49.侯爵令嬢は雪の結晶を見て感動する
神の試練を受けてから一年が経過した頃――。
はっきり言おう。
皆、この国の誰よりも強くなった。
我が家のサロンはいつも賑やかで、それぞれ好きなことを語る場所と化していた。
「いやあ。イフリート殿はイケる口ですな」
「人間ノ酒ウマイ」
お父様とサロンで和やかにお酒を酌み交わしている相手は、火の精霊イフリートだ。二リルド(メートル)を超える立派な体躯。燃えるような赤い髪と瞳で強面だが、気は優しいらしい。ちなみに人間の言葉は覚えたてで片言だ。
イフリートは火の女神ローラの眷属で、お父様の試練に付き合っているうちに仲良くなったのだそうだ。
グランドール侯爵領の東には温泉地があるのだが、そこにある火山でお父様はローラの試練を受けていたのだ。火口にはイフリートが住んでいて、お父様の手合わせ相手を買って出てくれた。
お父様とイフリートが手合わせをしていた間、ローラはどうしていたのかというと――。
「麓の温泉で美の追求をしていたわ。あ! たまにはアレクシスの様子を見に行っていたわよ」
と言っていた。
おそらく、温泉地が本命だったのだろうな。
うちの領にある温泉地は身分を問わず、人気の観光地なのだ。温泉の質が良く、肌に良いと女性たちの間では評判なのだそうだ。
人間を美しくさせる仕事をしているローラは自分磨きをすることにも余念がない。
火山でイフリートと手合わせをしているうちにお父様は『火魔法』の上位魔法『火炎魔法』が使えるようになったのだ。
お母様とトルカ様のほうに耳を傾けると、こんな会話が聞こえてきた。
「それでね。海底に遺跡を見つけたのよ。あれは魔法院の考古学部門が探していた古代魔法の遺跡かもしれないわ。所有権は我が領にあるから一財産築けそうね。ねえ、トルカ様」
「うむうむうむなのだぞぞぞ」
あれ? お母様は淑女の鑑のような人だったはず……。こんな強かな女性だったかしら?
海底の遺跡? どうやって見つけたのだろう?
お母様に疑問を投げかける。
「水を操って凍らせたのよ」
お母様は南の別荘でトルカ様の試練を受けていた。『氷魔法』は『水魔法』の派生魔法なので、試練はそれほど厳しくはなかったそうだ。海の生物に影響がないように器用に水を操り、凍らせたら、遺跡らしきものが現れた。調べているうちに遺跡に刻まれた文字から古代魔法の遺跡ではないかという結論に至ったそうだ。ちなみに連日、『氷魔法』を駆使しているうちに、絶対零度の『氷魔法』を極めたらしい。
「トルカ様のお話では人間の体は六割が水分でできているそうなの。水を操るということは、人間の体の水分も操れるということでしょう? 件の令嬢が何かしでかしたら、彼女の体の水分をどうにかすればいいのよね」
にっこりと微笑んだお母様の美しい顔に黒いものが浮かんでいた。怖い! お母様が怖い人になってしまった!
今度はダーク様と語っている執事長のほうへ耳を傾ける。
「ルーファス。マリーを俺の嫁にくれ」
「それは……マリー次第ですな。娘がダーク様の申し出をお受けするのであれば、私に異論はございません」
ルーファスとは執事長のファーストネームだ。
ダーク様は本気でマリーを娶りたいようだが、当のマリーは冗談だと思っているようだ。私としてはマリーには幸せになってもらいたいので、賛成なのだが。
「なあ、マリー。全てが片付いたら『神の花嫁』になってほしい」
「それは死亡フラグなのじゃ!」
空間からふいにフレア様が顔を出して叫ぶ。
「ダーク! これが終わったら何とかしようというセリフは死亡フラグなのじゃ! 今は我慢するのじゃ!」
「何だ? その変なフラグ? また妙なロマンス小説にハマっているのか?」
神様は不老不死だから、そのフラグは立たないと思うが、フレア様は必死に止めようとしている。
「まあ、いい。気長にマリーを口説きおとすことにする」
執事長とマリーはダーク様が作り出した闇の空間で日々鍛錬をしていたそうだ。暗闇での戦いに慣れる、気配を完全に断つ等々。最早、暗殺に特化するための試練としか思えない。
しかも試練を受けながらも、日常業務をこなしているからすごい。
一方、風の神ライル様の試練を受けた三人は『風魔法』の上位魔法『暴風魔法』を使えるようになっていた。『暴風魔法』は災害級の魔法で、極めることができる人間はまずいないそうだ。
「いざとなったら、お兄様とシャルロッテを吹き飛ばしてしまいましょう」
「それはいいね。その後、僕たちも逃亡しないといけないけれどね」
「そうなったらヒノシマ国で暮らせばいい。元々この家とは親戚だ。親父たちも喜ぶと思うぜ」
静かに聞き耳を立てていると、物騒な会話が飛び交っている。
私はといえば、『創造魔法』と『神聖魔法』という上位魔法を神様直々に授かっている。
だからと言って水田作りやフレア様の講義を聞いていただけではない。地道に試練をこなしていたと思う。
しかし、一から何かを生み出すことができる『創造魔法』も『光魔法』の上位魔法『神聖魔法』も攻撃に特化した魔法ではない。いざという時に防御力が高いだけでは役に立たない。
レオンもフレア様も魔力量が桁違いになったと褒めてくれたが、実感がない。
一番伸び悩んでいるのは私だろう。
◇◇◇
雪に覆われた森を滑らないように注意しながら、森の道を歩く。
レオンが背に乗せてくれると言ったのだが、断った。私は雪道を歩くのが好きだからだ。
特に誰の足跡もついていない新雪の上を歩くのが好きだ。鼻歌を歌いながら、ざくざくと雪道を進む。
「楽しそうだな。リオは雪が好きなのか?」
「好きよ」
隣に並んで歩くレオンの毛並は雪と同じように白銀に輝いている。
「雪の結晶を知っているか?」
「本で読んだことがあるけれど、実際に見たことはないわ」
雪の結晶を見るには条件がそろわないと見ることができないと本には書いてあった。
前世では十歳から王都のタウンハウスに暮らしはじめた私は、領地に帰って雪遊びをすることがなかったのだ。
王都にはあまり雪が降らないので、ちらつく雪を窓から眺める程度だった。十歳になる前の冬は屋敷の中で過ごしていた。たまにお兄様と雪うさぎを作って遊んだりすることはあったが……。
レオンのたてがみが白銀に光ると、周りに六角形のきれいな模様をした白いものが舞う。
「これが雪の結晶だ。一つ一つ形が違う」
よく見ると確かに形が違う。どれも美しい形をしていると思った。
「きれいね。これが雪の結晶なの」
雪の結晶はきれいだ。女性が好みそうな形をしている。アクセサリーにできないだろうか?
そうだ! 今度ローラに相談をしてみよう。
「悪い顔をしておるぞ、リオ。何を考えている?」
何か企んでいるような顔をしていたようだ。
企むというか、アクセサリーにしたら、売れそうだと思っただけなのだが……。
「失礼ね。雪の結晶の形がアクセサリーになりそうだと思っただけよ」
「この形をアクセサリーにするのか? 難しいぞ」
初めての試みはどんなものも難しいものだ。
ただ、ローラお抱えのジュエリー職人はいい腕をしているから、いけるかもしれない。
「これはいい商品になりそうね」
「……お前は商魂たくましいな」
ふふと含み笑いをしていると、レオンがぼそりと呟いた。
「ところでなぜ雪深い森に行こうと思ったのだ」
「見せたいものがあるの」
「何だ?」
「着いてからのお楽しみよ」
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)