81.侯爵令嬢はいろいろとあって疲れました
頭を上げて座るようにとトージューローさんに促される。
「それとおまえたちにはもう一つ話がある」
ソファに座り直すと、私は居住まいを正す。
「何でしょうか?」
「シャルロッテのことだ。今年は魔法学院に入学していないそうだ」
クリスが調べると言っていた件が意外な形で判明した。
「え! なぜですか?」
「それとなく探りを入れてみたんだけどな。家の事情で入学を遅らせるそうだ」
前世でシャルロッテは十三歳で魔法学院に入学していた。ところが今世では入学を遅らせるという。いやな予感がした。
「ねえ。もう一人の時間戻りした人間ってシャルロッテではないの?」
ふと、クリスが最悪な推測をぶつけてくる。
「でも、私のように記憶持ちであれば、すでに『略奪魔法』を発動していると考えるのが妥当じゃない?」
「例えばの話よ。つい最近記憶が戻ったとか?」
「待って! そうであれば、私が魔法属性判定で『光魔法』持ちでないことが分かっているのよ。あちらから何か接触があるのではないの?」
なぜ魔法属性が変わっているの? 貴女も時間戻りをしてきたの? と……。
クリスと推論をぶつけあっているとレオンが間に入ってきた。
「そう決めつけるのは早い。まずは様子見だ」
「そうですね。あちらが接触してきた場合の対処方法でも相談しましょう」
なぜシャルロッテは入学を遅らせたのだろう?
前世とは展開が違ってきている。
私が魔法属性を変えたように、シャルロッテにも何か変わったことがあったのだろうか?
いろいろと疑問が尽きない。
「リオ、何を考えておる?」
「ちょっとね。いろいろ考えすぎてしまって……」
悪い方向へと思考が傾いてしまう。
レオンはオッドアイの瞳でじっと私を見つめる。
「何? レオン」
「我はリオをずっと見てきた。おまえが暗い顔をしている時は、悪い方向へと思考が傾いている時だ。もう一度聞くぞ。リオ、何を考えていた?」
ずっとか。そういえば、七歳でレオンと出会ってから六年。「ずっと一緒だ」と約束したレオンは、私との約束をたがえず、ずっと一緒にいてくれる。
病める時も健やかなる時も……。
「いやだ! これでは結婚の誓いみたいじゃない!」
「どこまで飛躍しておる!」
思ったことを気づかずに口にするのは私の悪い癖だ。
「あらあら。おしどり夫婦のコントみたいですね」
キクノ様が生暖かい目でレオンと私を見ている。
クリスは笑っているし、トージューローさんは呆れていた。
「まあ、今はよい。後でじっくり聞くことにしよう」
ふっと息を吐くと、レオンはお茶とお菓子のおかわりをキクノ様に強請っていた。
タウンハウスに帰ると、お兄様が出迎えてくれた。
クリスは王宮から大使館へ迎えが来ていたので、そこで別れた。
お兄様は今日学院で生徒会の集まりがあり、朝からいなかったのだが、どうやら私より先に帰っていたらしい。
「おかえり、リオ。レオン様」
「ただいま。お兄様。早かったのね」
既に私服に着替えているから、早めに帰ってきたのだろう。レオンはタウンハウスに帰るなり、猫姿に戻った。
よし! 早速もふもふだ。
「早めに会議が終わったからね」
生徒会の役員は成績上位者が選ばれることが多い。
魔法学院で生徒会に属した者は出世が早いらしい。
宰相補佐官のジョゼフ様がいい例だ。マーカスライト侯爵家の嫡男であるジョゼフ様は、三年間生徒会長を務めた手腕を見込まれ、宰相補佐官見習いに抜擢されたとか。
成績上位者はSクラスが多い。
ちなみにお兄様はSクラスだ。強力な『風魔法』と巧みな剣術が使える。属性が一つでも特殊なスキル持ちであったり、将来騎士団や魔法院にスカウトされそうな生徒はSクラスになることもあるのだ。
「それよりリオ。今年のオリエンテーションの内容は聞いたかい?」
「ええ。最終日に魔法戦があるのよね?」
懐にレオンを抱えてもふもふしながら、お兄様とサロンに移動する。
「僕もオリエンテーションに参加するんだ。師匠についてこいと言われたし、リオが心配だからね」
お兄様はトージューローさんが私のクラスの担当教師になったことを知っている。
「私は大丈夫よ。でもお兄様が参加してくれるのならば心強いわ」
剣の腕前はトージューローさんのお墨付きだ。私より先に免許皆伝をもらっているし。
さらに二人で秘密の特訓をしていたから、お兄様の真の実力はかなりすごいのかもしれない。
「お兄様。クリスと私ね。今日トージューローさんから免許皆伝をもらったの」
大使館でトージューローさんから受け取ったミスリルの小太刀をお兄様に見せる。
「おめでとう、リオ。すごいね。その小太刀ちょっと見せてもらってもいいかな?」
「どうぞ」
私から小太刀を受け取ると、お兄様は刀身を鞘から抜き眺める。
「軽いね。ミスリルはよく斬れるから取り扱いに気をつけるんだよ」
私に小太刀を返すと、お兄様は何かを思い出したような顔をする。
次にお兄様から出た言葉は私にダメージを与えるのに十分なものだった。
「それとね。王太子殿下も参加することになったよ」
なんですと!?
◇◇◇
「なんていう顔をしているのよ、リオ」
授業を終えた後、Sクラスのトリアとアンジェと合流して、四人でカフェに来た。アヤノさんのお店だ。
「え?」
アンジェの問いかけに我ながら、間抜けな返事をしてしまった。
「目の下にくまができているわ。寝不足?」
トリアが心配そうに私の顔を覗きこんでくる。
向かい側に座っているクリスは何となく察しがついているようだ。訳知り顔をしている。
彼女も王太子殿下からオリエンテーションのことを聞いたのだろう。
「まあ、ちょっと眠れなくてね」
お兄様からオリエンテーションに王太子殿下も参加すると聞いて、いろいろ考えていたら朝になっていたのだ。ただでさえ、シャルロッテの問題もあって考えがまとまらないのに。
「まあ、そんな時にお誘いしてよかったのかしら?」
トリアがおろおろしている。ストロベリーブロンドが美味しそうだ。
「大丈夫よ、トリア。気分転換したかったの。お誘いありがとう」
今日はトリアとアンジェが誘ってくれたのだ。入学式の時の埋め合わせだ。
「それにしても雰囲気のいいお店ね」
友達を連れてきたということで、アヤノさんが喜び、またもや個室に案内してくれたのだ。
「トージューロー先生の幼馴染のお店なのよ」
「Aクラスの担当教師は『風の剣聖』様なのよね。ちらっと見たけれど、精悍で素敵よね」
トージューローさんはアンジェの好きなタイプなのだ。アンジェは強い殿方に魅力を感じるという。
「そういえば、オリエンテーションの内容は聞きましたか?」
トリアが自身の髪色のような美味しそうなイチゴ色の生菓子をキラキラした瞳で眺めながら、オリエンテーションの話題を出してくる。
「聞いたわよ。提案したのは絶対トージューローよね」
クリスが毒づく。
「クリスとリオは『風の剣聖』様の手ほどきを受けたのよね? 手合わせした時の二人の実力はすごかったわ」
「アンジェの剣の腕前も相当にすごかったわ」
先日、放課後にこっそりと練習場を借りて、アンジェと剣の手合わせをした。アンジェの剣の腕前はかなりのものだ。さすがは毎日マルグリット様と剣の稽古をしているだけのことはある。
アンジェの生家、アッシュベリー侯爵家は武の名門なのだ。アンジェのお父様アッシュベリー侯爵はフィンダリア王国騎士団の団長を務めている。
「グランドール侯爵家は元々、国境を守っていた家柄よね? それで今でも剣術を学んでいるの?」
今は平和な時代だけれど、マリオンさんがグランドール侯爵家の当主だった時代は隣国との諍いが絶えなかったのだ。
マリオンさんは決して武に秀でていたわけではない。どちらかというと戦略家だったのだ。彼女にとって一番大事なのは領民だ。
他の領主が領民から兵を募る中、マリオンさんは民を武力として使うことはしなかった。
いかにして領民を守るか。それしか頭になかった。
優しすぎる領主だったのだ。
おかげで大規模な『転移魔法』を行使して命を落とした。それが二百年前の私だけれど。
同じ立場である時に私はマリオンさんと同じ事ができるだろうか?
「リオ! 聞いている?」
クリスの声ではっと我にかえる。
「ごめんなさい! どうして剣術を学び始めたかよね?」
どうも考え事に没頭することが多くなった。友達との時間を大切にしないといけない。
「きっかけはトージューローさんとお兄様が稽古をしている時だったわ。こんな風に剣をふるうことで何かを守れるといいなと思って。あと、必殺技が格好良かったの!」
「後者が本当の理由でしょう? わたくしはそうだったもの」
クリスが茶化す。後者が大きく割合を占めるのは確かなので、何も言い返せなかった。
「失礼します。こちらは当店のパフォーマンスとなります」
アヤノさんが透明な鉢を持って、個室に入室してきた。
鉢の中には水色をベースとしたグラデーションの液体が入っている。
「きれいな色ですね。液体は何を使っているのですか?」
「色は怪しいですけれど、これでもフルーツジュースです」
今日のアヤノさんの対応はしっかりとしている。
トリアとアンジェがいるからかしら?
「フルーツジュースですか? どういった配合をするとこういう色になるのですか?」
トリアが興味を持ったようだ。
「企業秘密です。それでは始めさせていただきますね」
アヤノさんがテーブルの中央に鉢を置き、糸でくるんだ何かを手に持つ。
あれってもしかして?
糸でくるんだ何かを鉢の中に沈めると、液体の中に赤い魚が現れる。
赤い魚はフリルのような尾がついていてきれいだ。魚はまるで泳いでいるように揺れる。「金魚」というそうだ。
「きれい! もしかして工芸茶の応用ですか?」
工芸茶というのはイーシェン皇国の産物だ。
以前、私がテレーズさんのマネをして作った花咲茶は工芸茶の応用なのだ。
「当たり! ユリエは何でも知っているのね」
急にお客様対応が崩れた。アヤノさんは喜怒哀楽が豊かな人なのだ。
クリスとトリア、アンジェも鉢の中を見入っている。
「あれ? レオンがいない」
「ああ。猫ちゃんなら宗太郎と遊んでいるわ」
ソータローさんとレオンが遊んでいる? 何だか想像ができない。
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『妖精姫ともふもふな妖精猫の王様~妖精の取り替え子と虐げられた王女は猫の王様と冒険がしたい~』