73.侯爵令嬢は親友を森のローズガーデンに連れていく
その夜は久しぶりにクリスと私の部屋で女子会をした。例のごとくベッドの上で寝転びながらなので、ベッドから追い出されたレオンはソファの上で丸くなっている。
「わたくしがいない間、何か変わったことはあった?」
「レオンとお兄様とライル様に手伝ってもらって、ローズガーデンの手入れをしたり、花咲茶の研究をしたりしていたわ」
「前に話していたローズガーデンね。行ってみたいわ」
明日、打合い稽古の後にローズガーデンの様子を見に行くことを話すと、クリスも行きたいと言ってくれた。
「あ! そういえば『光魔法』を持つ修道女に会ってきたわ」
「そうなの? フレア様が『光魔法』を授けたのは百年前でしょう?」
クリスにテレーズさんに会いに行った時のことを語る。エルフの血をひいているので、百年経っても生きていたこと、シルフィ様の鱗を渡してきたこと、そこで花咲茶を知ったことなど細かく話す。クリスは興味深そうに黙って聞いてくれた。
「鱗を渡したのは正解だったわね。できればその修道女をこの領で保護できるといいのだけれど」
「私もそう思ってさりげなく誘ったのだけれど、断られたの」
テレーズさんが『光魔法』の属性を持つ限り、シャルロッテに狙われる可能性が極めて高い。我が領にも修道院があるので、テレーズさんを誘ったのだ。だが、残りの人生はフレア様に『光魔法』を授けられたライオネス公爵領の修道院で過ごしたいというのが、テレーズさんの望みだった。
「次にシルフィ様の鱗をいただいたら、国王陛下と王太子殿下に渡しましょう」
「それはありがたい話だわ」
シャルロッテのスキル『魔性の魅惑』にも有効なシルフィ様の鱗を、今後彼女に関わる人々に渡すことを提案したところ皆賛成してくれた。
前世の二の舞にならないように。彼女のスキルに惑わされないように……。
「お前たち、そろそろ休め。明日からまた打合い稽古を始めるのだろう?」
ソファで丸くなっていたレオンがいつの間にか枕元に来ていた。
「久しぶりにリオと女子会をしているのよ。もう少しお話したいわ」
「でもレオンの言うとおりよ。私もクリスとたくさんお話したいけれど、稽古のために体を休めないといけないわ。それに、これからずっと一緒だもの。いつでも女子会できるわ」
早く寝ろというレオンに抵抗するように、クリスは枕元にいるレオンの尻尾をもふっている。
「そうね。とりあえず明日の朝、ローズガーデンに行くのが楽しみだわ」
「うん。お休みクリス、レオン」
「お休み。リオ、もふもふ君」
ベッドのサイドテーブルの照明を落とす。寝つきのいいクリスは既に寝息を立てている。私が眠りに誘われる前に「やっと寝たか」というレオンの呟きが聞こえた。
翌日、朝早くからローズガーデンの様子を見に行く為に、クリスと手をつないで歌を口ずさみながら森の道を進む。レオンは獅子の姿でクリスと私の前を歩いている。歌のリズムに合わせるように、尻尾がゆらゆらと揺れていた。思わず掴みたくなる衝動に駆られたが、我慢する。
「良い歌だな。何という歌だ?」
クリスと私が口ずさんでいる歌が気になったのかレオンが歩きながら、顔だけを後ろに向ける。
「吟遊詩人が歌っていたらしいわ。昨日クリスに教えてもらったの。乙女が湖のほとりで帰らぬ恋人を待つという内容よ」
「悲劇なのか?」
「わたくしが好きな曲調を奏でる吟遊詩人の歌は悲恋が多いわね」
クリスからこの歌を教えてもらった時、頭に思い浮かんだのは、レオンとマリオンさんだった。男女逆転だけれど、よく似た内容だと思ったのだ。レオンの場合は湖のほとりではなくて森だけれどね。
二百年の歳月をレオンはどんな思いでマリオンさんの生まれ変わりを待ち続けたのかしら?
マリオンさんの生まれ変わりである私にはマリオンさんだった頃の記憶はない。一度目の人生の記憶ではなく、マリオンさんの記憶が残っていればよかったのにと思う。
もしも、マリオンさんの記憶を持っていれば、レオンに「待たせてごめんね」と言えるのに……。
◇◇◇
ローズガーデンに辿り着くと、クリスは「すごい! すごい!」とはしゃぎ回っていた。
「これ全部リオが『創造魔法』で作ったの? すごいわね。噴水やガゼボの趣味がいいし、バラの配置もいいわ。下手な庭師より腕がいいわね」
「ふふ。ありがとう。でもレオンやマリーにいろいろ手伝ってもらったからよ。自分だけの力ではないわ」
「謙遜せずともよい。リオはローズガーデンを作ることで様々な知識を得た。『創造魔法』の鍛練によって魔力も向上した。クリスが言うとおり我もすごいと思うぞ」
建造物の材質に花の種類、色の配置など知識を得るために様々な本を読んだが、レオンとマリーの功績が一番大きいと思う。二人は毎日私を陰で支えてくれた。もふもふに癒されたりして。
「クリスは未知の植物を温室で育てていたでしょう。そちらの方がすごいと思うわ」
「種明かしをするとね。イーシェン皇国の皇后陛下に頼んで、育て方を知っている庭師を派遣してもらったの。皇后陛下がトージューローの姉君なのは驚いたけれどね」
ぺろっと舌を可愛く出すクリスだ。
前世でクリスは私を着飾っては可愛いと言ってくれたけれど、クリスの方が余程可愛い。
今世では自分の思うとおりに生きると誓った。自分の将来は自分で決めることができる。クリスが女王になったら、女王陛下専用の護衛騎士として生きる道もある。トージューローさんに剣術を習っているし、もう少し上達したら、騎士団に入れそうだとお兄様にも褒められた。レオンはどこに行っても一緒だと言ってくれているし、女性騎士になるという道を選択しようか?
「リオ、楽しい妄想の邪魔をしてすまぬが、本音がダダ漏れだ」
「え!? 言葉に出ていた? どこから?」
「わたくしが女王になったらというところからよ。リオは本当に可愛いし面白いし、一緒にいて飽きないわね」
ほとんど筒抜けだった。穴があったら入りたい。
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)