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自分の気持ち

「かー、寒い…」


 首筋に当たる冷気に寒気を感じた。学校のツルツルした床に結露で生じた水分が付着してやたら滑りやすくなっている。スリッパではとてもじゃないが滑ったら踏ん張りは効かない。


気恥ずかしさから思わず逃げたしてしまったが、何処に行くかも決めていない。かといってこの寒い中を長距離移動する気にもなれない。なにより、図書室に綴さんも居るし。とりあえず、言葉通りにトイレに行くとしよう。その間に顔の火照りは取れるだろう。


 僕は図書室を出て左側に数メートルの位置にある階段を滑らないようにゆっくりと降り二階へ向かう。階段を降りて直ぐ左側に男子トイレがある。僕は男子トイレに入り、スリッパをトイレ用スリッパに履き替えて小便用便器の前に立った。


その間、僕は綴さんの事を考えてしまっていた。


 いつも僕に関わってくるあの子。花島綴。文芸同好会の唯一の所属者で、いつも本を読んでいる彼女。


クラスは別だからいつも会っている訳ではないが、とても元気な子だ。いつからか『文芸同好会に入らない!?』と声を掛けられ、それからずっと僕に話しかけてくるようになった。


何故声を掛けられるようになったのか僕にはさっぱり分からない。別のクラスだったし、以前学校が同じだった訳でもないし、特別何かをしてあげた覚えもない。なんで僕なんかに話し掛けてくれたんだ?


 トイレを済ませ、手を洗ったついでに顔に水をかける。冬の水道水は痛みを感じる程に冷たく、濡れた顔と手に冬の冷たく乾燥した空気が当たって身を強張らせる。僕は急いでハンカチで顔と手を拭い、滑らないように気をつけながら階段を昇る。その最中も思考は綴さんの事を考え続ける。


 僕は、綴さんの事が好きなんだろうか? 綴さんは僕の事をどう思っているんどろうか? 少なくとも、僕は綴さんの事を友達以上のナニかに当たる存在だと思ってはいる。でも、この気持ちは本当に好きだからなのか。


年頃の男子なら、女子に声を掛けたら嬉しく感じてしまうものだと思う。それが可愛い子なら尚更だ。


綴さんは僕から見たらとても可愛いらしく思う。身長は僕より少し小さいくらいで、髪の毛は耳が隠れるくらいのショートヘアー。手足だってスラッとしてる。それに、あの……。スタイルも……、良いと思う。


こんな事を考えているのが綴さんにバレたら、嫌われてしまわないだろか。たまに自分の頭の上に考えている事が表示されてないか、本気で心配になる時がある。


いや、待って欲しい。確かに外見的な好意を全く抱いていないと言ったらそれは嘘になる。でも、それだけで気になっているわけではないのだ。


いつも僕の目を真っ直ぐに見つめてくれるまん丸な可愛らしい目が、話している時に向けられる仄かな笑顔が。いつも、元気過ぎるくらいに活発な。イタズラな笑顔が。


……僕は見た目だけが気になっているのか?


自分で言い訳をしながらも疑問に思った。綴さんの気になる所を想像するといつも笑顔が浮かぶ。僕は、彼女の顔が好きだから気になってるのか?


そうだとしたら……。この気持ちは好意ではないのだろう。年頃の男が抱く、性欲的な感情が安い好意を抱いたように錯覚させているだけなのかもしれない。


誰が僕みたいなヤツを好きになってくれるものか。こんな本ばかり読んでいる根暗野郎なんかより、良いヤツは山程いる。


そんな事を考えていたら図書室前に着いてしまった。僕は心で何度も何度も繰り返し頭に言い聞かせながらドアを開けた。


誤解するな、お前はあの子を純粋に好きなわけじゃないんだ。誤解するな、あの子は僕に好意を抱いているわけじゃないんだ。僕なんかが誰かに好かれるわけがないんだ。


ドアを開けた時の図書室の温もりが、今はとても不快に感じてしまった。

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