃん」
特に耳を澄ませるわけでも無く、そんな会話が聞こえて来る。
最近の若いモンは進んでるなぁ、なんて同年代のクセに俺は心の中でそう呟いた。
「見てみ、ほれ。スゴくね?」
「スゲェ! つかメッチャぬるぬる動くじゃん! やっぱレア度高い方がLive2Dのクオリティも高いよな」
「だろうよ。でもこれ当てるのに2万は飛んだからな……」
「うわぁ……ま、まぁ当たったんだし良いんじゃね」
少し離れたところで話す男子グループの会話はまだ可愛げのあるものだった。
年相応というか、何というか。
「聞いた? 転校生の話。今日ウチのクラスに来るっぽいよ」
今度はやたらと近く、というか耳元に囁く様に聞こえる。
何事かと伏せていた顔を少し上げて横を見ると、こちらを覗き込む誰かと目が合った。
何とも言えない空気感に言葉を失い、瞬きを繰り返す。
切れ長の瞳にスッと通った鼻筋と、真一文字に結ばれた口。
ぱっと見の印象としては寡黙そうな美人で、何とも近寄り難いオーラを纏っている。
そして、ふと思う。
彼女はなぜ俺を見ているのだろうか、と。
「──っ!」
急に我に帰ると思わず声を上げそうになり、しかしそれをグッと堪えて平静を装う。
「おはよ、織原くん」
何でもない朝の挨拶。
それなのに、妙な特別感があった。
きっと、彼女が美人だからなのだろう。
……誰だ、この人。
率直にそう思いながら小さく会釈した。
悪戯っぽい笑みを浮かべたその謎の美人はそれだけ言うと、ヒラヒラと手を振って教室を後にする。
先程まで騒がしかった教室内はシンと静まり返り、生徒達の視線は彼女の出て行った方へと向けられて、時折俺の方を見ては首を傾げていた。
結局担任がやって来るまでの間、教室内には妙な空気が流れたままだった。
「……えー、ホームルーム始める前に、今日から新たにクラスメイトに加わる生徒を紹介します。楪さん、入って来て下さい」
いつもより早めにやって来た担任は、緊張した面持ちで咳払いを一つ、教室の外で待つ生徒へと声を掛けた。
教卓横の扉が開き、入って来た生徒を見て騒めく教室。だが、それもその筈。
何故ならやって来た転校生は。
「──楪初楓です。よろしくお願いします」
先程出会った、謎の美人だったのだから。
簡潔に。
ただそれだけ言うと、こちらを見て──微笑んだ。
「楪さんって、彼氏居るの?」
ホームルーム終了後、楪さんの元に我先にと集まる生徒達をやんわりと退けて開口一番そう告げたのは、クラス1のイケメンこと早瀬涼。
容姿もさることながら、運動神経抜群、学力も常にトップ10を維持しており、かつ人当たりも良い。
欠点らしい欠点は無く、それ故に女子人気がズバ抜けて高い。
おまけに男子からも尊敬の眼差しを向けられる程だ。
そんな彼が、恐らくクラスの誰もが聞きたいであろう質問を投げかけた。
最初の質問がそれなのはどうかと思うが、まぁいずれは誰かが聞いていただろう。
注目の集まる中、彼女が出した答え、それは。
「居ないわ。今まで一度もね。というか、恋をした事がないの。私」
その答えに安堵、または歓喜の声を上げる男子。反対に女子の大半は疑念の眼差しを向けている。
俺も正直、彼女の答えに疑念を抱いていた。
昨今のアイドルに引けを取らない容姿をしていて、一度も彼氏が居ないなんて。
恋愛に興味が無いのならそれまでだが、思春期にある健全な女子がそういったことに関心が全くないというのは、どうなのか。
まぁ、それは個人の自由だから他人が口を挟む事ではないのだが。
「そっか。じゃあ、さ。俺と付き合ってみない?」
──言った。出会って速攻で告白しやがった。
これが陽キャの頂点に君臨する男の為せる技か。
あまりの手の早さに驚きを隠せない生徒達の動揺を他所に、楪さんはクスリと口元を隠して笑う。
「ごめんなさい、まだあなたの事よく知らないから……お友達からで良いかしら?」
そしてあえなく撃沈するクラス1のイケメン。
慣れたあしらい方からして、初めてでは無いのは確かだ。
これまでもこうやって言い寄られて来たのが容易に窺える。
「お、おう。まぁそうだよね! じゃあ友達からってことで!」
表情は崩さず、しかし内心落ち込んでいるのだろう。若干笑顔が引きつっていた。
そんなこんなで始まった彼女への質問タイム。
その内容はごく普通なもので、特に面白味も無く質問が続く。
その間、俺はというと。
──寝てました。
しかも、次の授業が始まるまで。
「……しまった。次は移動教室だったっけ」
やってしまった。
友達が居れば起こしてくれそうなものだが、残念ながら俺はぼっち。
起こしてくれる友達は居ない。
ちくしょう。徹夜でエロゲーするんじゃなかった。
目を擦りながら立ち上がり、ふと誰かの視線を感じてそちらに目をやった。
「……?」
しかし、そこに人の姿は無い。
何だ。勘違いか。
そう思い、机から教科書を取り出して──再び視線を感じて顔を上げる。
「何だ、起きてたんだ。残念」
そこにはいつの間にか楪さんが居た。
何でここに?
ていうか残念ってどういう意味だ。
無言のままの俺を見つめたまま、彼女は机の間を進みながらこちらへ向かって来る。
「貴方と話がしたいと思って。さっきまでは周りに邪魔が居たけど、今は二人きりだから」
机に腰掛けて、怪訝な表情をしていた俺を見上げた。
「ねぇ、どうして何も言ってくれないの? 一方的な会話って、寂しいと思わない?」
それには同意する。だが、話したくても話せない訳が俺にはある。
「──なーんて、全部知ってるから気にしなくて良いわ」
「……は?」
その言葉に思わず声を上げてしまい、慌てて口を塞ぐ。だが、遅かった。
「っ……凄いわね、その声。少し聞いただけでゾクってする」
ほんのり頬を赤く染めて、顔を逸らす楪さん。
俺のOSの効果が如実に現れている様だ。
知っている? 何を? 俺の事を?
……どういう事だ。
もしかして、過去にどこかで会っていたのか?
「私ね、貴方に……教えて欲しい事があるの。その為に、わざわざ転校までしたんだから」
微笑みは妖艶に、けれど純粋な思いを打ち明ける様に俺との距離を詰め、耳元で、こう囁いた。
「──私に、恋を教えて頂戴?」