88.侯爵令嬢は意外な形で竜神王の姫と再会する
週一でのんびり更新をしているうちに三巻が発売されてしまいました。
本日から三巻の終わりまでの内容を毎日更新します。
クリスたちはダンジョンの出現の際に巻き込まれた可能性がある。
すぐに冒険者ギルドに連絡が行ったのだが、一番近くにいる高ランク冒険者の到着が夜になるというのである。
「ユリエ! このまま探索に行くぞ」
私はトージューローさんとクリスたちを探索に行くことを選ぶ。
「分かりました。ホーク! マルグリット様に指揮を執ってもらうように伝えて!」
旋回していたホークに伝言を頼む。ホークはこちらを一瞥すると、マルグリット様たちが待機している場所へ向かって飛んで行った。
ホークの言葉はマルグリット様には伝わるはずだ。そして、生徒会長である彼女であれば、上手く生徒たちを誘導してくれると信じている。
「我もともに行くぞ」
「もちろんよ。レオンがいれば心強いもの」
肩に乗ってきたレオンの頭を撫でる。
「彦獅朗! ユリエ! レオン!」
砦から急いた様子のキクノ様が出てきた。一人だ。
「菊乃、生徒たちは?」
「あたくし一人です。生徒たちは皆砦攻めに出しました」
「一人で砦を守る気だったのか?」
トージューローさんが呆れた声を出す。
「貴方が突っ込んでくると分かっていましたから。ああ。でもユリエが一緒なのは想定外でした」
そんな困った顔で見つめないでください、キクノ様。そういう作戦だったのです。
「うちのチームの砦に向かった人たちは大丈夫かしら?」
「無事だ。砦に辿り着いてマルグリットが誘導しておる。すぐに森を脱出できるだろう。むっ! 王太子の小僧だけは残っている」
神の眼は万能だ。そんなことまで分かるらしい。
先ほどから「帰れ! 帰らない!」の応酬だ。
「だから! 王太子が危ないことに首を突っ込むな! この国の後継者にもしものことがあれば、俺たちの首だけではすまないんだぞ!」
「クリスが巻き込まれたのだ。妹が危険な目に遭っているかもしれないのに、私だけ帰るわけにはいかない!」
トージューローさんと王太子殿下が言い争っているのだ。トージューローさんに至っては敬語を使うのも忘れている。ヒノシマ国の王族だから対等な関係ではあるが……。
ダンジョンに向かう王太子殿下を引き止めて、森を脱出するように諫めたのだが、頑として譲らない。こんなところはクリスとそっくりだ。
「それより、リオとキクノ先生をこんなところに連れてきて、貴方は何を考えている?」
「こいつらはそこらの冒険者より腕が立つから戦力になる」
あ~あ。それを言っちゃうの? トージューローさんは相当、頭に血が上っているようだ。
そこですかさずキクノ様がフォローに入る。
「レディ扱いをしていただけるのはありがたいのですが。あたくしは外交官として危険な目に遭ってまいりましたので、実戦経験があります。ユリエはお兄様が心配だそうです。ねえ、ユリエ」
「あ。はい。そうです。それに私もトージューロー先生の弟子です。お役に立つと思います」
「リオは剣術の心得があるのか? クリスも密かに素振りをしていたようだが、二人で『風の剣聖』の下に弟子入りをしていたのか?」
ぶつぶつと呟いている王太子殿下。クリスが密かに素振りしているところを見ていたのか。
正直、王太子殿下には剣術の心得があることは内緒にしておきたかったのだが、遅かれ早かれバレるだろう。
「それならば、なおさら私も行く!」
なぜ、そうなる?
こうなったら、ダンジョンの入り口で王太子殿下を気絶させるかと物騒な相談をしているトージューローさんとキクノ様を横目にする。
「リチャード様。いいえ、王太子殿下。ここで引き返してくださいませ。臣として、この国の王太子であられる方を危険な目に遭わせるわけにはいかないのです」
無駄とは思いつつも、もう一度王太子殿下を諫めてみる。
「リオ。君が心配してくれるのは嬉しい。だが、王太子であればこそ、行かなければならない。巻き込まれたのはクリスだけではない。ジークもいるし、他の生徒もいる。フィンダリア王家の者として、我が国の国民を見捨てるわけにはいかないのだ」
王太子殿下も立派にフィンダリア王家の家訓を守っているのね。
前世で王太子殿下はこの時点ですでにシャルロッテの虜になっていた。おそらくはシャルロッテのスキル『魔性の魅惑』のせいだろう。
このまま何事もなければいい国王になると思うと、なおさら行かせるわけにはいかない。
『レオン。クリスたちは無事かしら?』
しきりにダンジョンの方を窺っているレオンに念話を送る。
『まずいな』
『え! クリスたちに何かあったの?』
『クリスたちは大丈夫だ。問題は最下層まで落とされたということだ』
『大問題じゃない!』
何層あるか分からないダンジョンの最下層に落とされたというクリスたちを案じていると、ダンジョンの入り口に到着してしまった。
ダンジョンの入り口は洞窟のようになっており、暗い口をぽっかりと開けていた。
「マッピングもされていないダンジョンだ。何層あるか分かるか? 菊乃」
「深そうですね」
トージューローさんとキクノ様が逡巡していると、王太子殿下がダンジョンの入り口に手をかける。
「迷っていても仕方がない。進むしかない」
「待て! これだから坊ちゃん育ちは困る!」
トージューローさんが王太子殿下の肩を掴む。
「他国とはいえ、貴方も王族だろう!」
王太子殿下はトージューローさんの手を振り払う。
「俺はガキの頃から修羅場を踏んできているんだ! 箱庭育ちと一緒にするな!」
もうこの二人はどうしようもない。
すると後ろから助け舟が入る。
「遅れてすまない。魔法学院の生徒が迷い込んだというダンジョンはここか?」
聞き覚えがある玲瓏な声。この声は……。
「シルフィ様!」
「ユリエではないか! 久しぶりだな。ん? 背が伸びたな」
竜神族の姫シルフィーネ様は私の姿を見ると、抱き着いてくる。
「魔法院が要請した冒険者はシルフィ様だったのですか?」
「そうだ。もう安心だぞ」
「シルフィ様。クリスとお兄様がダンジョン出現に巻き込まれて!」
「何!? クリスとジークが迷い込んだのか? 行くぞ! ロン。盟友たちを助けるのだ」
そこで初めてシルフィ様の隣に立っている長身の青年に目が行く。
黒いフードに隠れて顔はよく分からないが、黒い前髪だけがフードの隙間から覗いている。
「シルフィ、待て。銀髪の娘、ユリエだったか? ちょっとこちらに来い。情報が欲しい」
私はシルフィ様がロンと呼んでいた青年にあっという間に引っ張っていかれる。
トージューローさんたちから少し離れたところでロンは私に語りかける。
「時の神の加護を受けし娘よ。時間がない。手っ取り早く用件を言うぞ」
この人、私が時の神リュウに魔法を授けてもらったことを知っている。
「『転移魔法』は使えるな?」
「はい。まだ遠距離の転移はできませんが」
『転移魔法』は膨大な魔力が必要なのだ。三年間、試行錯誤の末、こればっかりは経験を積むしかないと悟った。
「そうか。それならば話は早い。ダンジョンの入り口に魔法陣を敷いておく。『転移魔法』の魔法陣だ。俺たちが潜っている階層まで転移できる。時間を置いてくるといい」
「『転移魔法』を使えるのですか? 貴方はいったい……」
ロンが手を口にあてて、「しいっ」と言う。振り返ると、王太子殿下がこちらに歩みよってくる。何やら険しい顔をしていた。
「リオ。情報は話し終えたか?」
「はい」
「そうか。ではもう用事は終わったね」
王太子殿下は私の手を掴むとぐいっと引っ張る。
何だか今日は引っ張られてばかりだ。
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)




