57.侯爵令嬢は創世の神の正体を知る
レオンの言葉に息を飲む。
「何ですって!? メイが創世の神様の生まれ変わり? 『禁断魔法』を無効化するために人間に転化しているという?」
私の疑問に肯定するようにレオンが頷く。
「ちょっと待って! それならばどうして時戻り前のリオの世界ではシャルロッテが『略奪魔法』を発動させた時に、創世の神であるメイは何もしなかったの? メイも処刑されてしまったのでしょう?」
クリスの疑問はもっともだ。私も同じことを思った。
「これは我が何代か前の創世の神に聞いた話だ」
気が遠くなるほど昔に人間に転化した創世の神様は、ずっと生まれ変わりを続けてきた。
永遠不変の神とは違い、人間の寿命は限られている。
何度も生まれ変わりを続けているうちに『禁断魔法』が発動しても、神としての記憶が甦るまでに時間がかかることが多くなってきたということだ。
「つまり前世の時は神としての記憶が甦る前にメイは処刑されてしまったということなの?」
「そのとおりだ。神の力が発動していればシャルロッテの『略奪魔法』は無効化されていたはずだ」
たった七歳で命を刈り取られてしまったメイ。人間が『禁断魔法』を行使したせいで、神としての魂が疲弊するまで生まれ変わりを続けている創世の神様。なんという惨さだろう。あらためて人間のエゴに怒りが込み上げる。
メイに駆け寄り、抱きしめる。
「今度こそメイは私が守る!」
「リオ、落ち着け。これは我ら神の見解だが、リオが時を逆行したのは創世の神の意志だと思うのだ」
レオンが私を宥めるように寄り添ってくれる。
「もふもふ君。それはどういうこと?」
「ここからは俺が説明するぜ。ピンポロリン」
それまで隅で黙って聞いていた時の神様がパタパタと中心に飛んでくる。
「輪廻の帯を調べていた時に綻びが三つあった。これは自然発生したのではなく、意図的に開けられたものだ。ピンポロリン」
三つ? 一つは私が落ちた綻びよね。ではあと二つは誰が落ちたの?
「一つはリオ。そしてもう一つはメアリーアンだ。ピンポロリン。輪廻の帯に干渉できるのは時の神と創世の神しかいない。ピンポロリン」
「創世の神様が意図的に綻びを作ったから、私とメイは時を逆行することができた?」
時の神様は輪廻の帯には干渉していないので、自分以外に綻びを作れるとしたら、それは創世の神しかいないと確信しているようだ。
「そういうことだな。ピンポロリン」
メイを見ると「あー」と私の頭に手を伸ばしている。メイ。貴女が私にやり直しの機会を与えてくれたの? 気がつくとほろりと涙が零れていた。
「メイは……私と同じように前世の記憶を持っているの? つらい記憶を持ったまま生まれ変わったの?」
「それは分からぬ。物心がつくまでメイの記憶は封印されているかもしれぬし、赤子のまま前世の記憶を持っているかもしれぬ」
レオンは言葉を濁しているが、おそらく後者ではないかと思う。
「私決めたわ! メイの代で『禁断魔法』を絶やす!」
『禁断魔法』が絶えない限り、創世の神様はこれからも人間に生まれ変わり続けるだろう。魂を疲弊させながら……。
「しかし、『禁断魔法』の持ち主を特定するのは難しいぞ。全世界の人間を鑑定する気か?」
「それでもやるわ!」
神様たちが驚愕の眼差しを私に向ける。猫姿なので瞳孔が細くなっていた。普通、猫の瞳孔は明るい場所で細くなるものだが、神様の場合は表情が変わる時に瞳孔が変化するようだ。
「メイ、協力してくれる?」
指をくわえてポカンとしていたメイは「あ~う」と手を挙げるときゃっきゃっと笑い出した。「いいよ」と言ってくれたのだろう。
「ねえ、メイ。つらい記憶はお姉様も共有していることを忘れないで。悲しければ泣いてもいいのよ」
「あら。メイの家族はここにもいるのよ」
いつの間にか私を囲むように家族がそばに寄り添っていた。
「私たちにも共有させておくれ」
「神様でも構わないよ。メイは大切な家族だ」
そうなのだ。私の家族は温かく優しい。昨日は蛮族呼ばわりしてごめんなさい。
しばらく家族で談笑をしているとコホンと可愛らしい咳払いが聞こえる。
「家族団欒のところ申し訳ないけれど、輪廻の帯の綻びに落ちたもう一人は誰なの?」
クリスの言葉にはっとする。そういえば三つ綻びが開いていたと時の神様が言っていた。
「それが分からないんだ。ピンポロリン」
「分からないとはどういうことかしら?」
時の神様を掴んでぶんぶんと揺すっているクリスだ。神様に対しても容赦がない。この国の神様は気にしないだろうけれど、そろそろ止めてあげてほしい。時の神様が目を回している。
「リオと同じ時間に落ちたことは確認できたのだが、誰かを特定することができぬのだ」
目を回している時の神様に変わってレオンが説明を始める。
「シャルロッテという可能性は?」
「彼女が記憶持ちであれば、とうに『光魔法』を持つ者から魔法を奪っているはずだ。だが、そういった動きはない」
「トリアやアンジェはどうかしら?」
アンジェというのはアンジェリカ様の愛称だ。昨日のお茶会で親しくなった私たちは互いに愛称で呼び合うことになった。
「彼女たちの言動に不自然な点はなかったから、違うと思うわ」
「周りに前世と違うことはないかしら?」
考えてみるが、思い当たることがない。首を振る私にクリスは「そう」と残念そうに頷く。
「もう一人綻びに落ちた者については地道に調べていくしかなさそうだな」
ふうとため息を吐くレオンにフレア様がぼふっとレオンの頭を押さえつける。
「話が終わったところで酒え……二次会なのじゃ!」
今、酒宴って言いかけましたよね? フレア様。
「ところでお兄様。シャルロッテはあの後どうなりましたか?」
お茶会でカップを倒してしまったシャルロッテはあの後、泣き出してしまった。王太子殿下とお兄様に付き添われて控室に下がったのだ。
「王太子殿下に抱き着いてずっと泣いていたよ。貴族令嬢にあるまじきはしたない行為だ。それとなく諫めたんだけれどね。王太子殿下が構わないというから放っておいた」
既にシャルロッテのスキル『魔性の魅惑』にかかってしまったのだろうか?
「あの娘。シャルロッテ嬢からは嫌な感じがした。例えるのならば大蛇に巻きつかれるような感じかな? あれが彼女のスキルなのかもしれないね」
「わたくしも彼女が一瞬だけ見せた憎悪を帯びた目を見た時にはぞっとしたわ」
「え? クリスも見たの?」
あの目を前世でも見たことを話していると、神様と酒盛りをしていたレオンがのっそりとやってきた。
「それはあの娘の先祖が受け継いできた怨念のようなものだ」
「レオン、お酒くさい」
レオンからお酒の香りが漂ってくる。よく見るとオッドアイの瞳が僅かに充血していた。酔っている証拠だ。
「そんなに飲んではおらぬぞ」
では、後ろにある酒樽は何?
「ところでもふもふ君。怨念って何なの?」
「シャルロッテ自身の魔力量はそんなに多くはない。しかし『禁断魔法』の代償は魂だ。遺伝する魔法ゆえ先祖の魂の念も(∞)の中に込められておる。それも糧となるからこそ遺伝性の『禁断魔法』は厄介なのだ」
酔ってはいるが、思考は素面 のようだ。レオンは滑舌良く語る。
「先祖の念まで代償にできるのね。ところで『略奪魔法』はいくつも魔法を奪えるの?」
「いや、一つだけだ。だからこそ強力な魔法を狙うと見ていいだろう」
今までテーブルにお座りしていたレオンは私の膝の上に飛び乗ると丸くなり、すうすうと寝息を立て始めた。
「あら? もふもふ君はもう寝てしまったわね」
「レオンは寝つきがいいのよ」
クリスと顔を見合わせると、互いにいたずらっぽい顔で笑った。
翌朝、起きたレオンは鏡を見て「何だ! これは!?」と叫んでいた。
昨日、クリスと酒に酔って寝てしまったレオンに耳や尻尾にリボンをつけておしゃれさせたのだ。
「リオ。お前とクリスの仕業か?」
「何の事かしら?」
不機嫌そうに半眼になっているレオンがこちらを振り向くが、素知らぬふりをする。
「さあ、明後日には領地に帰らないといけないから、荷造りしないといけないわ」
文句を言いたそうにしているレオンを横目に、荷物の整理をしているマリーのお手伝いをする。
「レオン様を放っておいてよろしいのですか?」
「いいのよ。手早くすませてしまいましょう」
◇◇◇
領地からの便りがあった。
キクノ様が再びこの国にやってきて、トージューローさんとともに私たちの帰りを待ってくれているとのことだ。
「そろそろ出立の時間ね」
馬車が緩やかに進み始める。
今回も領地まで同行するクリスとともに、馬車から王都の街並みを眺める。
「今度、王都に来るのは三年後ね」
「そうね。わたくしはその後、王都に滞在することになるから、しばらく自由を謳歌することにするわ」
クリスの言葉に苦笑しながら、昨日購入した土産物リストを頭に思い浮かべる。
トージューローさんやキクノ様へのお土産をクリスと一緒に買いに行ったのだ。お店を巡っていろいろなものを物色したり、カフェでお茶をしたり、楽しかった。
三年後に通う魔法学院での生活は前世とは違ったものになるだろう。
願わくは、シャルロッテが『略奪魔法』を発動しないよう、祈らずにはいられない私だった。
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)




