52.侯爵令嬢は魔法属性判定前の支度をする
ベビーベッドを覗くと、メアリーアンが小さな手足を動かしている。私と同じ青灰色の瞳は無垢で、まるで静かな湖のように澄んでいた。
「メイは本当に可愛いね。目元がリオにそっくりだ」
「そうかしら? 顔立ちはお兄様にそっくりよ」
メイというのはメアリーアンの愛称だ。ベビーベッドからお母様がメイを抱きあげると、お兄様と私の顔を見てきゃっきゃっとはしゃいでいる。
「ふふ。まるでジークとリオの子供のような言い方ね」
「ほら、メイ。お父様のところにおいで」
お父様が腕を差し出すが、なぜかメイは私に向かって「あう」と小さな手を差し出す。
「あらあら。メイは本当にお姉様が大好きね」
お母様の腕からメイを懐に抱っこする。きゃあと嬉しそうに笑うメイ。本当に可愛い。
「ああ、メイが可愛い。まるで天使のよう」
堪らなくメイに頬ずりをする。がっくりと項垂れるお父様を横目に……。
メイがレオンに目を向けたので、私は屈む。
「メイ。レオンをもふもふ」
小さな手を向けるメイにレオンが心得たとばかりに顔を寄せる。
「あうあう」と言いながら、レオンの毛をぽふぽふしている。たぶん「もふもふ」と言っているつもりなのだと思う。
私たち一家は今、王都のタウンハウスに来ている。十歳になった私の魔法属性判定の儀式のためだ。
産後半年のお母様と六ヶ月の赤ちゃんのメイは、領地で療養していた方がいいのではないかという家族の意見は却下された。私の晴れ舞台に付き添いたいというお母様と、なぜかお母様に味方するようにメイがぐずったからだ。私と離れたくないというようにしがみついて泣き止んでくれなかった。
お母様とメイの具合が悪くなったら、光属性の『治癒魔法』を私が使えば問題ないということで、お母様とメイも王都に同行することになった。
魔法属性判定の儀式は三日後だ。王都には一週間前に来ていたので、タウンハウスでまったりしている。クリスは王都まで一緒だったのだが、タウンハウスについた頃、王宮から迎えがきた。最初は着いた早々帰るのは嫌だとごねていたクリスだが、国王陛下が会いたがっているとのことで渋々王宮に帰って行ったのだ。
クリスとは毎日手紙のやり取りをしている。彼女にもらった検閲されないシーリングスタンプを使って……。明日はタウンハウスに来る予定だ。『サンドリヨン』の王都店からドレスが届くので、こちらで一緒に試着したいとのことだった。
魔法属性判定の後、今年はクリスの主催で王宮でのお茶会を開く予定だとのことだ。もちろん私も招待されている。お茶会用のドレスは『サンドリヨン』でオーダーしたのだが、クリスが私とお揃いがいいと言い出した。さすがに親友とは言っても王女とまるっきり同じデザインは不味いということで、微妙にレースの柄やリボンの位置を変えて色違いのドレスを作ってもらうことになったのだ。
ちなみにメイの産着をプレゼントするというサプライズは両親に喜ばれた。さすがは『サンドリヨン』だ。産着は可愛いデザインで肌触りが良かった。
◇◇◇
翌日午後から、ローラがいつもの従業員を伴ってタウンハウスを訪れてきた。驚いたことに三人の従業員の女性は元火の女神の神殿に仕える神子だったとのことだ。敬虔な彼女たちを気に入ったローラが『サンドリヨン』を開店する際に神殿から引き抜いたらしい。
クリスは午前中からタウンハウスに来ていたので、庭に造った実験用の温室で研究をして、一緒に過ごした。
「リオ、クリス、久しぶりね。お待ちかねのドレスを持ってきたわ」
エントランスでローラを出迎えると、ローラは妖艶に微笑む。相変わらず美しい女神様だ。フレア様やキクノ様とはまた違う美しさだなとあらためてローラに見惚れる。
「ローラ、久しぶりね。『サンドリヨン』のドレスを公の場で着るのは初めてだから、楽しみにしていたのよ」
クリスはほとんど我が領にこもりきりだった。我が国ではデビュタント前の王女は公務がないので問題はないのだ。
「ローラと会うのはドレスのオーダーをして以来よね。本当に久しぶりだわ」
自室へローラを案内するまで他愛のない会話をしながら、歩いていく。自室の前ではレオンがパタパタと尻尾を揺らしながら、待っていてくれた。
「あら。レオンはエントランスまで出迎えしてくれなかったのね」
「相変わらず嫌味なやつだ」
二人。いや神様二柱の視線の間に火花が散る。レオンとローラは会うたびに互いに毒舌なのだ。仲が悪いのかと問えば違うという。
「ええと。とりあえず、部屋の中にどうぞ。今マリーがお茶の用意をしてくれているの」
レオンとローラの間に割って入った私は火花にさらされながら、入室を促す。
今日のお茶菓子はマリーに任せた。朝早く起きたメイがなかなか私を離してくれなかったのだ。前世では赤ちゃんの頃から聞き分けのいい子だったのに、歴史が違ってきているのだろうか?
従業員の女性がケースを開け、ドレスを取り出して見せてくれる。クリスのドレスはロイヤルピンクに新作のレースが使われたプリンセスラインのロングドレスだ。私のドレスは明るいパステルブルーにクリスのレースとは違う新作で同じくプリンセスラインのロングドレスだった。
「まあ、素敵ね。早速着てみたいわ」
「ではクリスの着付けは私が手伝うので、マリーにリオの着付けをお願いするわ」
「承知いたしました、ローラ様」
クリスも私も簡単なワンピースなら一人で着ることができるが、さすがにドレスは人に手伝ってもらわないと着付けが難しい。
程なくしてクリスと私の着付けが終わる。二人で鏡の前に立つと、お互いの瞳が大きく見開かれた。
「リオ、可愛いわ!」
「クリスこそ、可愛いすぎるでしょ!」
微妙に違うデザインにしてもらったのだが、同じデザインでも色違いにすると違ったものに見えるから不思議だ。
「サイズは手直しの必要がなさそうね。二人ともしっかり体形維持しているから助かるわ」
毎日、体を動かしているとあまり体形が変わらない。普通、貴族の令嬢はあまり外に出て駆けまわったりすることがないので、中にはふくよかな体形の令嬢もいらっしゃるのだ。
「お二方ともとても可愛らしいですわ」
「ありがとう、マリー」
ドレスの引き渡しが終わったので、お茶とお菓子をマリーに準備してもらい、女子会に突入した。
「話題は変わるけれど、リオ。メイの鑑定はもうしたの?」
ローラがメイの話題を切り出した。
「ええ。でも『鑑定不可能』と出るの。赤ちゃんだからかしら?」
「わたくしも探知スキルでメイを鑑定してみたけれど、結果はリオと同じだったわ」
クリスは『探知』スキル持ちなので、スキルを触覚から視覚に切り替えて『鑑定眼』と同じように鑑定をすることができる。トージューローさん直伝だ。
ローラはレオンに視線を移すが、レオンはふいと顔を逸らす。
「メイは赤ちゃんだし、神様と同じような結果が出ることがあるのかと割り切っていたのだけれど、実はローラとレオンは何か知っているのではないの?」
「……魔法属性判定が終わったら話す」
レオンはそう言ったきり黙ってしまった。
「前から思っていたけれど……レオンってケチよね」
「何! 我のどこがケチなのだ?」
ローラが吹き出して、慌ててハンカチを取り出すと口元を押さえている。
「ふふ……そうよね。レオンはケチよね……ふふふ。あー! おかしい」
「ローラ! 貴様というやつは!」
また火花が飛び散る前に釘を刺す。
「はい! そこまで! だってレオンはそのうち話すと言いながら、なかなか教えてくれないことが多いじゃない」
「うっ!」
痛いところを突かれたとソファで頭を抱えている。ふふ、可愛い。
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