53.侯爵令嬢は魔法属性判定の儀式を受ける(前編)
そして迎えた魔法属性判定の儀式当日。朝早起きして念入りに支度をする。
湯あみの後、マリーにドレスの着付けをしてもらい、髪を結ってもらう。
「さあ、仕上がりました。可愛いですわ、お嬢様」
「ありがとう、マリー」
マリーは本当に腕がいい。私を可愛くさせるテクニックは最早プロだ。
「いざ! 出陣!」
「前も同じことを言っていたな。いや。女性にとって社交は戦場だったな」
「ところで、レオンはなぜ人間の姿なの?」
お兄様の魔法属性判定の時は姿を消していたのに、今回は堂々と姿を現している。
「王太子の小僧と約束したからな」
二年前、王太子殿下が訪問した時のことを思い出す。そういえばそんなことを言っていた。
あの後、人間姿のレオンを見ることがなかったので久しぶりだ。
「馬車までエスコートをお願いできる、レオン」
「うむ。ではいざ参ろうか?」
「はい」
手を差し出すとレオンは大切なものを扱うように、私の手を自分の腕に乗せ、エスコートしてくれた。紳士のマナーはしっかりしている。
魔法属性判定の儀式を受ける会場である魔法院へやってきた私は、家族とは別の控室に案内される。今年魔法属性判定を受ける貴族用の控室だ。貴族はそれぞれ一人一部屋ずつ控室が与えられるので、時間まではここで過ごすことになる。護衛と侍女は同行を許されるので、レオンとマリーについてきてもらった。
「あー! 緊張する。お兄様みたいに堂々と受けることができるかしら?」
「リオ、昨日も注意したとおり、あまり魔力を判定玉にこめすぎるな」
ここ二年ほど神様たちの試練を受けた私とクリスは、魔力が桁違いになってしまった。全力で魔法属性判定玉に魔力をこめると割れる怖れがあるそうだ。
「分かっているわ。制御しながらせいぜい目立たないようにする。それよりレオン少しだけ獣姿になって! お願い!」
パンと手を合わせてお願いをする。
ふうとため息を吐くとぽんと小さな獣姿に変わるレオン。もふもふしないと緊張がほぐれそうにない。ぴょんとレオンが私の膝の上に飛び乗る。早速、もふもふを堪能だ。
「ああ、癒される」
「いきなり扉を開けられたらアウトですわね」
ふふとマリーが微笑ましいものを見るような顔で笑う。
「大丈夫よ。扉をノックして入室を許可されないと入ってはいけないというのがマナーだから。貴族でそんな無作法なことをする方は……」
いないと言いかけた時、扉がノックされずバンと勢いよく開く。
「リオ! 来ている!」
無作法な人いた! クリスだ。貴族ではなく王族だけれど……。
「……お前は本当に王女なのか? どこまでも規格外だな」
「え? 何のこと? それよりもふもふ君は獣姿ではないの。私ももふらせて!」
二人で向かい合って座り、テーブルに乗せたレオンをもふもふする。レオンは迷惑そうに顔を顰めているが、されるがままになってくれていた。
「わたくし一番って苦手なのよ。リオ順番を変わらない?」
「私も一番は苦手よ。それにヴィリアーベルク公爵家のヴィクトリア様を差しおいて一番に受けるなんてできないわ」
今年はクリス、ヴィクトリア様、私という順番で魔法属性判定を受けることになる。ヴィクトリア様は我が国の四大公爵家の一つヴィリアーベルク公爵家の長女で、前世では魔法学院時代からの友達だった。そして、私がいなければ王太子妃候補となっていただろう。残念ながら彼女は私のお兄様が好きで後に婚約者となるのだが、それはまだまだ先の話だ。
「ヴィクトリア? ああ、彼女見た目に反して恥ずかしがり屋よね」
ヴィクトリア様はストロベリーブロンドに菫色の瞳をした豪華な美人なのだが、華やかな見た目に反して性格は大人しいのだ。しかし、好きなものに対しては熱く語る人だと私は知っている。だが、今は語るまい。
「そろそろ時間だぞ。クリスは自分の控室に戻れ」
もふもふされすぎて毛がくしゃくしゃになったレオンがクリスに退室を促す。
「そうね。そろそろ戻るわ。リオ、また後で会いましょう」
「ええ、また後でね」
◇◇◇
魔法属性判定は一組三人ずつ舞台裏で控えることになっている。
クリス、ヴィクトリア様、私の三人は現在舞台裏に設けられた椅子に座っている。隣のヴィクトリア様を横目でちらっと見ると、カタカタと震えている。案の定、かなりの緊張状態だ。
「あの……大丈夫でしょうか?」
本来、身分が上の者から声をかけるのがマナーなのだが、緊張しすぎて倒れそうなヴィクトリア様が心配になったのだ。無礼を承知で声をかけてみる。
「は、はい。大丈夫……です」
強張った笑みを返してくれるヴィクトリア様だが、全然大丈夫そうに見えない。
「私はグランドール侯爵家の娘でカトリオナと申します。本来は先に言葉を発するのは無礼なのですが、顔色が悪くて心配でしたので。申し訳ございません」
「い、いいえ。お気になさらず。グランドール侯爵家といえばポールフォード公爵家と親戚筋ではありませんか?」
言葉を発することで少し緊張がほぐれたようだ。顔の色が少し良くなっている。
「あ! 申し遅れました。わたくしはヴィリアーベルク公爵家の娘でヴィクトリアと申します」
「よろしくお願いいたします、ヴィクトリア様。確かに我が家はポールフォード公爵家と親戚ですわ」
にっこりと微笑みかける。それにしてもヴィクトリア様は子供の頃から綺麗なのね。それに美味しそうなストロベリーブロンドだ。前世でイチゴのようで美味しそうという度に髪を押さえて「食べないでね」と怯えていたのを思い出す。
「こちらこそ。カトリオナ様。よろしければわたくしのことはトリアとお呼びくださいませ」
「では、私のことはリオとお呼びくださいませ」
互いに微笑み合っているとコホンと咳払いされる。咳払いの主はクリスだ。
「割り込んで申し訳ないけれど、わたくしも話に加えていただけるとありがたいわ」
「これは! 申し訳ございません! クリスティーナ王女殿下」
またもや顔色が悪くなっているトリアだ。いきなりクリスに声をかけられたのでびっくりしたのだろう。
「クリスで構わないわ。わたくしもトリアと呼ばせてもらってもいいかしら?」
「もちろんでございます。ですが王女殿下を愛称で呼ぶというのは……」
「公の場でなければ構わないわ。そんなにかしこまらなくてもいいのよ。リオとわたくしはすでに親友で互いに愛称で呼び合っているわ」
「えっ?」とトリアが私に顔を向けるので、頷く。
「それでは魔法属性判定を開始いたします」
判定官の合図で魔法属性判定が開始を告げた。
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)