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遭遇

「くそっ、好き放題湧かせやがって!」


 万丈は地面に転がる獣の屍に対して、忌々しげに罵倒の言葉を吐き出した。ここ数日に渡って襲撃を繰り返して来た狼であったが、今回は今までの何倍にも数を揃えて万丈に襲い掛かって来たのだ。


 今までは襲撃を受けても一度に数匹程度の数であった。だが、今回は桁が一つばかりずれていた。明らかにコチラの行動を妨害する為に用意されていた事が分かった。


万丈は狼の死骸を一つ蹴飛ばした後に、物部の元へ合流すべく急いで走り出した。


どうして俺の動きがバレている? あの少年に接触した時は周囲に反応が無い事を確認した。先程、電話で連絡した時ですら盗聴に警戒していた。今日、あの子と合流する事は本部も含めて誰一人として知らないはず。


「おい、あの子が居る方向はドッチだ!?」


 虚空に向かって万丈はそう問い掛けた。まるでソコに誰かが居るかのように話を続ける。


「……もう遭遇してるって!? 状況はっ!?」


 万丈は誰も居ない場所に顔を向け、驚きの声を挙げた。


 「ヤバいじゃないか! あぁ、クソっ!! こんな事なら張り付くべきだった! おい、『アリス』急げ!!」


万丈は待ち合わせの立ち入り禁止区域内部を横切り、目的の西部公園方面へと走り抜けていった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 私は目の前で繰り広げられている非日常的な光景を前にして、何も出来ずにいた。


いつも良くしてくれている友人を心配して様子を見に来た私だったけど、あまりに衝撃的な事態の連続に言葉を失った。


最初に私がココに来て目撃したのは、人が狼に襲わている姿だった。狼が日本に存在している事だけでもあり得ないはずなのに、人がボロボロの姿で地面に倒れている状況に鉢合わせるなんて、私は前世で余程悪い事でもしたのだろうか。


しかも、その倒れている人物が私の大切な友人だったなんて、こんな事が起こって良いのだろうか。


そして、目の前の狼が今度は私を襲おうとしていた。


あまりの恐怖に体は強ばり、身動きさえ取れない状態に陥った私は全てを諦めた。せめて、最後の無駄な抵抗として大事な友人。……そして、好きだった男の子に精一杯の笑顔を送って終わろうと思っていた。


その時だった。狼が姿勢を低く構えて私に目掛けて走り出す寸前に、地面で血塗れになって倒れていた彼が狼に飛び掛かった。


それからは壮絶な死闘だった。


語君は右手を犠牲にして狼の顎を封じ込め、体を弓の様に反り返らせた後に全力の頭突きを狼の鼻先に目掛けて見舞った。


狼は甲高い悲鳴を上げた後に後ろへ飛び退いた。そしてもう一度、語君目掛けて走り出す。


姿勢を低く保ちつつ疾走し、語君の腕をかわした狼は語君の右足に食らい付き、そのまま彼を引きずり回した。


両腕を負傷した彼はなすすべもなく、されるがままに地面に全身を叩きつけられていた。


そんな光景がどれだけ続いたのだろう。私の思考が麻痺して固まっている間にどれだけ時間が経過したのかは分からない。


でも、私が正気に戻った時には命懸けの戦いは終わっていた。


最後に見たのは、子犬のような声で鳴きながら逃げ去っていく狼と、足を引きずりながら私の前に立つ語君の姿だった。


語君は終始フラフラと体を揺らしながら私に向かって右手を差し出した。その瞬間、彼の体から力が抜けてグラリと地面に向かって倒れ始める。


ソコでようやく私の体が動いてくれた。彼の体を半身の姿勢でどうにか受け止めてる。でも、私には語君の体重を支える力など無かったものだから結局は地面に倒れ込む結果となってしまった。


私は、なんとか自分の体を地面の間に滑り込ませて、自分の体をクッションにして語君が地面に衝突するのを防げた。


受け身も取れずに背中から地面に倒れてしまったせいで息が苦しくなったけど、今はそんな事を気にしている暇はない。私は急いで体を起こそうとするけど、全身から力の抜けた語君はとても重くて起き上がる事が出来なかった。


私は起き上がる事を諦めて、彼を抱き寄せたままで声を掛けた。


「語君! 語君!! 起きてっ! ねぇ、語君!!」


彼の背中を手で軽く叩きながら、私は必死になって呼び掛けた。こんなに全身傷だらけの人を激しく揺さぶったら本当に死んでしまうかもしれない。そう思ったら私にはそんな事しか出来なかった。


少しの間彼の名前を呼び続けていたら、語君が胸の中でピクリと体を震わせた。


「……。綴さん?」


脱力していた体が強ばり、語君の腕に力が戻る。意識を取り戻したようだ。


「あぁ、良かった! 本当に良かったぁ!!」


私は思わず語君の背中に手を回して思いっきり彼を抱き締めてしまった。今まで積もりに積もった

心配していた気持ちがつい爆発してしまった。


「……待って、綴さん。汚れる、……汚れるし、痛いから、待って。」


掠れるような弱々しい語君の声を聞いて我に戻った私は慌てて手を離した。


「ご、ごめんね! 大丈夫!? 動ける!?」


「……大丈夫、直ぐに、……退くから」


語君はそう言って、地面に手を付いて体を起こそうとしている。だけど、体が少し浮いた直後にまた私の体の上に倒れ込んでしまった。


「……ごめん。なんか、体が動かない……」


「いいよっ、そのままでいいから! とりあえず、休んでて! 今直ぐ救急車呼ぶからね!!」


私は語君を体の上に乗せたまま、どうにかスマホを取り出そうとヤキモキしていた。すると、語君の体が急に跳ねた。


「語君!? 大丈……」


首を曲げて語君の顔を見ようとしたら、見えてしまった。


折り重なるように倒れる私達が見たのは、大通りの遠く離れた場所で、狼が三頭。コチラに向かって走る姿だった。

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