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曇天

現在時刻は午後四時半を少し回ったところ。授業が終わり、部に所属している生徒は部活動を始め、それ以外の生徒は帰宅するか教室に残り雑談を楽しんでいる。


そんな中、僕はいつも通りに図書委員としての仕事をするべく図書室に移動し閑古鳥が鳴きっぱなしの図書室にて、来るか来ないかも分からない図書の貸し出し希望者を待っていた。


普段なら退屈しのぎに本を読むのだが、今日はとてもそんな気分ではなかった。朝から家庭内の空気は暗く、活気など欠片ほども存在しない。


 そして、自分の父親の心境を思うとなんともいえぬ空しさが込み上げてくる。毎日毎日、朝早くから夜遅くまで自室で頭を悩ませながら小説を執筆している父さんの姿を見てきた僕にとって、父さんの背中は物言わぬ先生のようなものだった。


特に小説について多くを話した事もなく、父さんの仕事について話した訳でもなかった。それでも僕は気が付いたら本を読むようになり、いつしか父さんと同じく小説を書くようになっていた。


だからこそ、父さんの苦しみが少しだけ理解出来る気がするのだ。目指した物語とは違う、駄作が出来上がってしまった時の喪失感。誰からも評価されなかった時の悲しみ。作り上げた物語に対する、愛情からくる深い同情。


それらがない交ぜになって父さんは苦しんでいる。多分、そうなのだと思う。でも、何故なのだろうか。この心に残る引っ掛かりは。


 朝のニュース。父さんの友人がインタビューを受けて、紹介されていたあの本。


あれを見て、激しく心がざわついた。なんだろうか。大切な何かを汚されたような、奪われたような。家族の大事な物を目の前で潰されたような、腹の底からグラグラと沸き上がる怒りの感情が頭の中を駆け巡った。


理由は全く分からない。でも、あの小説に何かがあるような気がした。あまり気は進まないけど、帰り道に本屋を覗いてみよう。


僕は図書室の受付から離れてストーブに近寄った。そしてカバンの中からスマートフォンを取り出して電源ボタンを長押しする。普段は学校内では使用禁止なのもあり、カバンの中に入れっぱなしなのだが今日は勘弁してもらおう。帰りにお土産でも買って帰れば父さんも少しは立ち直ってくれるはずだ。


少し古い型のスマートフォンは十数秒程僕を待たせた後にようやく電源が付いた。そして僕は驚いた。


着信件数六件。


誰からこんなに電話が来ていたのか見てみると母さんからだった。およそ五分毎に電話が掛かっていたようだ。


僕は慌ててメールの方を確認すると、二件の新着メールが送信されていた。僕は一番新しい方のメールを開いて愕然とした。メールにはこう書かれていた。


『お父さんが車に跳ねられて救急車に運ばれた。意識が無い。どうしよう』


僕は二件目のメールを見るまでも無く慌てて図書室の出口に走り出した。すると丁度図書室のドアが開かれる。


「うわぁ! あ、語君か。 ん? どうしたの慌てて」


「綴さんごめん! 戸締まりお願い!」


僕は綴さんの横を押し退けるように走り抜けた。


「え? 語君!?」


僕を呼ぶ綴さんの声を尻目に階段を急いで駆け降りる。途中足を踏み外して転がり落ちたけど、どうでも良い。


昇降口にたどり着き、急いで靴を下駄箱から取り出して無理矢理に足を靴にねじ込む。そして自転車小屋まで走りながらスマートフォンで母さんに電話をかけた。なかなか電話が繋がらない。


僕はスマートフォンをポケットに入れて全力で走り出した。自転車小屋にたどり着くと直ぐ様自転車をひっ掴み、周りにも目をくれず自転車を走らせた。


道路を横断するときにけたたましいクラクションが鳴り響いたが気にも止めなかった。今は出来るだけ早く家に帰る事で頭が一杯だった。


家に帰るまでの頭の中はグチャグチャだった。


なんで父さんが!? 事故!? まさか、自殺!? いや、そんなはずない!! 母さんは、母さんは今何を!? 早く! 早く!!


頭の中は何も纏まらず、僕はただひたすらに自転車を走らせた。


空は曇天、読書日和。僕の一番好きだったはずの天気が僕を尚更不安にさせた。

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