63.侯爵令嬢は竜神王の姫と会う(前編)
翌日、食堂に顔を出すと、真っ先にクリスが飛びついてきた。
「リオ! 目覚めて良かった。心配したのよ」
「心配かけてごめんなさい」
ぎゅうと抱きしめてくるクリスの背をぽんぽんと叩く。
「ユリエが引き返すのに気づいてやれなくてすまなかった」
謝罪の言葉と同時に頭を下げるトージューローさんに慌てて手を振る。
「いいえ。勝手な行動をした私が悪いのです。皆様に非はありません。それより皆様が無事で良かったです」
「ところでどうしてまたドラゴンのところに行ったんだ?」
「それは剥がれた鱗があったのに気づいたからです」
そういえば鱗はどうなったのだろう?
「レオン、鱗は?」
「氷壁に叩きつけられる前にお前が背負っていた網かごは衝撃で落ちてしまった」
そんな! 苦労が水の泡だ。沸々と怒りがわいてくる。あのドラゴン許さない!
「リベンジする! 無理矢理にでもあのドラゴンから鱗を剥がしてやるの!」
「それならば、私と手を組まないか?」
食堂の入り口から玲瓏な声が響く。声がする方にその場にいた全員が一斉に振り返る。声の主を見て息をのんだ。
その人物は形容するのがためらわれるほどに美しい女性だった。神々しいまでの美貌はフレア様とはまた違ったものだ。輝く長い髪はシルバーブロンド。サファイヤのような青い瞳。年の頃は十六、七歳くらいだろう。そして耳が尖っていた。
「エルフ?」
「エルフではない。私は竜神王の娘だ。シルフィーネという」
竜神王のお姫様がなぜここに!?
「シルフィーネ姫!」
彼女の名前を呼んだのは空間から顔を出しかけていた時の神様だ。語尾にピンポロリンを忘れている。
「久しいな、時空竜。いや、今は時の神か」
シルフィーネ姫と呼ばれた女性は時の神様に目を向けると微笑む。美人の笑顔は破壊力がある。ぞくりとした。
「そちらはフィンダリア王国の守護神たちか?」
「いかにも。我はこの国の守護神の一柱で森の神レオンと申す。こちらは風の神ライルだ」
私たちの前にレオンとライル様が守るように立ち塞がる。
「警戒せずともよい。其方たちに危害を加えるつもりはない」
シルフィーネ様は警戒を解くように促す。
「竜神王の姫よ。では何故こちらへ参ったのだ?」
「今、そこの娘が申していたドラゴンを捕らえにやってきたのだ」
竜神王の姫シルフィーネ様は北の山脈に住み着いたドラゴンを追ってきたらしい。
「我が一族の宝の一つを、あの緑のドラゴンが盗んだのだ。彼奴は光物が好きなのでな。宝を取り返すために其方たちに協力を請いたい」
「あのドラゴンは下級ドラゴンだ。竜神王の姫であるお主であれば捕らえるのは容易いであろう。なぜ我らの協力が必要なのだ?」
しばらくレオンと睨みあっていたシルフィーネ様はふっと息を吐くと、髪の色と同じシルバーブロンドの長い睫を伏せる。
「その宝というのが、私の力の源なのだ。あれを取り戻さなければ本来の力を出すことができぬのだ」
「それで我らに協力しろと?」
シルフィーネ様を見つめるレオンの目は厳しいままだ。
「ただでとは言わぬ。其方たちはドラゴンの鱗が欲しいのであろう? それならばあのような下級ドラゴンではなく、私の鱗をくれてやろう。どうだ?」
顔を顰めてしばらく思案していたレオンがようやく口を開く。
「よかろう。皆も異議はないか?」
元々、あのドラゴンとの再戦を望んでいた。異議は当然ない。
それは『風魔法』チームの三人も同様のようだ。皆で顔を見合わせて頷く。
雪辱を果たす時がやってきた。
作戦は私たちがドラゴンを巣からおびき寄せている間にシルフィーネ様が宝を取り戻し、ドラゴンを捕らえるというものだ。
釣り竿を使って光り物をドラゴンの巣の上に吊るすと、すさまじい勢いでドラゴンが上昇してきた。入れ替わりにシルフィーネ様が巣の中に飛び込む。
私たちの役目はシルフィーネ様が宝を取り戻すまでの時間稼ぎだ。
私は光り物を吊るした釣り竿を手にレオンの背に乗って、山脈を駆け巡る。
レオンの飛行速度はドラゴンを上回るようだ。ドラゴンはレオンに追いつくことができず、怒りを露わにし、顎を開く。
ちょうど皆が集まる場所に着地すると、ドラゴンに対抗するべく構える。
「ブレスがくるぞ! 結界を張れ!」
トージューローさんが符を取り出したので、私たちも素早く符を取り出すと宙に投げて詠唱する。
「「「「符術結界! 風(光)陣壁!」」」」
四人一斉に結界を張ると、追いついてきたドラゴンのブレスが放たれた。四重の結界はさすがに強い。次第にドラゴンブレスの威力が弱まっていく。
シルフィーネ様はまだ戻ってこない。宝を探すのに手間取っているのだろう。
ドラゴンはインゴットをたくさん溜めこんでいたから、埋もれているのかもしれない。発掘するのが大変そうだ。
「ユーリ、いちかばちかだ。次のブレスが来る前にドラゴンの懐に飛び込むぞ」
「お師匠様! でも僕は武器を持っていません」
トージューローさんは腰から刀身の短い刀を抜くとお兄様に渡す。トージューローさんは普段、長い刀身と短い刀身の二本の刀を腰に佩いている。
「この小太刀もヒヒイロカネでできている。ドラゴンの硬い鱗も切り裂けるはずだ」
「分かりました。やってみます!」
お兄様は覚悟を決めたようだ。力強く頷く。
「クリス、ユリエ、二人で持ちこたえられるか?」
「任せなさい!」
「大丈夫です!」
「我たちもいる。ライル、彦獅朗とジークをサポートしてやれ」
今回、トルカ様とローラを除く神様たち全員が付き添ってくれている。万全を期すためだ。
「分かったじゃんよ!」
ドラゴンのブレスが止んだと同時にトージューローさんとお兄様が結界から飛び出す。ライル様は上空からサポートするために高く飛ぶ。
抜刀すると、ドラゴンの懐に飛び込もうとする。だが、ドラゴンは翼を広げて威嚇してきた。
「あの翼をどうにかしないといけないわね」
ドラゴンが空中に飛び立つと厄介だ。トージューローさんとお兄様が不利になる。
「そういえば、とっておきの技があるのよ」
「偶然ね。私もとっておきの技があるの」
クリスがにやりと笑う。私もつられてにやりと笑った。
「では、お披露目といきましょう! 私は左の翼を狙うわ。リオは右の翼をお願い!」
「分かったわ!」
結界を解くと、二人同時に叫ぶ。
「「九条霞流! 砂塵の舞!」」
詠唱すると土が螺旋状に舞う。土に乗せてキクノ様から貸していただいたクナイがドラゴンの翼を貫く。このクナイもヒヒイロカネでできているのだ。消耗品ではないので、クナイは魔力の糸でつないである。後で回収可能だ。
「あれはキクノの技か? いつの間に習得したのだ」
「あたくしの技を覚えたいと二人にお願いされましたので、お教えしました」
「二人とも土属性を持っておるから、短時間で習得できたのじゃ」
後方の神様たちの会話を聞きながら、ドラゴンから視線を外さない。
翼をクナイでボロボロにされたドラゴンは苦しみでもがいている。
「ナイスアシストだ。ユーリ行くぞ!」
「はい! お師匠様!」
トージューローさんとお兄様は風を刀に纏わせると、一斉に振り下ろす。
「「桐十院流! 風迅裂破!」」
お兄様もあの技をマスターしていた。トージューローさんに師事してから二年以上経過しているから当たり前なのかな。
二人の風の刃はドラゴンの体を切り裂いた。裂断されたドラゴンは、断末魔の叫びをあげると息絶えた。
「やった!」
「ドラゴンを倒したのね」
神様たちはドラゴンが倒れたのを見届けると、私たちの周りに集まる。
「よくやった! まさかドラゴンを倒せるとは思わなかったぞ」
ようやく戻ってきたシルフィーネ様が拍手とともに現れる。
「宝は見つかったのか?」
「うむ。このとおりだ」
レオンの問いに答えるように、シルフィーネ様は宝を見せる。手のひらの上には金色に輝く卵のようなものが載せられていた。
そういえば、シルフィーネ様はドラゴンを捕らえると言っていたが、うっかり倒してしまったことに気づく。
「あ、あの……ドラゴンは倒してしまいました。申し訳ありません」
おずおずとシルフィーネ様に謝罪をする。
「気にすることはない。こやつはただの盗人ドラゴンだ」
さらりと言ってのけた。とりあえずお怒りではないことに安堵する。
「阿呆な下級ドラゴンがすまなかったな。捕まえて罰を与えようと思っていたのだが、手間が省けた」
竜神王の姫は割とシビアでいらっしゃる。
「彼奴の体とどこぞの鉱山から盗んできたインゴットは其方たちの好きにすると良い」
ドラゴンは素材として良い値段が付くと聞く。インゴットも好きにしていいらしい。竜神王の姫君のお墨付きだ。
「私はこれで失礼する。協力感謝する」
宙に跳びあがると、シルフィーネ様は人の姿から白銀に輝くドラゴンの姿になり、飛び去っていった。
あれ? シルフィーネ様。鱗は?
後編に続きます。
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)




