85.侯爵令嬢は元・土の女神の訓練を受ける
クリスに「お花を摘みに行くので、先に訓練所に行っていて」と言われたので、先に中庭の訓練所に向かっている。レオンを肩に乗せたままで……。
ちなみに花摘みとはお手洗いに行くことだ。
魔法訓練所に移動すると、キクノ様が何やら準備をしていた。
生徒は私一人しか来ていないようだ。
「キクノ様……キクノ先生。何をしていらっしゃるのですか?」
「ああ、ユリエですか。早いですね。的の用意です」
丸い板には中心に小さな丸が書いてある。サイズはペンの先が刺さるほどで、限りなく小さい。丸の中には「当たり」と書いてあった。
「お手伝いしましょうか?」
「ありがとうございます。それでは的をあの壁に貼りつけていただけますか?」
キクノ様から的を受け取る。とても軽い。
「この的の素材は何ですか?」
「粘土です。ただし、いろいろと魔法を付与してありますので軽いです」
的の鑑定をしてみる。結果は『絶対に当てられない粘土の的・元土の神の加護付き』だった。
「……この的、いろいろとまずくないですか?」
「普通の『鑑定眼』では見えませんので、大丈夫です」
「魔法が跳ねる的や吸収される的もあるな。人間相手に大人気ないのではないか?」
レオンも神眼で的を鑑定したようだ。しかも的は一枚一枚別の魔法が付与してあるらしい。私はキクノ様の考えが分からず、首を傾げる。
レオンはいろいろとキクノ様に質問を投げかけている。他の生徒たちはまだ来ていないので、レオンがしゃべっても大丈夫だろう。
「聖獣さんは黙っていてください」
キクノ様に笑顔で凄まれ、むっとレオンは眉を顰める。
私は無言で的を等間隔に壁へ貼りつけていく。
「キクノ先生。終わりました」
「ありがとうございます。この的を攻略するのは、本気を出したユリエとクリスくらいでしょうね。楽しみです」
的を貼り終わった後、それはいい笑顔でキクノ様が宣った。
Aクラスの生徒が全員中庭の訓練所に集まると、キクノ様が集合の号令をかける。
「それぞれ得意な攻撃方法を使って、あの的を攻略してください」
「え? 真ん中小さくないですか?」
早速、生徒から的の真ん中について指摘が入る。何せそれはもう小さな黒丸しか書かれていないからだ。「当たり」という文字にいたってはまるで豆粒のようにしか見えない。
「真ん中に当てなくても構いません」
「それは壊してもいいということですか?」
「いいですよ」
その時、私は見た。キクノ様が質問した生徒に一瞬だけ挑戦的な眼差しを向けたのを……。
その眼は「壊せるものならどうぞ」と言っているかのようだった。
私はクリスにこっそりと耳打ちする。
「クリス。あの的攻略難度が高いわよ」
「え? あ、本当だ」
クリスはこっそり鑑定したようだ。普通の『鑑定眼』では正しい鑑定はできない。しかし、クリスは普通を超えている。
「何よ、あれ。ずるくない?」
『ふむ。キクノめ。魔法戦の何たるかを教えるつもりか?』
レオンの念話が響く。
『どういうこと? レオン』
『今の人間は魔法戦など行ったことがないだろう?』
フィンダリア王国は二百年間ずっと平和だ。他国からの侵略もない。
『冒険者でもない限り、魔法を使って戦うことはないわね』
『最終日の魔法戦はリオが考えておるものとは違うものかもしれぬ』
的はいまだ誰も攻略できていない。
皆の魔法が劣っているわけではない。むしろ、強力な魔法を使う生徒もいる。
だが、的はびくともしない。
「わたくし、あれの攻略法分かったかも?」
クリスはすでに的の攻略方法を見いだしたようだ。
私も一生懸命考える。得意な攻撃方法? 攻略法が違う的?
「あ! ひらめいた!」
クリスと私の順番が回ってきた。
「それでは、二人とも用意はよろしいですか?」
キクノ様の口の端が上がっている。試されているのだ。
「始め!」
キクノ様の合図とともに魔力を練る。
攻略法はこれしかないでしょう!
「『風魔法』風の精霊の歌!」
先にクリスが『風魔法』を放つ。だが、狙ったのは的ではなく、壁だ。壁に当たった風は音となり反響する。反響した壁の部分に貼りつけてあった的が全部割れる。
私も魔法を放つ。
「『植物魔法』樹木の拳!」
魔法訓練所に植えられていた樫の木の力を借りる。樫の木の枝は人の拳の形となり、的を砕く。
しばらくすると、クラスメイトたちの拍手が訓練所に響く。
「お見事です。クリス、ユリエ」
キクノ様も拍手をしながら、クリスと私に賛辞を贈る。
「でも、どうやっても攻略できなかった的が、なぜ?」
クラスメイトたちの疑問にはキクノ様が答える。
「クリスは音で、ユリエは打撃で物理的に攻撃を加えたのです」
それぞれの的は攻略法が違う。共通点はただの魔法では的には当たるどころか弾かれてしまう。それならば、的の真ん中を破壊する魔法を使えばいい。ペン先ほどの「当たり」が書かれた場所が弱点だ。
キクノ様が加護を付与したのは、おそらく粘土が割れて周りに被害を出さないためだろう。それを証拠にクリスと私が割った的は粉々に砕けて、土に還った。
からくりをキクノ様が生徒たちに教えると、ブーイングが起きた。
「ずるい! それでは魔法は当たらないじゃない」
「物理攻撃なら当たるなんて教えてくれなかったし」
キクノ様はすうと目を細めると「ずるい?」と低く呟く。しかし、生徒たちを黙らせるのにはそれで十分だった。
「あたくしは得意な攻撃方法で攻略してくださいと最初に言いましたよ。それは魔法でも武器を使っても構わないということです。それに魔法の戦いでは誰も相手の特性など教えてくれません。『鑑定眼』や鑑定の道具を持っていない限りは……」
『鑑定眼』や鑑定の道具を持っている人は少ない。あらかじめ準備をしておければいい。だが、そうとは限らない。つまり、いきなり魔法で戦いを仕掛けられたら、対処できないのだ。
「大事なのは相手の攻撃を見極めることです。相手が魔法を弾き返す術を持っていたら、どうしますか?」
その問いには誰も答えられない。
「最終日の魔法戦は相手の魔法属性は分かっても、どんな攻撃を仕掛けてくるかは分からないのです。未知の相手と戦う時にはまずは情報を素早く解析することです」
そこでキクノ様は一旦言葉を切ると、にっこりと微笑む。
「最終日までいろいろと叩きこみますから、覚悟しておいてくださいね」
クラス全員が凍り付いたのは言うまでもない。
教室に戻る前にクリスと私はキクノ様に呼び止められる。
「貴女方の機転は見事でしたが、彦獅朗から教えられた剣術を使いませんでしたね。なぜですか?」
物理的な攻撃であれば、剣で突くか斬れば簡単だった。トージューローさんから教わった剣術は魔法戦でも十分に通用する。
小太刀はミスリル製だし、魔法戦には有利だ。
ましてや、キクノ様は魔法を使ってとは一言も発していない。
「それが……今、小太刀を魔道具に改造中なのです」
ソータローさんに小太刀を預けてあるため、手元にないのだ。
「……そうですか。それは仕方がありませんね。オリエンテーション中は小太刀が使えないということですね」
キクノ様は腑に落ちたというように頷く。
「今回は明らかに実力差がある相手との魔法戦です。不測の事態に陥った場合を考えておいた方が良さそうですね」
「キクノ様、今回の魔法戦はどういった内容なのですか?」
クリスが探りを入れる。
「それは明後日までのお楽しみです」
にっこりと微笑み、キクノ様は訓練所を去っていった。
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)