72.侯爵令嬢は花咲茶のお披露目をする
あらためて帰ってきた三人に挨拶をする。
「ご無事に帰ってこられて何よりです。それとお土産をたくさんありがとうございました」
クリスには「また来てくれてありがとう」が妥当な言葉なのだろうけれど、なぜかおかえりなさいって言ってしまうのだ。姉妹みたいな親しみがあるからかしら?
「時の神様はしっかり届けてくれたみたいね。買った時と同じ鮮度だわ」
お菓子を見たクリスが満足気に頷く。
三人に時の神様に魔法を授けてもらったこと、リュウという名前を付けたことを話す。
「これからは『空間魔法』が使えるということですね。では、もう少し魔力量が増えれば『転移魔法』も使えるようになりますね」
「『転移魔法』は膨大な魔力量が必要ですよね?」
キクノ様の意外な言葉に疑問を持った私は尋ねてみる。マリオンさんは『転移魔法』が使えたという。それは彼女の魔力量が神に近かったからだろう。私はマリオンさんの生まれ変わりだけれど、彼女と同じ力が使えるという自信はない。
「他の魔法と比べるとそうかもしれません。そのうち時の神が自ら試練を与えるでしょう」
リュウ様からも試練があるのかしら? 魔法を授けてもらったのだから当然といえばそうだが。
「ところで披露したいものとは何だ?」
そういえば、まだお茶を淹れていなかった。マリーがお茶の用意をすると言ってくれたのだが、花咲茶の披露は自分でやりたいと役目を譲ってもらったのだ。
「今からお見せします」
花咲茶をガラスポットに入れるとお湯を注ぐ。茶葉が開き、赤いバラの花がふわっと咲く。
「まあ、きれい!」
ソファに座ったクリスが身を乗り出し、ガラスポットをじっと見つめる。
「花咲茶といいます」
「あら? イーシェン皇国の花茶に似ていますね」
「イーシェン皇国にも同じようなお茶があるのですか?」
「ええ。主に茉莉花や蓮の花を使ったものです。バラの花は初めてみました」
キクノ様も興味深そうにガラスポットを見つめる。
悪戦苦闘して作り上げた花咲茶をガラスのカップに注ぎ、皆に配る。
「へえ。姉上のところで飲んだ花茶とはまた風味が違うな」
花咲茶を一口飲んだトージューローさんの口端が上がる。
「味はどうでしょうか?」
「美味しいわ!」
おずおずと尋ねると、クリスは花が咲くような微笑みを浮かべる。キクノ様も満足だというように頷いてくれた。
「お菓子もどうぞ。エディブルフラワーのケーキとお土産にいただいたお菓子をお茶請けにご用意しました」
ケーキの取り分けはマリーがやってくれた。
「上手く咲いたようで何よりです」
エディブルフラワーは王都に旅立つ前にキクノ様とクリスと三人で温室栽培していたのだ。
そのうちエディブルフラワーは領内で栽培して、市場に出荷する予定だ。
他愛もない会話で花を咲かせた後、王都での出来事がトージューローさんから語られる。
国王陛下との謁見には王妃殿下と王太子殿下も同席したらしい。国交が関わってくるため、伯父である宰相も謁見に立ち会った。
『風の剣聖』として名高いトージューローさんが、ヒノシマ国の国主の子息だったということに国王陛下は大層驚いていたそうだ。王太子殿下も伯父様もトージューローさんの身元を知っているのに、国王陛下に報告していなかったらしい。
遠いヒノシマ国から使者がやってきたということで、謁見の後、晩餐に招かれ二人は盛大にもてなされたということだ。
「穏やかな人柄の王様だったな」
「ええ。王妃様もしっかりした方でしたね」
我が国の国王陛下はなかなかの名君だ。性格は穏やかだが、時に王者としての厳しさも持ちあわせており、善政をしいている。王妃殿下はキクノ様が仰るとおり、しっかりした方だ。定期的に孤児院や病院へ訪問したりしているので、国民の支持が高い。
「クリスも謁見に同席したの?」
「わたくしは晩餐だけご一緒したわ。謁見は同席させてもらえなかったから、隠し窓から様子を窺っていたのよ」
ああ、玉座の上にある隠し窓のことだ。
一見するとただの飾りなのだが、実は謁見の間が一望できる隠し窓なのだ。前世でクリスが案内してくれたから、場所は知っている。王族のみが知っている秘密の場所だ。
「それで国交のことだが、結論から言うと両国の懸け橋になるということで正式に許可が下りた」
「王妃様も賛成されておりました」
王妃殿下は元公爵令嬢で前宰相の娘だったのだ。私のお母様と同じ年で幼い頃から二人は仲が良かった。今のクリスと私のように……。将来は互いの子供を結婚させようという話をしていたそうだ。前世では王太子殿下の婚約者になった私を国王陛下も王妃殿下も娘のように可愛がってくれた。
「お兄様は何とも言えないという顔をしていたわ」
兄のおかしな顔を見られて面白かったと愉快そうにクリスが語る。
「まあ、その時のバカス……じゃなかった王太子殿下のお顔を拝見したかったですわ」
少しだけ悪い顔をしてマリーが微笑む。バカス王太子と言いかけて、執事長に注意されたことを思いだしたのだろう。
「マリー、王太子殿下の妹であるクリスの前で失礼よ」
「あら、いいのよ。本当にバカ兄だもの」
マリーを嗜める私にクリスがひらひらと手を振る。
「おい! 話を逸らすな。国交のことだがな。まず三年後に俺とキクノが魔法学院の教師になることが決まった」
話が逸れて王太子殿下の話題になってしまったので、トージューローさんが不機嫌そうだ。
「え!? クリスと私が魔法学院に入学する年ですよね?」
「ほう。異国の人間であるお前たちを魔法学院に迎え入れるということか?」
それまで黙っていたレオンが沈黙を破った。食べるのに夢中だと思ったけれど、話はしっかり聞いていたらしい。
「俺も教師なんて面倒なことは嫌なんだ。だけど、国同士の問題にかかわってくる。仕方がないだろう」
「あたくしは楽しみですけれどね」
フィンダリア王国では国の機関に異国の人間を雇うことは今まで前例がない。それだけヒノシマ国との国交に力を入れたいということだ。
「なるほど。国公認か。都合がよいではないか」
確かに味方が多いのは心強い。トージューローさんとキクノ様が魔法学院で教師をしていれば、いざシャルロッテが行動をおこした時にこちらとしても対応が早くできる。
「それにしてもキクノ様はすごいです。まだお若いのに立派に外交の仕事をこなしているのですから」
「ヒノシマ国では子供だろうが大人だろうが優秀な人材は仕事を任される。菊乃はユリエと同じ歳で外交の仕事を手伝ったこともある」
イーシェン皇国の皇帝とトージューローさんのお姉様との婚姻に一役買ったのがキクノ様らしい。元神様ということを差し引いても、キクノ様は優秀だ。
「すごいですね。我が国も魔法学院卒業後は実力主義ではありますが、子供の頃から仕事をしている人はいないのではないかしら? 貴族はですが……」
家が商売をしていたり、農家の子供は家の仕事を手伝ったりすることはあるだろう。貴族の子供は魔法学院を卒業するまで、国の機関に所属することはない。
「あら? ユリエはローラと共同研究をしていますし、クリスとともにあたくしと作物の研究をしているではないですか? 立派に仕事をしていますよ」
「それは大人であるキクノ様やローラの協力があるからです」
キクノ様に褒めてもらって嬉しいが、今は子供である私は大人の協力がなければ、仕事はできない。
「ユリエは謙虚ですね」
「褒められたら、素直に子供らしく喜んでいいんだぞ」
「ここは素直に喜んでおきましょう」
クリスが強引に私の手を取り「わ~い」と両手を挙げる。喜んでいいのかな?
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)