7.侯爵令嬢は家族と喧嘩をしてしまう
今日も夜更新になってしまいました。
いつもどおり朝更新に戻せるのは今週末くらいかな?
日が暮れる前に屋敷に帰り、サロンの前を通ると家族が紅茶を飲みながら、歓談していた。
「ただいま戻りました。お父様。お母様。お兄様」
「リオ、おかえり。こちらにおいで」
お父様に招かれたので、サロンの中に入ると、お気に入りの窓際の椅子に腰かける。レオンは私の膝の上に乗って丸くなった。何気に背中を撫でてもふもふする。
「リオ。最近、よく散歩に行っているのね。健康的でいいことだけど、森の中には入っていないわよね?」
お母様の指摘にぎくっとする。
「マリーとレオンとお気に入りの場所へピクニックに行っているの」
半分嘘で半分は本当だ。森の中には行っているけど、毎日ピクニック気分でお茶会しているもの。
「あれ? リオが持っている本は『レンガの作り方』だね。その本、面白いだろう? 頼んで図書室に入れてもらったんだよ」
なんと! この本はお兄様のチョイスだったのか。
「お兄様はレンガ作りに興味があるのですか?」
「レンガ作りというか。レンガの材料に使われる頁岩が我が領で採れるのが最近分かったんだ。産出できるようになれば利益になるだろう?」
自領の利益について考えているなんて、恐ろしい9歳だ。神童って言われるのが分かる。
「末頼もしい後継者で嬉しいよ。侯爵位を譲るのは遠くない未来かもしれないな」
「ジークに侯爵位を譲ったら、私たちは南にある別荘で隠居しましょうか?」
いやいや。まだそんな話をするのは早いでしょう。お兄様はまだ9歳ですよ。
「リオが王太子殿下の婚約者になったら、王都のタウンハウスで暮らすのも悪くありませんけどね」
なんですと!?
「お父様! 王太子殿下から婚約の打診があったのですか?」
「いや。だが、今回王太子殿下が各貴族の領を旅していたのは、婚約者となる令嬢を探していたという噂があるんだ」
「殿下はリオのことを気に入ったようでしたからね」
だって、作り笑いしかしてないよ。そっけない態度をとっていたし。気に入る要素がないでしょ!
「お父様。婚約の打診があったら、お断りしてください」
「しかし、王族からの婚約を断るのは難しいよ。私だってリオを嫁にやりたくはないけど」
「そこは小さな頃にかかった原因不明の熱のせいで、子供が生めない体になったとか理由をつけてお断りしてください」
お父様がお母様に顔を向ける。顔色が真っ青になっていた。
「それは本当なのか?」
お母様は顔を顰めて、私にめっとする。子供扱いだ。って……7歳でした。
「そんな事実はありません! 王族に嘘をつくわけにはいかないでしょう。リオは王太子妃になりたくないの?」
「なりたくありません! 王太子妃になるよりは、神の花嫁になることを選びます!」
「修道女になるというの?」
婚約者にはシャルロッテがなればいい。彼女は男爵令嬢だけど、光魔法が使える。おかげで私は婚約破棄され、無実の罪で処刑されてしまったのだ。
あんな目に遭うのはもう嫌だ。最初から婚約をしなければ、違う運命が待っているはずだ。
「……私はただ家族で穏やかに暮らせれば、それでいいのです」
涙で目の前が霞む。気づけばサロンを飛び出して、部屋に鍵をかけて閉じこもっていた。
* * * * *
いつの間にか泣き疲れて眠っていたようだ。目が覚めた時には真夜中だった。
「起きたか? 気分はどうだ?」
いつもどおり私の隣にはレオンがいた。
「……目が腫れて痛いです。喉もカラカラです」
「ひどく泣き喚いていたからな」
「レオンはずっとそばにいてくれたの?」
「お前が部屋に飛び込む時に、一緒に入ったからな。大変だったぞ。お前の家族は必死に扉を叩いて呼び掛けていた」
みんな心配してくれていたのか。朝になったら、謝ろう。
「マリーが皆を静めてくれたのだ。彼女に礼を言うのだぞ」
マリーが? そういえばワンピースのままベッドに潜り込んだはずなのに、寝間着を着ている。マリーが着替えさせてくれたのか。
マスターキーは執事長しか持っていないはずだから、きっと借りたのね。
「朝になったら、お礼を言います。あと家族にも謝ります」
「そうするのが得策だろうな。そこにマリーが水差しと洗面の用意をしてくれている。まずは喉を潤してから目を冷やせ」
「はい」
レオンが示してくれたところは、ソファの前に置いてあるローテーブルだ。テーブルの上には水差しとグラスと洗面器が置かれている。
マリーは夜中に起きることが分かっていたのかな?
グラスに水を注ぎ、一気飲みする。喉が渇いていたので、もう一杯注ぐと今度はゆっくりと飲む。
洗面器を覗くと、中には水に浸したタオルが入っていたので、目に当てた。ひんやりして気持ちいい。アイスティーと同じ要領で、ずっと冷えるように魔法を付与しておいてくれたんだろう。
「リオ。お前は神の花嫁になると言っていたな? もし王太子と婚約することになったら、実行する気でいるのか?」
「もちろんです! でも……レオンと離れるのは寂しい……」
レオンは獅子の姿になると、頭をぽんぽんとしてくれる。
「どこに行っても、我はお前とともにいる。安心するがよい」
「……はい」
その日の夜はレオンのもふもふに包まれて眠った。
* * * * *
朝、目を覚ますとマリーがカーテンを開けているのが目に入った。枕元を見るとレオンがすやすやと寝息をたてている。きっと、再び私が寝付くまで起きていてくれたんだろうな。もふもふしたいけど、起きるまでそっとしておこう。
「おはようございます。お嬢様。ご気分はいかがですか?」
私が起きた気配を察したのか、マリーが天蓋付きのベッドにかかっているカーテンを開けながら、いつもの笑顔で朝の挨拶をしてくれた。
「……おはよう。マリー昨日はいろいろとごめんね。リボンで色の勉強を教えてくれるって約束も守れなかったわ」
「色のお勉強はいつでもできます。それより旦那様たちと仲直りしてくださいね。お嬢様が部屋に閉じこもってから、ずっと心配されていて、しばらくお部屋の前から離れなかったんですから」
そうだったのか。そういえば、レオンも同じようなことを言ってた。心配かけちゃったな。朝食の席でしっかり謝ろう。
「支度して食堂に行くわ。お父様たちに謝らないと」
「はい。きっと皆様は早めに席に着いていらっしゃると思いますよ」
今日は午前中にダンスの稽古があるので、可愛いデザインのピンクのドレスを着せてくれる。
「なんだ? もう朝なのか? 我にもリオと同じ色のリボンを結んでくれ」
物音で目が覚めたらしいレオンが、のそのそと鏡台に座っている私の元にやってくる。
「レオン。まだ寝ていていいのよ。昨日遅くまで起きていたんでしょう?」
「いや。一緒に飯を食べるぞ。ここの飯は美味いからな」
「食いしん坊さんですね。レオン様は」
マリーはレオンを抱き上げると鏡台の上に載せる。抱き上げる時、マリーの顔が緩んでいた。もふもふにやられたらしい。
ブラシで毛を整えると、いつもどおり私とお揃いのリボンをつけてもらい、鏡でポーズをとっているレオンが可愛い。
「「癒されるぅ」」
マリーと声が重なる。もふもふは正義だ!
食堂に入るとお父様たちはもう席に着いていたが、私の姿を見ると3人とも一斉に立ち上がってそばにやってきた。
「おはよう……お父様。お母様。お兄様。昨日は……心配をかけてごめんなさい」
ぺこりと頭を下げると、3人が私をがしっと抱きしめる。
「いいんだよ。リオが元気になってくれたら、お父様はそれだけで嬉しいんだ」
「お母様が悪かったわ。リオの気持ちを考えずに……ごめんなさい」
「リオ。心配したよ」
そうだ。私の家族は優しかった。愛する人たちを前世と同じ目に遭わせるわけにはいかない。婚約を断ったら家族がどうなるかなんて考えていなかった。
……それにしても苦しい。抱きしめる力が強すぎる。
「皆様、それくらいにしておきませんと、カトリオナお嬢様が窒息してしまいます」
執事長がコホンと咳払いをする。いいタイミングで切り出してくれた。さすがはマリーのお父様。グッジョブ!
「苦しかったかい? リオ」
「大丈夫です」
執事長の注意に、はっとした家族はようやく離してくれた。
「さあ。朝食をいただきましょう。今朝はリオの好きな苺のデザートを用意してもらったのよ」
席に着くと、レオンもいつもどおり私の隣の椅子にちょこんと座る。レオンが食べやすいように作ってもらった特注の椅子だ。
レオンも私たちと同じ食事をする。幻獣や聖獣が何を食べるか解明されていないので、他の貴族も同じように人の食事を与えているらしい。
レオン曰く「ヤツらは雑食だ」とのこと。レオンは神様だけどね。
スープとサラダとパン。あとは腸詰と卵をワンプレートに取り分けてもらう。7歳なのでおなかの許容量が小さいのだ。
お父様たちと歓談しながら、食べる朝食は美味しかった。昨日はどこかの鬼畜王子のせいで、食事が美味しく感じられなかったのだ。
「お待ちかねのデザートがきたわ」
デザートは苺のババロアだった。甘酸っぱい苺の香りがする。クリームはふわふわで美味しいし、ババロアは口いっぱいに苺の味が広がって絶品だ。
「ん~。美味しい」
「お父様の分も食べていいんだぞ」
「そんなに食べられないわ。お父様」
ふと思いついたことがあって、レオンに念話で話しかける。
『レオン。苺って森でも育つのかしら?』
『苺も植物だからな。可能だろう』
今日は苺の苗も創造してみよう。上手くいけば1年中、苺が食べられるかもしれない。
今日はストロベリームーンなので、苺ネタを盛り込んでみました。
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)