48.侯爵令嬢は王太子の訪問を歓迎していない(後編)
お父様が王太子殿下の疑問に答える。レオンが親戚の子と聞いた途端、王太子殿下の視線が緩む。
「我が家の親戚の子供なのですが、訳があって預かっているのです」
「そうか。レオンと申したか? 年は?」
「……ジークと同じ年だ、いや、同じ年です」
かろうじて敬語で言い直したが、レオンの王太子殿下に対する態度は尊大だ。神様だからなのか、王太子殿下が嫌いなのか、たぶん後者だろう。レオンは人間にとても優しい神様だが、敵だと認めた者には容赦がないところがある。
「ジークと同じ年であれば私とも同じ年だな。レオンにもジークと同じように私のことをリックと呼ぶことを許そう。私には同じ年の友人が少ない。仲良くしよう」
「承知しました。よろしくお願いします、リック」
表面上は仲良く握手をしているが、念話でこう聞こえてきた。
『ふん! 我と友人になろうなど千年早いわ、小僧』
レオン……。大人気ない。
「それでお兄様はわたくしの様子を見に来ただけなのでしょう? このとおり元気なので、もう帰っていただいて結構よ。お父様とお母様によろしく」
素っ気ないクリスに苦笑する王太子殿下。
「おまえは帰る気がないようだし、私の用は確かにこれで終わりだが、お前と会うのは久しぶりだ。それにジークとリオとも久しぶりに会ったのだ。もう少しゆっくり話をしていってもいいだろう?」
「早くなさらないと、雪が積もって馬車が動かなくなるわよ」
「そうなったら、私もここに逗留しようかな?」
「王太子としての公務がおありでしょう?」
クリスと王太子殿下の視線がぶつかる。火花が散って見えるのは目の錯覚ではないだろう。
「我が領には冬用の乗り物がございます。万が一の場合はお貸しいたしますので、ご安心ください、王太子殿下」
紳士然としているお父様だが、「早く帰れ」という心の声が聞こえる気がする。
「冬用の乗り物ですか? それはどういったものですか?」
「我が領では冬になり雪が積もると、馬車の代わりにそりを使うのです。馬車の車輪部分をそり用の刃に変えた乗り物で、馬ではなくトナカイに乗り物をひかせるのです」
「トナカイですか? 図鑑でしか見たことがありません。見てみたいな」
王太子殿下はそりに興味を持ったようだ。正確にはトナカイを見たいのだろう。王太子殿下は動物が好きなのだ。その辺りは同じく動物好きのクリスと共通点がある。
「よろしければお見せいたしましょう。執事長頼めるかな?」
執事長はマリーに給仕を任せると、一礼して応接室を退室していった。トナカイを厩舎から連れてくるように指示をしに行ったのだ。
「楽しみだな。もふもふしているのかな?」
王太子殿下は楽しそうだ。クリスもそわそわしている。トナカイを見るのは初めてだろうから、楽しみなのだろう。
「トナカイの体毛は寒い環境から身を守るため分厚いので、毛並みは硬いのです。でも可愛いですよ」
王太子殿下とクリスにトナカイについて説明をする。お兄様と私も動物好きなので、しばらく四人でもふもふ談義で盛り上がった。だが、もふもふはやはりレオンの毛並みが一番!
レオンはというと、子供四人の会話に加わらず、キクノ様と紅茶を楽しんでいる。菓子が盛られた器の中身が著しく減っているのは、食いしん坊レオンの仕業だろう。
三十分ほど談笑していると、応接室の扉がノックされ、執事長が入室してくる。
「お待たせいたしました。テラスの外にトナカイを連れてまいりましたので、室内からご覧いただけます」
執事長の先導で応接室からテラスに移動をする。テラスからは庭園が一望できるのだ。
テラスの外には、厩舎で勤める使用人がひいているトナカイが庭園の周りを歩いているのが見える。
「あれがトナカイ? シカに似ているわね」
クリスが目を輝かせながら、テラスの窓に張りついてトナカイを見ている。
「トナカイはシカ科の動物でシカの仲間なの。雪の上を走行できるので、冬の間は馬の代わりにトナカイにそりを引いてもらうのよ」
馬車と比べてそりは簡素な乗り物だ。うちのそりは屋根がついた箱型をしている。乗り心地は馬車と違って振動が少ないので、悪くはない。
王太子殿下も物珍しそうにトナカイをあちこちの角度から見ている。
「立派な角だね。それに想像していたより大きい。雄かな?」
初めてトナカイを見た王太子殿下は嬉しそうだ。頬が上気して朱に染まり、青い瞳がキラキラと輝いている。
「トナカイは雄雌ともに角があります。冬に角があるのは雌です」
雄の角は秋から冬にかけて抜け落ち、春に角が生える。雌の角は春から夏にかけて角が抜け落ち、冬に角が生えるのだ。トナカイの角は粉末にすると滋養強壮の薬にもなると執事長が説明をしてくれる。
「外に出てトナカイを触ってみたいな」
「馴らしてはありますが、危険ですので鑑賞のみでお願いいたします」
「残念だな」
執事長に首を振られ、本当に残念そうに項垂れる王太子殿下だ。王族に怪我をさせるわけにはいかないので、気の毒だが我慢してもらうしかない。
トナカイを心ゆくまで鑑賞した後は応接室に戻り、一時間ほど歓談する。
今日は以前のように我が家に泊まることはなく、王太子殿下は早々に王都へ向かうとのことだ。魔法院直轄領に入るまでの宿の手配はしてあるという。
エントランスまで総出でお見送りをする。王太子殿下はクリスの頭に手をポンと乗せる。
「たまには王都に帰ってこい。母上はともかく父上が寂しがる。それとあまりこちらに迷惑をかけるな」
「分かっているわ!」
自分の頭に乗っている兄の手を払うクリス。
「では侯爵、侯爵夫人これで失礼します」
「お気をつけてお帰りください、王太子殿下」
雪はまだ積もってはいないので、そのまま王家の馬車で帰るそうだ。
「次に会えるのはリオとクリスが魔法属性判定を受ける時かな? 楽しみにしているよ、ジーク」
「はい。リックもお元気で」
お兄様の隣にいるレオンへ視線をうつすと、王太子殿下は握手を求める。
「レオンも一緒に来るのだろう?」
「そのつもりです」
レオンは憮然としてため息を吐くと、王太子殿下と握手をする。
「そうか」と一言だけ呟くと、王太子殿下は最後に私へ視線を移す。
「リオ、魔法属性判定の時に会えるのを楽しみにしているよ」
気のせいだろうか? 私を見つめる王太子殿下の瞳に熱がこもっているように感じる。嫌な感じがして、背筋に冷たいものが走った。
馬車に乗り込む王太子殿下に総出で最上級の礼をとる。馬車が走り出す直前、頭を上げると王太子殿下が手を振っているのが見えた。
馬車が見えなくなるまで見送った後、そのまま応接室へ戻る。
「お兄様と普通に接していたように見えたけれど、大丈夫なの、リオ?」
「ええ。皆一緒だったし……それに」
レオンがいてくれたからと言いかけて、ふと気になったことをレオンに問いかける。
「そういえばレオンはなぜ人間姿なの? 以前のように姿を消してくるのかと思ったわ」
「王太子の小僧を牽制するためだ。王族相手に獣姿では出られないのであろう? ならば人間姿になるしかあるまい」
そういえば、クリス以外の王族にはまだ獣姿のレオンをお披露目していない。牽制する? 何のために?
「もふもふ君は国王であるお父様の許可がおりているから、お兄様の前でももふもふ姿で構わない……いえ、やめた方がいいわね」
「なぜだ?」
「お兄様はわたくしと同じで、動物が大好きなのよ。お兄様にもふられまくってもいいのならば、獣姿でもいいのだけれど」
「……王太子の小僧の前では獣姿にはならないでおくとしよう」
レオンは眉を顰めている。王太子殿下にもふられている自分の姿を想像したのだろうか? ものすごく嫌そうな顔をしていた。
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