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窓辺に立つ先輩

作者: ミサト

 私が准看護学校学生2年の時の話です。


 私は中学を卒業し、個人病院でご奉公しながら準看学校に行く生活を送っていました。

 中学を卒業し、親元を離れ寂しい思いを募らせる生活を送りながらも、早く今の生活に慣れようと精一杯勉強に励んでいました。


 決して楽では無かったし、失敗をして苦い経験を重ねた事も数えきれません。


 それでも頑張って続けて来られたのは、私より2つ上の先輩が凄く良くしてくれた事が、大きな支えとなっていたからでしょう。

 いつも優しい言葉をかけ、私を励ましてくれた事は今でも記憶に鮮明です。


 見た目はヤンキー風だけど、綺麗で優しくて、私の事を可愛がってくれて。

 いつも私の事を気にかけてくれて。

 ディスコで踊る楽しさを教えてくれたのも先輩でした。


 でも、私がこの生活の2年目になったある日の事……


 ――先輩は急に倒れ、入院してしまいました。


 その後婦長さんから聞いて知ったのですが、先輩は子宮癌の末期だったのです。


 私は信じられない気持ちと同時に、何であんなに優しい先輩が……と、悲しくて悲しくてどうしようもない気持ちになりました。


(私に出来る事は何かないのかな……)


 必死に考えても考えても、何も思いつかずに時間だけが過ぎ去ってゆくばかりでした。

 お見舞いに行っても――何を話題に接していいか分からずに戸惑う私を、先輩はいつも笑顔で接してくれました。


 そんなある日――先輩が私にこう言いました。


 先輩は家族から癌の事は聞かされていませんでしたが、

 「お薬や点滴の名称で病名が分かっちゃうんだよね~」と、笑顔で言ったのです。


 そう。私はまだ学生でしたが、先輩は看護婦です。


 お薬や点滴の名称だけで、それがどういう効用でどんな病状に対して処方されるか分かってしまうのです。


 当時、私はあらゆる科の実習を受けていました。


 歯科の実習を受けていた時に婦長さんから連絡が入り、先輩が亡くなったと知らされ、泣き崩れてしまったのを今でも覚えています。


  そして――先輩は18歳という若さで、子宮癌で亡くなってしまいました。


  先輩が私に残してくれた言葉があります。


 「決してインスタントばかり食べない事! 私みたいにならないでね」


 本当は怖くて辛いはずなのに、私の事をいつも気にかけてくれていたのです。



 そして……先輩が亡くなってから間もなく、寮で不思議な事が起こり始めました。


 誰も入っていないハズの風呂場から、突如シャワーが流れ出す音が響いたり……

 誰も使っていない暗がりのトイレから、突然水の流れる音が聞こえたり……


 それだけではありません。


 誰もいないハズの真夜中の洗濯場から、洗濯物を誰かがパンパンと叩く音が木霊したり……


 洗濯物をパンパンと叩くのは、先輩くらいでした。

 私だけでなく、これは寮にいた皆も聞いたと噂が広まっていたほどです。


 ある日、私は実習や仕事で疲れ果ててしまい、寮に帰って窓を開けてテレビを点けてベッドに横たわっていました。

 

 私はいつも窓を開けて、夜空の星を眺めながら寝るのをささやかな楽しみにしていたのです。


 すると、この日は朝からいい天気だったのに、なぜか急に大雨が降り出しました。

 そして、普通に映っていたテレビの画面が乱れ、やがて荒れ狂う砂嵐に……

 この奇妙な現象に誘われるように、私の体は硬直し()()()にあってしまいました。


 もちろん、窓越しに夜空を眺めていた目は見開かれたままです。


 不意に――私の横たわっているベッドの横に……何かの気配を感じました。


 ゆっくり……僅かに動く重い眼球をそこに向けてみると……


 私は、驚愕しました。


 だってそこには、死んだはずの先輩が立っていたからです。


 その先輩の表情は、いつかのような優しさに溢れて私を見ているようでした。


 そして、その直後――


 声を出したくても、声が出ませんでした。

 私は急に恐ろしくなりましたが……先輩の優しい眼差しに、徐々に心が落ち着いていく感覚を覚えたのです。


 私はせめても――と、心の中だけで先輩に語り掛けました。


「先輩……?」


 先輩はずっと、優しく微笑んだまま私を見続けています。


「先輩!? 私の事を心配して来てくれたんですか? 心配しなくても頑張っていきます。だから先輩は安心して天国に行って下さい」


 私が心の中でそう訴えかけると、先輩は静かに世闇に溶けるように消えていきました……。


 その刹那――不思議な事に、さっきまでの大雨は止み、テレビの砂嵐も消えていたのです。


 全てが、空気感までもがいつものような状況に戻っていました。


 ――それからは寮では、奇妙な異変が起きる事もなくなりました。


 今思えば、やはりあれは私を心配して姿を現してくれたのだと思います。

 だから、もう天国に行っているだろうけど、先輩に伝えたかった事をせめてここに記しておこうと思います。


 大好きな先輩へ


 先輩。私はもう先輩よりずっと歳をとってしまいました。

 でも、私にとっての先輩はいつまでも先輩です。

 いつも優しくして下さって本当にありがとうございました。

 先輩から教わった事、たくさんありました。

 私が辛い時、気づいてあげられなくてごめんね。って言ってくれた言葉、今でも忘れていません。

 凄く嬉しかったです。

 もう生まれ変わったかな?

 もし、生まれ変わってるのなら、今度は長生きして幸せになって下さい。

 そう願っています。


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