脱力
私は自転車を近くの駐輪場に停めて、西部公園立ち入り禁止区域前まで周囲を見渡しながら近づいた。
この辺りは災害のせいで、アチラコチラがボロボロになっているせいで少し不気味な雰囲気が出ている。
そのためか、人気は少ないので込み入った話をするにはうってつけの場所。……という事なのだろうか。
正直、こんな所に人を呼び出す時点で何かしら企んでいるような気がしてならない。語くんの為にも、私の杞憂であることを願うばかりだ。
語くんと例の大人の人が待ち合わせると思われる場所から少し死角になっている木の影からコッソリと様子を伺う。
まだ、誰も来ていないのだろうか。でも、語くんのお父さんが入院している病院からならそんなにココに来るまで時間はかからないはずなのだけど。
まさか、既に誘拐されているのでは!?
不安になった私は周りを見渡して誰も人影が無いのを確認してから、禁止区域前の規制線が張られている場所まで近寄った。
……何か落ちている。
立ち入り禁止の規制線の少し内側に四角い何かが落ちている。なにやらその周りには破片が飛び散っていて、勢いよく地面に落としてしまったようだ。
ぼんやりとソレを眺めていた私は、数秒程ソレを眺めてようやく気が付いた。
語くんのスマートフォンっ!
私は規制を潜り抜け、地面に落ちていたスマホを手に取った。間違いない。語くんのスマホだ。
彼と話すようになってから暫く経ってから、ようやく勇気を出して連絡先を交換した時に見た、彼のスマホに間違いなかった。
顔の血の気が一気に下がって行くのを感じた。本当に誘拐されてしまったのかもしれない。
まだ近くに居ることを信じて私は自分が出せる一番の声で名前を叫んだ。
「語くん!! 語くん、近くに居るなら返事してぇ!!」
必死になって私は叫ぶが、何処からも返事は無い。
私は目から溢れそうな涙を拭い、更に大きな声で呼び掛けようとした。
「語くーー……」
私の叫びは更に大きな声で掻き消された。
「ああああああああああああああ!!」
「ひっ…!」
今まで聞いたことの無いような、命の危機を感じさせる断末魔のような声が響き渡った。あまりの事に私は小さく悲鳴をあげて尻餅をついてしまった。
でも、今の声は……。
あまりの声に普段の語くんの声と聞き比べきれなかったが、彼の声と似ているように感じた。
そう思ったら私の身体は考えるよりも早く立ち上がって声の元へ走り始めていた。
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「ああああああああああああああ!!」
あまりの痛みに僕は悲鳴を上げるしかなかった。
狼の牙がズブリと僕の左肩に食い込み、肉を引きちぎらんと狼が首を激しく振り回す。僕は右手を狼の首に回して、どうにか腕を食いちぎられないように抵抗していた。
脇の下に水のような物が垂れていくのを感じる。
必死になって狼にしがみつく傍らで自分の左肩に目線を向けると真っ赤に服が染め上がっていた。
僕は恐怖で混乱した頭でぼんやりと間近に迫る『死』を感じていた。
死ぬ。本当に死ぬ。こんな簡単に、僕の人生が終わる。
こんな死に方するなんて夢にも思わなかった。精々、一生一人で暮らして孤独死する将来を想像した事は有っても、こんな化け物に襲われて死ぬなんて誰が思うだろうか。
必死に抵抗していた腕から力が抜けていくのを感じた。頭の中が段々と白くなるのを感じた。
もう、駄目のようだ。このまま目を閉じてしまった方が楽になれるのかもしれない。
全てを諦めて、僕は目の前の圧倒的暴力の前に屈してしまう寸前だった。
しかし、左肩に食い込んでいた狼の牙が突然離れた。僕は地面の自分の血の池にピシャリと倒れこむ。
薄れかけた視界で狼を見ると、僕とは別の方向に注意が向けられていた。
僕は力無く、首だけを転がすようにして狼が向いている方向に目を向けた。
五十メートル程離れた所に誰かが座り込んでいる。僕は何度も瞬きをし、目を凝らしてその人物を見た。そこには地面に座り込む一人の女の子が居た。
綴さんだ。




