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襲撃

「ダンナ、どうやら嗅ぎ付かれたみたいダよ~?」


「な、何っ!? き、嗅ぎ付かれたとは、どういうことだ!?」


高層マンションの広いロビーに二人の声が交差した。声の主の内、一人は若くもう一人は中年の男性だった。


 若い男はまだ幼さが残る顔つきをしており、青年と言うのが妥当な年頃だろうか。しかし、青年が着ている服はあまりにもこの空間において違和感しか感じさせず、あまりにも不自然な服装だった。


 ブカブカの白いシャツの上に茶色い皮のベスト羽織っており、ズボンは非常に粗雑な作りをしている。濃い緑色の生地は薄く、ズボンのサイズもこの青年には大きすぎていた。腰周りやズボンの裾、袖口まで皮を細く切った紐で縛り、無理矢理に丈を調整している。


青年が腰掛けているテーブルの脇には無骨な木の杖が置かれており、腰には角笛らしきものが下げられていた。


その青年は『旦那』からの問い掛けに笑顔で答えた。


「だーかーらー。ダンナがやらかした事デスって。例の協力者とか名乗ってたヤツが話してた…。アレ? ナンだっけ? ば、ばー。バンジョウ? とかいう男が動いてるッス。あの男が接触してた子どもにも『見張り』を付けてたんスけど、この時代の道具使って何か話してるッスね。いやー、やっぱり嘘つきは身を滅ぼすってヤツですかねぇ? ハハハハッ!」


 如何にも楽しそうに、そう言いながら青年は屈託ない笑顔で笑い声を挙げる。


それを見て顔色を変えながら中年の男は腰掛けていたソファーから立ち上がり、ドスドスと歩きながら青年に詰め寄る。


「ば、馬鹿者! そういう厄介者を排除するのが貴様の役目だろうが羊飼い! さっさと始末してしまわないか!」


 中年の男は羊飼いと呼ぶ青年の襟首を掴み、前後に揺さぶる。青年は成されるがままに顔をグラグラと揺らしながら中年の男に言った。


「いやいやっ、こんなっ、人がっ、多い所でっ、出来るわけっ、ないっシょ!? ダンナそれ止めてっ……」


しかし、男は「さっさとヤれ! この穀潰しが!」等と叫びながら、尚も青年を揺さぶり続けている。


だが、それはいつまでも続きはしなかった。


「アンタ、食われたいんスか?」


「っ!?」


青年の冷たい一言に反応し、慌てて男は手を離した。中年の男の額には冷や汗が流れ、今までの高圧的な態度が一転し、ビクビクと怯えている。


「す、すまん! いや、驚きのあまり興奮してしまったのだよ。私も『あの女』から渡された紙切れを使ってから精神的に少し疲れていたのだ。わ、分かって貰えるだろ? な?」


猫なで声で詫びを入れる様子に気を直したのか、青年の表情も笑みに戻った。


「あー、そうッスよねぇ。いやいや、慌てるお気持ちはよーく分かりますとも。そんな怯えないで下さいな、ダンナ。僕達は言わば『羊と羊飼い』、『狼と羊』そんな間柄じゃないッスかぁ。勿論、僕も本気じゃないッスよ」


どちらが『羊飼い』で、どちらが『狼』なのかは分からないが、青年はそう言って男をなだめた。


いつもの様子に戻った青年に安心したのか、中年の男は顔色を戻しつつ青年に話しかける。


「そ、それよりだな羊飼い。気が付かれた以上は見過ごす訳にもいかん。そうだろう?」


男がそう言うと、青年の笑みに邪悪な陰が入り交じる。


「そうッスよね。じゃあ……」


青年はテーブルから腰を上げ、ベランダに向かって歩き始めた。


ベランダに出た青年はおもむろに周りを見渡す。高層マンションからの眺めは、青年が過ごしたどんな場所よりも高く異様な風景だった。


太陽も大地に沈み始めた時刻にも関わらず、辺りには様々な色の光が満ち溢れ、騒がしく感じる程の喧騒が鳴り響く。


「ほんっと、面白い世界だね。ココはさ」


青年は、そう独白すると突然に遠吠えを挙げた。


都会の喧騒すらも引き裂いて響き渡り、数秒程間を置いて遠吠えが青年の元に帰ってくる。


「さぁ、邪魔者は腹を空かせた狼の餌になってもらおうか……」


貪欲な狩人の影が三つ、鉄の森を駆ける姿を高所から見下ろし羊飼いは楽しげに呟いた。

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