69.侯爵令嬢は花咲茶の研究をする
久しぶりに森のローズガーデンに行くと、ドライアドの乙女たちが面倒を見ていてくれただけあって、バラの苗はきれいに整えられていた。
「へえ。森の中にローズガーデンを作っていたのか。それにしても立派だね」
感心したようにローズガーデンを見渡すお兄様はうんうんと頷いている。
「ところでライル様はなぜトージューロー様についていかなかったのですか?」
なぜかライル様はトージューローさんについていかず、ここに残ったままなのだ。
「彦獅朗に頼まれたじゃんよ。あいつがいない間、ジークの鍛練に付き合ってくれってな」
トージューローさんはライル様の眷属よね? 一緒にいなくていいのかしら? ライル様に聞いてみると、肩を竦められた。
「別に神の眷属だからといって一緒にいなくてもいいじゃんよ。深いところで縁はつながっているからじゃんよ」
「え? そうなのですか? でもレオンはいつも一緒にいてくれます」
レオンはお兄様とガーデンをどうするか相談している。私はそろそろ苺のシーズンがやってくるので、苺の苗を整えていた。
「レオンは……まあ、あれじゃんよ」
「あれ?」
どういうことかしら? 首を傾げるとライル様が私の頭に手を載せた。
「そのうち分かるようになるじゃんよ。まあ、リオ自身を俺たち神は好きってことでいいじゃんよ」
さっぱり分からない。それきりライル様は黙って、苺の苗を整えるのを手伝ってくれた。
ガーデンの苗やガゼボ、噴水はドライアドの乙女たちが守っていてくれたので、大した手間もかからず整えることができた。
バラの季節になったら、皆でお茶会をするのだ。ガゼボはもう少し大きくした方がいいかもしれないわね。
その夜、レオンを膝に乗せて、ガゼボの設計図を書いているとフレア様が遊びに来た。ダーク様のお姿は見えない。
光の神と表裏一体の闇の神ダーク様は最近マリーにつきっきりなので、フレア様と常に一緒にいるわけではないようだ。今もマリーの影でのんびりしているのかもしれない。
「リオ! 久しぶりなのじゃ!」
「フレア様。いらっしゃいませ」
フレア様と会うのは久しぶりのようで久しぶりではない。ちょくちょくクリスと三人で女子会をしたりしていたからだ。
「まったく、お前は顔を出しすぎだな」
レオンがふんと鼻を鳴らす。以前のようにいきなり帰れと言わなくなっただけ進歩かな?
「リオはわたくしの教え子でもあるのじゃ!」
「少し前のお前からは考えられぬな。神界に引きこもってばかりであっただろう」
フレア様は可愛い金色がかった毛並みの猫の姿になると、レオンと張り合うように私の膝に手をかける。
「森に引きこもっていたレオンに言われたくないのじゃ!」
「我は出たくとも出られなかっただけだ」
私の膝に乗っているレオンは猫パンチをフレア様に繰り出している。
テレーズさんに会いに行った翌日からある日課があらたに加わった。お兄様との打ち合い稽古の後、湯浴みをして自分専用の厨房にこもる。
私が料理をすることを知ったお父様が私専用の厨房を作ってくれたのだ。
「お嬢様、今度は何をお作りになられるのですか?」
「花咲茶よ」
テレーズさんのところでごちそうになった花咲茶を気に入った私は、自分でも作ってみたくなったのだ。新しく何かを作る時にはマリーに協力してもらっている。今まで実験段階だったので、私一人で秘かに進めていたのだが、今日からはマリーにも協力をしてもらうのだ。
「花咲茶ですか? どういったものですか?」
言葉で説明するよりは見てもらった方が早いので、テレーズさんからお土産にもらった花咲茶を用意する。
花咲茶の塊をガラスポットに入れると、お湯を中に注ぐ。すると丸く包まれた茶葉が開き、花がふわりと浮かぶ。ポットの中いっぱいに広がった花は白く可愛い花だ。
「これが花咲茶よ」
「まあ、きれいですね。それにいい匂いがします。茉莉花ですね」
テレーズさんの花咲茶には茉莉花が使われている。イーシェン皇国から輸入された花だ。
作物が育たないライオネス公爵領で、唯一栽培に成功した茉莉花は、我が国では香料として市場に出ている。ライオネス公爵領の貴重な収入源だ。尤も王家直轄領なので、領民の生活は国が保障してくれている。
「これはテレーズさんが作ったものなの。気に入ったから、私も作ってみたいと思って見本に少しいただいてきたのよ」
「『光魔法』が使える女性ですね」
テレーズさんに会いに行った日、テレーズと話したこと、レオンとフレア様と夜間飛行をしたことを一通りマリーに語ったのだ。夜間飛行にはマリーも興味があるらしく、今度ダーク様が乗せて連れて行くと言っていた。
「出会った頃は、ひまわりしか花の名前を知らなかったリオが成長したものだ」
ふっと思い出し笑いをするレオンだ。厨房で何かを作る時は、少年姿になって手伝いをしてくれる。
「そういえば、もうすぐレオンと出会ってから三年経つのね」
三年前、七歳まで時が戻った私はレオンに会わなければ、また同じ人生を繰り返していたのかもしれない。
「そういえばそうですわね。レオン様と出会ってまもなく三年になりますね。三周年記念パーティーでもいたしますか?」
「あら? 良い提案だわ、マリー」
「大袈裟だな。パーティーとは祝い事でするものではないのか?」
我が家でのパーティーは家族の誕生日と両親の結婚記念日に内輪だけで開く。レオンと出会えたことは私にとっては、充分めでたいことだ。
「私にとっては祝い事よ。早速、パーティーの企画をしないといけないわね」
「お嬢様。そのパーティーの名称はもちろんあれ《・・》ですわね」
マリーと顔を見合わせて、互いにレオンを指差す。
「「もふっとパーティー!」」
「まさかドレスコードはもふもふしていることではあるまいな?」
それはいいかもしれない! 参加者全員着ぐるみにするとか……。
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)