80.侯爵令嬢は師匠から小太刀を贈られる
今回は少し長めです。
学院に通い始めてから一週間ほど経った頃、放課後、トージューローさんに呼び止められた。
クリスとタウンハウスに帰ろうとした時だった。
明日は休みなので、クリスが今夜からタウンハウスに泊りにくる予定なのだ。
「明日は休みだろう? 二人ともヒノシマ国の大使館に来い」
「何よ。あ! まさかデートの誘いとか?」
クリスがトージューローさんをからかう。
「アホ! そんなわけあるか! 渡したいものがあるんだ」
「渡したいものですか? 何でしょうか?」
トージューローさんは一瞬考えるように手を顎に乗せる。
「それは……明日来れば分かる」
◇◇◇
「渡したいものって何かしら?」
夜、ベッドでクリスと女子会をしていると、明日のことが話題に出る。
「さあ? でもヒノシマ国の大使館に行くのは楽しみよね。初めてじゃない?」
クリスは楽しそうに足をバタバタとさせる。
「そういえばそうよね。いつもキクノ様がこちらに訪ねてきてくれていたから、行く機会がなかったわね」
大使館は治外法権なので、ほいほいと訪問することができない。
明日はトージューローさんが来いと招待してくれたので、たぶん大使館に入ることができるだろう。
レオンは枕元で尻尾を揺らしている。
「おまえたち、そろそろ休め。もう遅いぞ。明日ヒノシマ国の大使館に行くのだろう?」
「やっぱりというか。もふもふ君は今でもリオと一緒に寝ているのね」
「いつも一緒だとリオと約束したからな」
揺れていたレオンの尻尾を掴むと、クリスはにやりと笑う。
「本当にそれだけ?」
「どういう意味だ?」
掴まれていた尻尾をするりとクリスの手から取り返す。
「さあね。もふもふ君は胸に手を当てて考えてごらんなさい」
枕をぽんぽんと叩くと、クリスは布団の中に潜り込む。
「おやすみ、リオ。もふもふ君」
「おやすみ、クリス」
レオンはこてんと首を傾げて、肉球を胸に当てている。その仕草を横目に私も布団に潜り込む。
「レオン、おやすみなさい」
うむとレオンは頷く。薄目をあけてレオンをちらっと見ると、まだ胸に肉球を当てていた。
翌日、ヒノシマ国の大使館を訪問するため、朝食後にタウンハウスを出発した。
大使館は王宮の近くに建てられているので、タウンハウスから少し距離がある。お兄様に昨日お願いをして、馬車を出してもらったのだ。
今は社交シーズンではないので、お父様はタウンハウスにいないのだ。お兄様は今年社交界デビューするので、当主代理の権限をお父様にもらっている。タウンハウスではお兄様が法律なので、馬車の使用許可をもらったというわけだ。
門の前で馬車から降りると、キクノ様がカーテシーをして出迎えてくれた。
「本日はようこそいらっしゃいました。クリスティーナ王女殿下、カトリオナ嬢」
敬称で私たちを呼ぶということは、どうやら賓客として迎えられたようだ。
てっきりトージューローさんが門の前にいて、「よう」と手を上げながら、出迎えてくれるかと思った。
私たちは略式のカーテシーをして答える。
「本日はお招きいただきありがとうございます」
「大使自らの出迎えありがたく思います、キクノ様。トージューローはもう来ていて?」
クリスの問いかけに対して、キクノ様はにこりと微笑み、「はい」と頷く。
「ご案内いたします。どうぞ、こちらへ」
馬車は大使館に駐留している厩舎係に任せて、キクノ様の後をついていく。
大使館の外見はフィンダリア王国式の佇まいだ。
キクノ様に促されて、大使館に足を踏み入れると、中もフィンダリア王国の貴族の屋敷のエントランスに似ている。
「外見も中もヒノシマ国式ではないのですね?」
「はい。こちらを訪問するのは、この国の方が多いので。ですが、あたくしたちが住む居住区はヒノシマ国風ですよ」
キクノ様は先導しながら、私の疑問に答えてくれる。
応接室に入ると、トージューローさんがソファに座ってお茶を飲んでいるのが見える。
「よう。二人とも来たな」
クリスと私が応接室に入室すると、手を上げていつもどおりのぶっきらぼうな挨拶をしてくれる。
「ところでレオン。もう姿を隠さなくても結構ですよ」
応接室の扉を閉めると、キクノ様が私の横に向かって話しかける。
「気づいておったのか」
「これでも元神ですので」
すっとレオンが姿を現す。猫姿だ。
大使館には初めて訪問するということで、念のため、レオンには姿を消してもらっていたのだ。
「どうぞお掛けになってください」
応接室もフィンダリア風のインテリアで整えられている。床はしっかりとしたオーク材で、壁紙は優しいアイボリー。カーテンとソファはロイヤルブルーだ。暖色と寒色のコントラストが上手くマッチしている。
「素敵なインテリアですね。キクノ様が選ばれたのですか?」
「いえ。ローラと相談しながら揃えました。こういったセンスに彼女は長けていますので」
そういえば、どことなく『サンドリヨン』の店舗に使われているインテリアとデザインが似ている。
ローラ監修の下、大使館のインテリアを整えたとキクノ様は続ける。
キクノ様は応接室の隅に備えられているサイドボードからお茶のセットを取り出すと、準備を始める。お茶出しの準備をしているのだろう。
「キクノ様、お手伝いをしましょうか?」
「ユリエはお客様ですから、どうぞ座っていてください」
にっこり笑顔で制されてしまった。
そういえば、客として招かれたことをすっかり忘れていた。
つい、この面子だとタウンハウスにいるような感覚になってしまう。
「どうぞ。普段は緑茶を出さないのですが、ユリエたちは特別ですから」
カップは持ち手のないヒノシマ国の焼き物だ。紅茶とは違ういい香りがカップから漂う。
「昨日、ヒノシマ国から届きました。最高級の玉露です」
「玉露を出したのか? クリスとユリエはまだ子供だぞ。苦いんじゃないか?」
トージューローさんは七歳の頃から私たちを知っている。そのせいなのか? いまだに子供扱いだ。
「失礼ね! ヒノシマ国では十二歳で成人なのでしょう? わたくしたちはもう十三歳なのよ。あと二年で成人するのよ」
クリスが反論する。
カップの中を覗くと、緑茶より濃い緑色をしている。
「彦獅朗の玉露に対する認識は間違っています。むしろ玉露は甘くまろやかです。さあ、まずは香りを楽しんでください」
キクノ様に勧められて、カップを手に取る。
カップから漂う香りはものすごくいい香りだ。
一口玉露を含んでみる。口いっぱいに葉の香りとまろやかさが広がる。
「香りも良くまろやかで美味しいです。最高級というだけはあります」
クリスも玉露を飲んだ後は意外だという表情が顔に出る。
「緑茶より甘くてまろやかよ。トージューローは嘘つきね」
「何だと!?」とトージューローさんが腰を浮かせる。
レオンは少年姿になると玉露を飲みながら、お茶請けのお菓子を頬張っている。
「むっ! この菓子は先日行ったカフェの味だな」
レオンが手にしているお菓子は生菓子だ。
「ああ。この間行ったヒノシマ国の方が営んでいるカフェね」
「あら。彩乃の店に行ったのですか?」
お茶請けのお菓子はアヤノさんのお店のお菓子なのか。さすが食いしん坊のレオンだ。
「そういえば、キクノ様とアヤノさんはご友人なのですよね」
先日、アヤノさんのカフェに訪れた時のことを話す。
「あらあら。それは彩乃が粗相をしたようですみませんでした。彩乃はあのとおりの性格ですので、悪気はないのですが……」
「トージューローのあだ名は『ひこ』なのよね」
クリスがによによしながら、トージューローをからかう。
トージューローさんは飲んでいたお茶でむせたようだ。
「ゲホッ! 彩乃のやつ」
「ではあたくしのことも『きくのん』と呼んでいましたか?」
「はい。可愛いあだ名ですよね」
しかし、キクノ様の背後に炎がごおっと燃えているのが見えた。
もしや、怒っていらっしゃる? 顔に微笑みを浮かべているのが余計に怖い。
「そうですね。可愛いですよね。でもお客様の前では控えろとあれほど言っておりましたのに。ふふふ。これはおしおきですね」
背筋に冷たいものが走る。
キクノ様のおしおき……。考えただけでも恐ろしい。
「あのアヤノという娘。キクノを怒らせたことは一度や二度ではあるまい。よく今まで無事だったものだ」
そう言うとレオンはぶるりと身を震わせる。
この先、何があってもキクノ様だけは怒らせてはいけない。そんな気持ちにさせられた。
トージューローさんがふむと腕を組む。
「もしかして、宗太郎とも会ったのか?」
「はい。アヤノさんの旦那様だそうですね。温厚な方でした」
「それならば、話が早い。まずはこれを受け取れ」
トージューローさんは二振りの小太刀を差し出すと一太刀ずつ私たちの前に差し出す。
クリスと私は差しだされた小太刀を受け取る。トージューローさんの大太刀の半分くらいの刀長だ。鞘の部分には小柄が取り付けられている。小柄というのは仕込み刀のことだ。
「軽いわね」
クリスが小太刀をくるくると回して見ている。言われてみれば、木刀と比べるとかなり軽い。
「この刀に使われている金属は何なのですか?」
「ミスリルだ。緑のドラゴンが抱えていたインゴットから鍛えたものだ」
ミスリルは魔法と相性がいい金属で、鋼より高い強度を持ち、羽根のように軽いと言われている。
「抜いてみてもいいですか?」
問いかけるとトージューローさんは頷く。
刀身を抜くと銀色に輝く。この国の剣とは違い、片刃で刀身は少し反りがある。
「きれいね」
「刃には触るなよ。一瞬で指がなくなるぞ」
刃の部分を触ろうとして、慌てて手を引っ込める。
危なかった! 指が落ちても『神聖魔法』でくっつけることはできるけれど、痛いのは嫌だ。
「ミスリルは銀の性質を持っておる。アンデットに対しても有効だ」
銀は聖なる力を宿していると言われている。アンデット系の魔物を倒す時の武器には銀が使われているのだ。
「気に入ったか?」
「ええ、きれいな刀ですね」
トージューローさんは満足そうな顔で微笑む。
「鞘は特に華美な装飾はしなかったぞ」
柄も鞘もシンプルな黒だ。
「使うときは実戦になると思いますから、目立たない方がいいです」
「とりあえず、二人とも免許皆伝だ。この小太刀は師匠である俺からの贈り物だ」
お兄様はすでに免許皆伝で、二年前トージューローさんから一振りの太刀を贈られた。インゴットを精製して鍛えられた太刀の材質はトージューローさんと同じヒヒイロカネだ。
「ユーリの太刀もそうだが、この小太刀は宗太郎が鍛えたものだ。手入れが必要な時は宗太郎の店でやってもらえ。あいつは鍛冶の神の加護をもらっているからな。腕は一流だぞ」
それで話が早いなのか。
「では、今日ここにわたくしたちを呼んだのはこれを渡すためだったのね」
「そういうことだ」
クリスと私は立ち上がると、トージューローさんに礼をする。
「「ありがとうございました! 師匠」」
あらためて弟子たちからお礼を言われて照れているのか、トージューローさんは髪の結び目をいじっていた。
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)




