表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/26

ルイス・キャロルの生原稿

「おー、連絡して貰えないと思っていたから助かるねぇ。いやー、有難い有難い」


 僕は病院から少し離れた所にある公園で渡された名刺に書いてある番号に電話を掛けた。まるで電話がいつ来るのか分かっていたかのように即座に電話は繋がり、冒頭に至る。


「先日は失礼したねぇ。おじさん口下手だから勘弁してくれな」


「そんな事は良いですから、まずは説明してください。えっと、……万丈さん、でしたね。実際に会ってからお話しをするかどうかはそれ次第です」


このまま喋らせてたら本題に入るのが何時になるか分からない。僕は割り込むように催促した。


「おー、物部君は相変わらずしっかりしてるねぇ。まぁ、とは言え当然だわな」


電話の向こうでは如何にもチャライ調子で話し続ける男の様子が目に浮かぶようだった。


「分かった、とりあえずは説明しよう。ただし先に言っておくが。……口頭の説明で話の証拠を求めるなよ? 証拠を見せるには直接会う他ないし、そうでもしないと絶対に信じられないからな?」


今までの軽い口調が僅かに曇った。どうやら本題に入るようだ。


「……よくわかりませんが、とりあえずは承知しました。では早速説明してください。……父さんの小説が盗まれたってどういう事ですか?」


僕は周りの様子を伺いつつ、小さな声で問い掛けた。


「さて、どう説明したら分かりやすいかねぇ。……キミのお父さん、小説出したよな?」


「えぇ、あまり売れなかったみたいですけど」


「その小説は元々別の人物が執筆したものだ」


「はい? どういう意味ですか? それだと僕のお父さんが他人の作品を盗んだように聞こえるんですが?」


僕は語気を強目ながら不信感を露にして言い迫った。


「いやいや、誤解しないでもらいたい。キミのお父さんの意思じゃない。すり替えられたんだ。キミのお父さんの作品を我が物にしたい何者かによってな」


「え? いやいや、そんな事不可能でしょ?」


あまりに現実味の無い話しを聞かされて、つい敬語を忘れてしまった。


「つまり、原稿をすり替えられたって言いたいんですか? もし、そんな事をしても、そのまますり替えられた事を気が付かずに出版まで進むわけ無いじゃないですか!? 万が一、そんな馬鹿げた事が成立したとしても出版あとまで気が付かないはずないでしょ? 僕の父さんはそんな素振り、一切してませんでしたよ!?」


正直、あまりに突飛な話しをされたせいで万丈さんに対する不信感が強まってしまった。もしかしたら本当に僕を騙そうとしているのかもしれない。


僕は小説家と出版社とのやり取りについて知ってるるわけではないが、そんな僕でもそんな事は不可能だという事が容易に想像がつく。


「はやとちりするんじゃないよ。だからこんな事の説明好きじゃないんだ」


万丈さんは声でも分かるレベルで明らかにテンションが下がっている。


「別に原稿がすり替えられたとは言ってないだろ。……いや、その方が説明するにはまだマシだったか。」


そう呟くと万丈さんはため息を付いた。


「とんでもない話しをするが、一先ず聞くだけ聞くんだぞ? すり替えられたのは『小説その物の存在』だ」


「……はい?」


説明された事に対して全く説明になっていなかった。正直、聞いても訳が分からない。


『小説その物の存在』がすり替えられた。こんな事を言われて直ぐ様納得出来る人間が果たしているだろうか?


僕があまりに不信感ありありの疑問符を投げ掛けたからだろう。電話の向こうから先程の数倍深いため息が聞こえた。


「あー、そうなるわな。分かってる、分かってる。『この人何言ってんの?』とか『頭おかしいの?』とか思うよな? 大丈夫だ。キミの反応は正しい」


どうやら本人にも自覚はあるようだ。ならまだ救いがある。


もし、『説明しても分からないのか?』とか『キミには少しも難しい話だったかな?』とか言われていたら僕は間違いなく電話を切っていただろう。


こんな中二病が考えたような話を聞かされて黙って聞き流せる人が居るなら、その人は間違いなくおかしい人だ。


「すみません。説明してもらっているハズなのに余計に訳が分からなくなってるんですが?」


「だから最初に言っただろう? 『証拠をもとめるな』と。とりあえず、そのあたりは一度聞き流せ。人の話しは最後まで聞け」


電話から酷く威圧的な声が聞こえた為、僕は喉元まで出掛けていた言葉を飲み込んだ。


「……よし。気持ちは十二分に分かるが一先ずは話しを最後まで聞くんだ。質問なり、文句なりはまとめて聞いてやる」


僕が黙ったのを確認して万丈さんは満足したのだろう。話の続きを説明し始めた。


「『小説の存在その物』をすり替えられた。そこまで話したな? それでだ。そんな事出来るはずがないって、そりゃ思うよな? だが、実際にそれが出来る代物があるんだよ。キミは童話の『不思議の国のアリス』を知ってるよな?」


「えぇ、そりゃあ知らない人は居ない程の有名なお話ですし」


「じゃあ、『不思議の国アリス』が生まれた経緯は、知ってるか?」


「え? いや、あまり詳しくは知りませんけど。確か、娘か孫に書いてあげた物語なんですよね?」


「まぁ、大体はそうだ。『不思議の国のアリス』とは、作者、ルイス・キャロルが姪の為に執筆した物語だ。元々は手帳にルイス・キャロルが手書きで本にし、プレゼントしたの始まりだ。この直筆の本は後にオークションに売り出されて現在は大英図書館に納められている」


この人は見た目によらずそんな事に詳しいのか。失礼ではあるかもしれないが僕はそんな事を考えていた。


初めて会った時の印象ではこんな童話の話しに詳しいとは思えなかった。


「それが、表向きの話だ」


電話の声が重々しい雰囲気に変わる。その変化に背筋に悪寒が走った。


「『不思議の国のアリス』の生原稿。つまり、ルイス・キャロルの手書きの本は現在バラバラに分解されて散らばっている。何でもか分かるか?」


「……いいえ、全く」


「それは、生原稿その物に特別な力があるからだ。『物語を書き換える』力を持ったトンデモない紙切れ。それが『ルイス・キャロルの生原稿』通称『紙片』だ。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ