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初めての味

語くんが、せっかく助かるチャンスを作ってくれたのに、それを無駄にした挙げ句、何も出来ないまま一緒に狼のお腹の中に収まる羽目になるなんて、私は本当に馬鹿だ。


まだやりたい事は沢山あった。こんな所で死ぬなんて、家族に申し訳ないとも思う。


でも、馬鹿な事だとは分かっていても。無駄な事だと理解していても、私は語くんを見捨てて逃げる事は出来なかった。


こんなに好きになれる人なんて、多分二度と会えないだろうから。


そんな人を見捨てて生きるくらいなら、その人と一緒に死ぬ方がまだ良いと私は思った。


 顔を上げると、狼の鋭い牙が並んだ口が目の前に迫っていた。


私は無駄な抵抗と知りつつも、語くんを抱き締めている手に力を込めた。


その時だった。


「アリス、『瓶詰め』にしろ!!」


 何処からか男の人の声が響いた。それと同時に目の前に迫っていた狼が下から競り上がってきたナニカに弾き飛ばされる。


そして一人の男の人が私達の前に現れた。


「すまん、ボウヤ。遅くなった。……よく耐えたな」


その人は見た目の印象とは正反対の優しそうな声で語くんに声を掛けた。


黒の革ジャンにボロボロのジーンズ。髪は寝起きのようにボサボサになっている。ぱっと見、ガラが悪いヤクザのような見た目をしている。


でも、語くんに話し掛ける時の表情は穏やかで優しい雰囲気に包まれていた。


だけどそれも束の間だった。


「アリス! ボウヤの治療が最優先だ。さっさと片付けろ!!」


 男の人は、誰も居ない空間に向かって怒声を飛ばした。するとおかしな事が起こった。


突然、辺り一面が真っ暗になった。いや、自分の手も見えるし、狼達も、男の人も、語くんの姿もハッキリ見える。


周囲の風景だけが黒一色に染まってしまった。そして何処からとも知れず声が聞こえてきた。


『ここは不思議の国の入り口。行き着く先は何処とも知れない、狂乱の森。女王の許可なく歩く者は二度とお家に帰れない』


聞こえて来た声は子どもの女の子の声だった。その声はとても楽しそうで、屈託のない笑顔が頭の中に浮かびそうだった。だけど、暗い空間に響くその声はとても不気味で寒気が走った。


『貴方達の行く場所は、……そう。この森の中でずっと、ずーっと遊ぶと良いよ』


最後にそう聞こえたと思ったら狼達の姿だけが見えなくなった。その直後に狼達の鳴き声が辺りに響いた。甲高い声で何度も鳴いている。まるで、恐ろしい何かに追われているように。


しばらくすると狼達の鳴き声が聞こえなくなって、周りが段々と明るくなってきた。


 周囲が元の大通りに戻った時には狼の姿は何処にも無く、赤い水溜まりが三ヶ所。狼達が居た辺りに出来ていた。


「よし。アリス良いぞ。そのままボウヤの治療に移る。『瓶』を机の上にでも戻してくれ。あと、クッキーは無理だろうからミルクを頼む」


男の人がそう言った途端、私達の周りを囲っていた透明の壁が消えてしまった。それと同時に突然足元に小さな瓶が現れた。


中には白い液体が入っていて、飲み口の所に『私をお飲み』と書かれた紙がぶら下がっていた。


「ボウヤ、急いでコレを飲め!」


男の人が小さな瓶を手に持って、語くんの口元に運ぶ。でも、語くんは口に瓶の中身を注がれた傍から咳と一緒に液体を吐き出してしまう。


「おいおいおいおい! ボウヤ、頑張れよ!! コレを飲まなきゃ本気で死ぬぞ!」


「お兄さん、それ貸して下さい!」


私は男の人の手から小瓶をつまみ上げて口に含んだ。


語くんには申し訳けど、死ぬよりは良いはず。


 私は口に瓶の中身を含んだまま、語くんの顔に自分の顔を近づけた。そして恥ずかしさを誤魔化すように勢いよく唇を重ねる。


『キャー! バンジョー、スゴイわよこの子! お姫様が王子様に目覚めのキスをしてるわ!!』


暗闇から聞こえていた女の子の声がまた響いた。顔から火が出そうなくらい恥ずかしいけど、そんな暇はない。


私は語くんの口の中に少しずつ液体を流し込んでいく。語くんの身体が強ばって、顔を叛けて吐き出そうとしていた。


私は両手を語くんの頭に回してしっかりとロックして、構わず液体を語くんの口に流し続けた。


どのくらい時間が過ぎたのかは分からないけど、ようやく私の口の中から語くんへ瓶の中身を移し終えた。


私は語くんの唇から自分の唇を離した。


少しの間、語くんの様子を見守っていると変化が起こり始めた。語くんの顔や腕に着いていた傷がいつの間にか無くなっていた。語くんの表情を見てみると、苦痛に歪めていた表情が薄れて落ち着きを取り戻している。


信じられないけど、本当にあの小瓶の中身が効いたんだ。


『バンジョー。とても勉強になったわ。私が立派なレディーになったらバンジョーにさっきのキスをしてあげるからね』


「……アリス。少し黙ってろよ……」


『なによバンジョー。恥ずかしがって』


 私は男の人と女の子の声のやり取りを聞いて我に返った。私は恐る恐る男の人に目線を向ける。


女の子の声に『バンジョー』と呼ばれていた男の人は顔を赤く染めて私から顔を逸らしている。その様子を見て私は今までやっていた自分の行為を思い出す。


「あっ……、いやこれは! その、語くんを助ける為にしたことであって!! あの時はこうするのが最善だと判断した結果の事でして!」


私は手をバタバタと振りながら必死の言い訳を並べた。


「いや、嬢ちゃん。言いたい事はわかってる。気にしなくて良い。良くなってくれたな」


男の人はそう言いつつも顔を赤くしたまま私から目線を逸らし続ける。


『ねぇ、ねぇそこのお姉ちゃん! キスって初めて!? どんな味がしたの!? やっぱり甘いの? それとも甘酸っぱいの?』


虚空から響く女の子の声が嬉しそうに私に更なる恥を晒しにかかる。


「女の子がそんな事聞くもんじゃありませんっ!!」


私は顔を真っ赤に染めながら叫んだ。そう言いつつも私は口元を手で隠しながら自分の唇を舐める。


……初めてのキスの味は、ほんのり甘い血の味がした。

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