77.侯爵令嬢は魔法学院へ入学する
フィンダリア王立魔法学院。これから私が五年間、学ぶために通学するところだ。
魔法院が運営するこの学院は王族、貴族の子女、平民と身分の差はなく、広く門戸が開かれている。
レンガで囲われた門を潜ると、正面に同じくレンガ造りの建物が目に入る。
この建物は校舎ではない。いわばモニュメントだ。
正面の壁には魔法院の象徴であるフェニックスの紋章が描かれており、訪れるものを迎える。
校舎はこのモニュメントを潜った向こうにあるのだ。
グランドール侯爵家のタウンハウスから学園までの道のりは案外近いので、徒歩で通うことになる。何より徒歩での通学は帰り道にカフェへ寄り道ができるという利点があるのだ。王都には美味しいスイーツの店がたくさんある。スイーツ食べ放題パスポートも購入したことだし、食べ歩きをしたい。
「レオンは聖獣舎へ預けないといけないかしら?」
入学式当日、お兄様と一緒に魔法学院の門を潜った私は肩に乗っているレオンに目を向ける。
公式の祭典では聖獣は聖獣舎に預ける決まりがある。入学式は公式な祭典にあたるのだ。
「う~ん。最近は小さい聖獣はみんな連れ込んでいるからね。レオン様は小さな猫姿だし、一緒に行ってもいいんじゃないかな」
前世ではそれほどゆるゆるな校則ではなかったと思うが、前世ではレオンはいなかったし、分からない。
先輩であるお兄様がこう言っていることだし、レオンは一緒に連れて行くことにしよう。
「そうね。注意されたら、レオンには姿を消してもらいましょう」
『当たり前だ。我を聖獣とはいえ獣と一緒にするでない』
レオンからの念話が頭に響く。さすがに話す聖獣はまずいだろうと言うことで、学院内では念話で会話してもらうことにした。
モニュメントを潜り抜けると、コの形に建っている校舎が見えてくる。
まずはクラス分けを見に行くことにした。
お兄様は生徒会の役員をしていて、入学式の準備があるという。
「お兄様、場所は分かるから大丈夫よ。生徒会のお仕事に行っていらして」
「うん。ではまた後でね、リオ」
ひらひらと手を振ると、お兄様は速足で中央棟に向かっていった。
入学式は中央棟にある講堂で行われるのだ。
一年生の教室がある西棟に行くと、既に自分のクラスを確認しに来た生徒たちが集まっていた。
人だかりの中を進むとクラス分けの掲示板が見える。私はと……Aクラスだ。思ったとおりだった。
ついでにクリスのクラスも確認すると、同じクラスだった。彼女は入学式で新入生代表の挨拶をしなければいけないので、先に講堂へ行っているはずだ。
新入生代表の挨拶は入学前の学力テストで首席をとった者が務める。今年はクリスが首席を取ったのだ。
ちなみに私は次席だった。クリスには「手を抜いたでしょう!」と責められたが、実力だ。だって、前世と問題が違っていたのだから仕方がない。
「リオ!」
後ろから私を呼ぶ声がする。振り返ると、トリアとアンジェが手を振っている。
「トリア。アンジェ。ごきげんよう」
スカートをつまみ、軽く礼をする。
「ごきげんよう、リオ。クラスはもう見てきたの?」
元気なアンジェに続き、トリアも控えめに「ごきげんよう」と挨拶を返してくれる。
「ええ。Aクラスよ」
トリアとアンジェは残念そうに肩を落とす。
「残念だわ。私たちはSクラスなのよ」
「同じクラスだと嬉しかったのだけれど、クラスが違ってもわたくしたちと仲良くしてね」
もじもじとトリアが頬を染める。
三ヶ月前に王都へ来た時、クリスが一度お茶会を開いたのだ。トリアとアンジェもお茶会に招待されていて、その時に再会したのだ。
トリアは三年前よりさらに美しさに磨きがかかっていた。華やかな見た目に比べて性格は相変わらず大人しいけれど……。アンジェは背が伸びて、なんと言うか精悍になった。
入学前の魔法属性判定で『水魔法』が使えるようになったトリアと特殊なスキルを身に着けたアンジェはSクラスに入ることが決まっていた。
「ええ。もちろん。私たち友達だもの」
お茶会の時にさらに友情を深めたからね。
「ところで肩に乗っているのが、リオの聖獣? 可愛いわね」
「もふもふ……もふもふ……尊い」
二人とも顔が緩んでいる。
「ええ。レオンというのよ。よろしくね」
「撫でてもいい?」
既に手がわきわきしている、アンジェ。
ひたすら「もふもふ、尊い」と拝んでいるトリア。
『レオン、二人に触らせてあげてもいい?』
『ふん! まあ、よかろう。おまえの親友たちだから特別だぞ』
レオンに念話で問いかけると、許可がおりた。
「どうぞ、撫でてやって」
レオンを肩からふところに抱えなおす。
おそるおそるレオンを撫でる二人だ。
「おお! 毛がふわふわ。よく手入れされているわね」
「絹のような手触りだわ。尊いもふもふ」
顔が綻んでいるアンジェと不審者になりつつあるトリアだった。
三人で近況を報告しながら講堂に向かう。
中に入ると、席はぽつぽつと埋まり始めていた。だが、身分が下の者は控えめに後ろの席に座っているようだ。この魔法学院では身分は王侯貴族、庶民に関わらず平等にという校則がある。それでもやはり貴族の中には矜持が高い者がいて、校則に完全に従っているわけではない。後ろの席に座っているのは、商家の子供か少し裕福な庶民の子供ばかりだろう。
「どこに座りましょうか?」
トリアとアンジェに聞いてみる。答えてくれたのはアンジェだ。
「なるべく前の席がいいわね。クリスの演説を目の前で聞きたいもの」
演説というか新入生代表の挨拶だけれどね。クリスの声は凛としており、良くとおる。発音もしっかりしているため、演説に聞こえるとアンジェは語る。
「そうね。クリスの雄姿を見てあげないといけないものね」
三人で顔を見合わせてくすくすと笑う。
階段状になっている席を下って、前の席に向かう途中、後ろから声をかけられた。
「まあ! 聖獣を公式の祭典に連れてきている方がいらっしゃいますわ」
「あら? なんと非常識な」
声の主はトレヴァーズ侯爵家の令嬢アデリーヌ様だった。取り巻きのご令嬢たち……失礼。ご友人たちとともに仁王立ちしている。
アデリーヌ様は前世と変わらない。良い意味で『ノブレス・オブリージュ』の塊のような方なのだ。悪い意味だと『矜持が高すぎる』と言ったところか。
私はカーテシーをすると、アデリーヌ様に挨拶をする。
「ごきげんよう、アデリーヌ様」
「わたくしをご存じですの?」
眉を顰めるアデリーヌ様。
「ええ。三年前の魔法属性判定後のお茶会でお会いいたしました。グランドール侯爵の長女カトリオナ・ユリエ・グランドールと申します」
「これは!? グランドール侯爵家ご令嬢のカトリオナ様でしたか。失礼をいたしました。わたくしはトレヴァーズ侯爵の次女アデリーヌ・オリビエ・トレヴァーズと申します」
我がグランドール侯爵家は公爵家に次ぐ家格なので筆頭侯爵家なのだ。当然トレヴァーズ侯爵家よりは上になる。
「無礼を承知で申し上げますが、講堂へ聖獣を連れて入るのはいかがなものかと思います」
レオンを連れていることで、何か言われるとは思っていた。想定内だ。
こういう時の対処方法は考えてある。声を発しようと思った時に思わぬ形で遮られた。
「何をしている?」という声とともに王太子殿下が現れたのだ。
すでに声変わりをしていて、私を断罪した時と同じ声になっている。だが、私はもう怖くない。それより「邪魔が入った」と内心で舌打ちをする。
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)