51.侯爵令嬢は新しい生命の誕生に歓喜する
順調に試練をこなし、私が時戻りをしてから二度目の秋がやってきた。
ある日、我が家に朗報が入った。お母様に新しい生命が宿ったのだ。ついにメアリーアンに会える。前世ではたった七歳で命を落としてしまった私の大切な妹。今世では絶対お姉様が守るからね! と決意を固める。
「リオ。貴女知っていたわね。前世のことを話す時にこの子のことを隠していたでしょう?」
お母様はお腹を撫でながら、私に詰め寄ってくる。
「それは……。ほら! こういうことは楽しみにしておいた方がいいでしょう?」
「そうね。ということで性別も名前も知っているリオがこの子の名づけ親ということでいいかしら?」
え! 何が「ということで」なの? 子供の名前は親が付けるものではないの?
「お父様も賛成だ。この子が産まれたら名前はリオがつけなさい」
十年ぶりに産まれる我が子にお父様は大喜びだ。お母様のお腹を撫でながら「ねー!」と言ってにこにこしている。メアリーアンが産まれたら、滅茶苦茶甘やかしそうだ。前世でもそうだった。お兄様も私も年の離れた妹が可愛くて甘やかしたが、メアリーアンは天使のような素直な良い子に育ってくれたのだ。
「ところでリオ。お父様だけにこの子の性別を教えてくれないかな?」
こっそりとお父様が耳打ちしてくる。
「ダメ! 産まれてからのお楽しみよ」
女の子と言った途端に舞い上がってしまうのが目に見えている。教えてもらえないと知り、お父様はしゅんと項垂れた。
◇◇◇
「ねえ、リオは知っているのでしょう? 産まれてくる子供の性別と名前」
「それは……知っているけれどね」
ツリーハウスでクリスとお茶会をしながら、そんな話題が出る。神様たちの試練が終わり、あとは魔法属性判定を待つだけとなったので、毎日のようにクリスと勉強をしたり、植物の研究をしたり、充実した日々を過ごしている。
キクノ様はこの国とヒノシマ国の外交を提案するために、半年前にヒノシマ国に向けて旅立ってしまった。次に会えるのは魔法属性判定の後だろう。
試練は終わったが、お兄様とトージューローさんは北の山脈にこもって修行をしている。
神様たちはというと、今もちょくちょく遊びに来てくれている。現に今もツリーハウス内に設置したキャットタワーで何やら猫会議らしきものをしていた。トルカ様と時の神様以外は皆猫姿だ。マリーは甲斐甲斐しく猫神様たちのお世話をしている。
クリスはこのまま魔法属性判定まで我が領に滞在するらしい。王女が不在で大丈夫なのかと伯父様に問い合わせたら、デビュタント前だから問題ないだろうと言っていた。
「ちなみに男の子なの? それとも女の子?」
クリスは口が堅い。神様たち、特にレオンは既に知っているし、マリーも知っている。ここにいる面々にならば、話しても問題はないだろう。
「女の子よ。メアリーアンというの。白金色の髪に私と同じ青灰色の瞳を持ったそれはもう可愛らしい子なの」
天使のように愛らしいメアリーアン。ああ、早く会いたい! まだ産まれていない妹に思いを馳せていると視線が自分に集まっているのに気が付いた。
あれ? 皆呆れた顔をしている?
「リオ、貴女。ブラコンだけではなくシスコンでもあったのね」
はあとため息を吐いてクリスはテーブルに頬杖をつく。
「やっぱりそう思う?」
自分でも自覚はしていた。でも他人に指摘されるとぐさりと胸に刺さる。
「女の子なの? ではサプライズで産着をプレゼントするというのはどうかしら?」
ローラの提案に二つ返事で頷く。産着をプレゼントするというのは思いつかなかった。性別は産まれてくるまで分からないので、無難なデザインの産着を用意するのが一般的だ。だが、性別が分かっていれば、性別に合った産着を用意することができる。
「それはいい考えだわ。女の子だと分かっているから、可愛い産着を用意できるわね」
反対する理由はないので、ローラの好意に甘える。デザインや色などはローラに任せることにした。『サンドリヨン』の商品が素敵なのは知っている。きっとメアリーアンに似合う可愛い産着を作ってくれるはずだ。
◇◇◇
その日、屋敷全体が緊張に包まれていた。張りつめた空気が辺りを支配する。
昨日の夜からお母様の陣痛が始まったのだ。無事に産まれることは分かっていたが、心配だった私は両親の部屋の隣室でレオンにくるまって待機していた。ちなみにお兄様もクリスも同じ気持ちだったらしく、夜中に私が待機している部屋へとやってきたのだ。
落ち着かない私たちのために「好きなだけもふってよい」とレオンが獅子の姿になってくれた。有り難くもふもふしながら、レオンにもたれて三人で話をしていたのだが、レオンのもふもふは心地よすぎていつの間にか眠ってしまった。
両親の部屋から元気に響く産声で目が覚めた。お兄様とクリスももふもふの心地よさに、眠りに誘われたようだ。私と同じタイミングで目を覚ました。
「産まれたみたいだね」
一見、冷静に見えるお兄様だが、顔が嬉しそうだ。
「お兄様、クリス。早く見に行きましょう!」
「まあ待て。マリーが呼びにくるまで待機しておれ」
急いて今にも部屋を飛び出しそうな私をレオンが呼び止める。
「えー! 早く赤ちゃんを見てみたいのに!」
クリスが不満気にレオンを睨む。
「出産というのは大変なのだ。子供が産まれたら終わりではない。事後処理というものがある」
「事後処理って何?」
出産についてかいつまんでレオンが説明してくれる。
「…………出産って大変なのね」
レオンの説明は衝撃的なものだった。出産とは命がけなのだ。
「もふもふ君は詳しいのね。もしかして産んだことがあるの?」
「あるわけがなかろう! 我は男だぞ」
レオンは神様だから、生命の誕生に遭遇したこともあるのだろう。
しばらく三人とも無言で待っていると、扉がノックされマリーが顔を出す。
「お産まれになりましたよ。可愛らしいお嬢様です。奥様が呼んでおられますので、どうぞ隣室へおいでください」
マリーに促され、両親の部屋へ足を踏み入れる。
お母様は出産の後で疲れているだろうと思ったのだが、優しい微笑みで手招きしてくれる。心なしかいつもより美しく見える。ベッドの横にはお父様が立っていて号泣していた。お父様は出産に立ち会ったのだ。
ベッドに近づくとお母様の隣でメアリーアンが元気に産声をあげている。
「リオ、約束は覚えているわね? この子に名前をつけてあげてちょうだい」
「お母様、赤ちゃんを抱いてもいい?」
お母様が頷いたので、そっとメアリーアンを抱き上げる。すると、メアリーアンは泣きやむ。
じっとメアリーアンの顔を見る。あれ? 笑った? まさかね。まだ目が開いていないのに。気のせいね。
メアリーアンのやわらかい頬を撫でる。
「貴女はメアリーアン・マリナ・グランドールよ。産まれてきてくれてありがとう。また貴女に会えて嬉しいわ」
やっと会えた。私の大切な妹メアリーアン。知らずほろりと涙が零れた。すると、号泣していたお父様が涙を拭い、私の懐にいたメアリーアンを抱き上げる。
「お姉様に良い名前をつけてもらえたね、メアリーアン」
さすがに三人目ともなると手慣れたものだ。お父様の子供を抱く姿は様になっている。
「随分手慣れたように赤ちゃんを抱いたわね、リオ」
「前世で経験があるもの。クリスもメアリーアンを抱いてみる?」
う~んと腕を組んで考え込むクリス。お兄様はお父様に教えてもらいながら、恐る恐るメアリーアンを抱いていた。
「わたくしは……ちょっと怖いわ。壊れてしまいそう。でも、可愛いわね」
「大丈夫よ。首が据わっていないからこうして支えながら抱くのよ」
赤ちゃんを抱く時の心得を話しながら、腕を使って説明する。ごくりと喉を鳴らし、メアリーアンを抱いたお兄様の懐から怖々とクリスはメアリーアンを抱き上げた。
「やわらかいのね。それにとても温かいわ」
ほんわりと表情を和ませていたクリスだが、それでもずっと抱いているのは壊れそうとお母様の隣にメアリーアンをそっと寝かした。
後ろにいるレオンが静かだなと思って振り返ると、目を見開いて驚愕の表情を浮かべている。
「どうかしたの? レオン?」
「い、いや。何でもない。お前の言うとおり可愛い赤子だな」
うむうむと頷いているレオンだが、何か様子がおかしいように感じる。
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