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58.侯爵令嬢は愛読書の作者に出会えて歓喜する

 朝、キクノ様と温室で野菜を収穫してくる。


 冬でも野菜が食べられるように、温室は野菜が育ちやすい環境にしてあるのだ。


 グランドール侯爵領の冬は厳しい。冬の間は収穫できる野菜がないので、冬になる前に酢漬けにして保存しておくのが一般的だ。


 今は実験段階だけれど、実証ができたら、領の農地にも温室を作る計画を立てている。領民が季節を問わず、新鮮な野菜が食べられるようにするのだ。


 屋敷に戻る途中、木を打ち合う音が庭から聞こえる。


「木刀で打ち合い稽古をしているようですね」


「トージューロー様と兄でしょうか?」


 打ち合い稽古ということは、トージューローさんがお兄様に稽古をつけているのだろう。どんな稽古なのか気になる。


「見に行ってみますか?」


「はい!」


 音がする方に行ってみると、お兄様とトージューローさんが、木刀で打ち合い稽古をしていた。


「お兄様、頑張っていますね」


「はい。彦獅朗は容赦がありませんが、よく耐えていますね」


 素早いトージューローさんの動きにお兄様は必死についていっている。トージューローさんは背が高く体格もいいが、動きが素早い。『風の剣聖』のあだ名は伊達ではないのだ。


「よし! ここまで」


「ありがとうございました!」


 打ち合い稽古は終わったようだ。


「トージューロー様、お兄様。お疲れ様でした」


「おう! ユリエとお付きの菊乃か。早いな」


「誰がお付きですか?」


 むしろ私がキクノ様のお付きではないだろうか。


「キクノ様、リオ。おはようございます」


 お兄様がトージューローさんの弟子になってから二年くらい経つが、毎日剣を握っているので、いい筋肉がついている。同じ年頃の子供と比べるとお兄様は体格がいい。


「ユーリは筋がいいですね。彦獅朗のスピードについていけるとは末頼もしいですね」


「ありがとうございます、キクノ様」


 お兄様はキクノ様に褒められて照れている。


 キクノ様もヒノシマ国の名前であるセカンドネームで、私たち兄妹の名前を呼ぶ。


「菊乃、久しぶりに勝負するか?」


「構いませんよ。ただし本気でお願いします」


「望むところだ」


 本気? キクノ様も刀が使えるのだろうか?


 トージューローさんは刀を腰に佩いて、キクノ様と向かい合う。


 あれ? キクノ様は丸腰だ。


「手加減しないからな」


「こちらもです」


 刀を抜くと、風をまとわせる。あれはもしや!? キクノ様が危ない!


「桐十院流! 風迅裂破!」


 トージューローさんが刀を振り下ろすと、風の刃がキクノ様に襲いかかる。


「キクノ様!」


 キクノ様は風の刃を寸前で華麗に身を翻し避けると、懐から何かを取り出す。


「九条霞流! 砂塵の舞!」


 砂がらせん状に舞うと、何かがトージューローさんに向かって飛んでいく。トージューローさんが避けると、黒い何かが木に何本も突き刺さる。


「あれは暗器ですね」


 いつの間にか隣にいたマリーが解説してくれる。気配を感じなかったから、たぶん影渡りを使ってきたのだ。


「朝から賑やかね」


 頭上からクリスがレオンを抱えて降りてきた。風を上手く操ってふわふわと浮いている。


 クリスの腕に抱かれたレオンは寝ぼけ眼だ。ふにゃあと欠伸をしていて可愛い。


「マリーの言うとおり、これは暗器でクナイといいます」


 キクノ様が懐からクナイを一本取り出して見せてくれる。形は少し変わった菱形だ。先端が鋭利に尖っている。


「クナイというと……」


「『ヒノクニ忍法録・三すくみ合戦』のシノビが使う武器ね!」


 クリスと私の瞳がきらきら輝く。最近読んだヒノシマ国の物語だ。


 あの物語はシノビと呼ばれる諜報に特化した者たちが、人間離れしたニンポウを使うアクションもので読んでいてわくわくした。


「あら? あたくしの著書を読んでくださっているのですか?」


 なんと! 『ヒノクニ忍法録』を執筆したのはキクノ様だったのか!?


「「サインください!」」


 クリスと私の声が重なる。


「喜んで! 『ヒノクニ忍法録二の巻・四俣のオロチ』を出したばかりですので、そちらにサインをしましょう」


 しかも二巻が出ているとは、ファンとしては見逃せない情報だ。


 購入すると言うと、記念にサイン入りでプレゼントしてくれるとのことだ。クリスと私は文字どおり飛び上がって喜ぶ。


「菊乃! 戦いに集中しろ! てか! あのろくでもない本を書いたのはお前か!?」


「ろくでもなくないわよ! トージューローの芸術オンチ!」


 クリスが憤慨する。『ヒノクニ忍法録』に出てくる主人公がお気に入りだものね。


 私は主人公が連れているシノビの獣、白狐びゃっこ黒狐こっこがお気に入りだ。挿絵がないので分からないが、描写から想像すると、おそらくもふもふで可愛い。


「そうですよ! 『ヒノクニ忍法録』は名作です!」


 あれ? マリーも読んでいたらしい。『ヒノクニ忍法録』は面白いから万人受けするのだ。


 トージューローさんとキクノ様の勝負は、キクノ様の大勝だった。


 負けたトージューローさんは木の根元でいじけており、お兄様が慰めている。


「今、『ヒノクニ忍法録三の巻・二首ガマ』を執筆中なのです」


 私たち女性陣三人はキクノ様が持参してきた『ヒノクニ忍法録二の巻・四俣のオロチ』にサインをしてもらっているところだ。


「「「買います!」」」


 クリスとマリーと私の三人はサイン本を受け取ってほくほくだ。


 早速、今夜読むのだ。

ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)

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― 新着の感想 ―
[一言] キクノ様は文才もお持ちなのですね…うらやまけしからん(笑)
[一言] 『ヒノクニ忍法録』…いつか読めるんだろうか(꒪ㅂ꒪)ヨミタイ
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