71.侯爵令嬢は久しぶりの再会を喜ぶ
今朝から私はそわそわしている。今日は王都へ行ったトージューローさんとキクノ様とクリスが帰ってくる日なのだ。
悪戦苦闘の末、完成させた花咲茶を帰ってきた三人に振舞うつもりだ。お茶請けのお菓子も昨日のうちに完成させて、空間に保存してある。準備は万端だ。
「朝から妙に落ち着きがないな、リオ。クリスたちが帰ってくるのがそんなに待ち遠しいのか?」
私の膝の上で丸くなっているもふもふは、いつもどおりのもふもふレオンだ。
「もちろんよ。何から話そうかとか花咲茶の披露とかドキドキしているわ」
少し落ち着こうとレオンをもふもふする。ああ、癒される。
そして、最近お気に入りの遊びを始める。丸くなったレオンを手で包んでさらに丸くすると、もふもふ玉のできあがりだ。始めの頃は抵抗していたレオンだが、慣れたのか最近はされるがままにもふもふ玉になってくれる。
「何が楽しいのか分からぬが、小さくされるのは心地良いな」
猫は狭い場所が好きだ。自分が収まるところにいると安心するらしい。レオンは神様のはずなのだが、ますます猫らしくなってきているのは気のせいかしら?
◇◇◇
午後になる少し前にクリスたちが帰ってきた。
バルコニーに設置されているガーデンチェアに座って、キクノ様の新刊を読んでいると、馬車が領主館に入ってくるのが見える。
私は急いでエントランスに向かう。しばらくすると、トージューローさんとキクノ様とクリスがエントランスに入ってきた。
やっと帰ってきたのだ。三人の姿を認めると、懐かしい気持ちにとらわれる。三人が王都に旅立ってから、二週間しか経過していないのだが、やはり寂しかったのかもしれない。いてもたってもいられず駆け出す。
「クリス! キクノ様! トージューロー様! おかえりなさい!」
「リオ! ただいま!」
同じく私の姿を認めたクリスが顔を輝かせる。そしてクリスと抱き合う。
「大袈裟だな、お前たち。二週間しか離れていないのに、まるで恋人同士みたいだぞ」
「クリスは到着するまで、ずっとそわそわして落ち着きがありませんでしたからね」
呆れた顔をしたトージューローさんとは対照的に、キクノ様は微笑ましい表情をしている。クリスも私同様、落ち着きがなかったらしい。
「ずっとリオに会いたかったのだもの。仕方ないでしょう」
「私もよ。寂しかったわ」
「お前たちはどちらかが男だったら、将来結婚していたかもしれないな」
頭頂に結い上げた辺りをポリポリとかきながら、トージューローさんが冗談まじりに言う。
「わたくしが男だったら、リオを妻にしていたわね」
「私も男だったら、クリスをお嫁さんに選んでいたわ」
クリスが男で王太子だったのならば、喜んで婚約していたかもしれない。
レオンはというとオッドアイの目が半眼になっている。もしかして呆れている?
「本当に仲がよろしいのですね。あたくしも彩乃に会いたくなってきました」
アヤノさんというのはキクノ様とトージューローさんの幼馴染だ。幼い時からキクノ様とアヤノさんは唯一無二の親友だったらしい。
「菊乃と彩乃は正反対の性格をしているのに、なぜかガキの頃から仲が良かったよな」
「皆様、お疲れでしょう? 着替えが終わりましたら、応接間にお越しくださいませ。お嬢様がお披露目したいものがあるそうです」
いつまでも立ち話で花を咲かせている私たちを窘めるように、マリーがコホンと咳払いをする。
「引き留めてごめんなさい。まずは客間でくつろいでくださいませ。マリー、皆様をよろしくね」
私は慌てて三人を客間へ案内するように、マリーにお願いすると自分用の厨房に向かう。花咲茶の用意をしないといけない。お菓子は空間に収納してあるので取り出すだけだ。
◇◇◇
レオンに手伝ってもらって、応接間に花咲茶の用意をする。
お菓子はエディブルフラワーのケーキを作った。エディブルフラワーとは食べられる花のことだ。普通のエディブルフラワーは花の香りがするだけで、味はほとんどない。しかし、このケーキに使ったエディブルフラワーは改良してはちみつと同じくらいの糖度がある。
スポンジは米粉と小麦粉を混ぜて作った。スポンジの間には生クリームと苺を挟んである。デコレーションはバラを模った生クリームを周りに付け、最後にエディブルフラワーを飾りつけて完成だ。
前日、もう一つ同じケーキを作ってレオンとマリーに味見をしてもらったところ大好評だった。二人のお墨付きなので味はたぶん大丈夫だろう。ちなみにレオンはホールケーキ半分をペロリとたいらげてしまった。
「食べる花などどうかと思ったが、案外美味いものだな」
少年姿のレオンがエディブルフラワーをつまみ食いしようとケーキに手を伸ばすので、ベシッと叩く。レオンは顔を顰めながらも、名残り惜しそうにケーキを見つめる。
「レオンは本当に食いしん坊さんね。みんなが揃ったら食べられるわ。それまで我慢しなさい!」
「美味そうなものが目の前にあるのだ。我慢しろと言われても食いたくなる」
我が国の守護神様たちはなんというか感性が人間に近い。他の国の神様はどんな感じなのかしら?
「今度は食用バラを育てるつもりでいるわ」
エディブルフラワーはいろいろ種類があるのだが、バラにも食用のものがあるらしいので、苗を取り寄せている最中だ。
「そうか。上手く育ったら、バラのケーキが食えるのだな? 我も食用バラの育成に協力しよう」
「レオンのいう協力ってバラの味見よね?」
「ち、違うぞ! 育成全体の協力だ。もちろん、味見もするが……」
うん! 味見が大半を占めている。
「頼りにしているわよ、レオン」
レオンの頬に軽くチークキスをする。
「う、うむ。任せておけ!」
チークキスをしたところを手で押さえると、レオンの顔が薄い紅色に染まる。
「ラブラブじゃないか、お前たち」
「まあ、お熱いですわね」
扉を開けて入ってきたトージューローさんとキクノ様にからかわれる。
「もふもふ君。リオはまだ子供なのだから、紳士的な振る舞いを心がけるのよ」
クリスが子供に言い聞かせるようにレオンに注意する。
「お前に言われずとも分かっておるわ! 我は紳士だぞ」
淑女らしからぬ振る舞いをしたのは私なのだけれどね。つい、小さな獣姿のレオンと同じようにしてしまった。今さらながら顔が赤くなる。
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)