46.侯爵令嬢は訪問者について話し合う
王太子殿下が我が家へ訪問に来るという。王太子殿下はおそらくクリスがここに来ていることを把握しているだろう。
「とりあえず座りなさい、リオ。王太子殿下が我が家を訪問されるにあたって、話し合うために全員が揃うのを待っていたのだよ」
お父様に座るように促されたので、クリスの隣に小さな獣姿のレオンを膝に乗せてソファに座る。キクノ様はトージューローさんの後ろに立つ。
「王太子殿下はどのような目的で我が家に訪問されるのでしょうか?」
お母様が問いかけると、お父様が腕を組んで眉根を寄せる。
「先触れでは目的については何も言及がなかった。ただ我が家を訪問したいとだけ……まあ、王女殿下の様子を伺いにやってくると考えるのが妥当だろうね」
屋敷内が騒がしい理由が分かった。王族が訪問するのだ。それなりの支度を整えなければいけない。
「いろいろ手配を整える指示はしましたが、それにしても迷惑な話……あら? 王女殿下の御前で失礼をいたしました」
お母様が失言しましたとばかりに、上品に口へ手をあてて微笑む。最近、お母様が毒舌な気がするのだが、気のせいだろうか?
「良いのです、侯爵夫人。全くもってそのとおりですもの。それにポールフォード公爵家は王族の血が流れていますので、わたくしたちは親戚ではありませんか」
世辞ではなく、クリスの本心なのだろう。
お母様の生家ポールフォード公爵家は王女が降嫁している。お母様の曽祖母にあたる方だ。
フィンダリア王国には四大公爵家と呼ばれる大貴族がいる。その一つがポールフォード公爵家だ。唯一王族が嫁いだことがある名家なので、四大公爵家の中では一番家格が高い。
そのポールフォード公爵家から嫁いできたお母様のおかげで、我がグランドール侯爵家は四大公爵家に次いで家格が高いのだ。
ちなみに両親は貴族では珍しい恋愛結婚だと聞いている。魔法学院時代、お母様を見初めたお父様が求婚したところ、お母様は快く受けたそうだ。両想いだったらしい。
「そのように仰っていただけて光栄ですわ。王女殿下は王妃殿下によく似て剛毅でいらっしゃいます」
王妃殿下とお母様は仲が良い。幼馴染で気心が知れた親友同士なのだ。公の場では臣下の礼をとってはいるが、王都にいる間は二人だけでお茶会をすることがあるという。
クリスは王妃殿下に似ているので、自分に似ている私とクリスが並んでいると、かつての自分たちを思い出すとお母様は語る。
「兄はあわよくば、わたくしを連れ戻そうと思っているかもしれませんが、そのつもりはありません。バカ兄がこちらに迷惑をかけないうちに早々に追い返します」
「お前は実の兄に対して辛辣だよな。兄ちゃんが嫌いなのか?」
今まで黙って話を聞いていたトージューローさんがため息混じりで、クリスに問う。
「お兄様のことは嫌いではないけれど、時戻りする前のリオへの仕打ちは許せないもの。このまま同じ未来を辿ることになるとしたら、わたくしは絶対に容赦しないわ」
そう言ってクリスは私に抱き着くと、こっそりと耳打ちをする。
「もふもふ君と仲直りできたみたいね。良かったわね、リオ」
「うん」
「そういうトージューローは兄弟仲がいいの? 兄弟は何人いるの?」
トージューローさんの兄弟については聞いたことがない。
「俺のところは八人兄弟だ。俺は四男で兄が三人、姉が一人、弟が一人、妹が二人いる。兄弟姉妹は皆仲がいいぞ」
「八人ですか? 失礼ですが異母兄弟ですか?」
「いや。ヒノシマ国は一夫一妻制だから、皆同父母の兄弟姉妹だ」
我が国も王族以外は一夫一妻制だけれど、貴族の中には愛妾がいて異母兄弟がいるという家もある。お父様はお母様一筋なので、愛妾はいないはずだ。
「トージューローのお母様、頑張ったのね」
「キクノ様は兄弟がいらっしゃいますか?」
「いますよ。姉と妹が一人ずつおります」
キクノ様は三姉妹で男の子がいないので、いずれお姉様が婿取りをして家を継ぐそうだ。
兄弟の話題で話が脱線してしまったが、王太子殿下の訪問については、王族に対する最上級のおもてなしをするということで話はまとまった。
その夜は久しぶりに自室に戻ってレオンと一緒に眠ることにした。クリスも私の部屋へ遊びに来たので、二人ともふもふでベッドに寝転がっている。
「ねえ、もふもふ君はいつもリオと一緒に寝ているの?」
クリスはベッドで丸くなっていたレオンを抱きあげるともふり始める。
「リオは我の眷属だからな」
「ふうん。でもリオが成長したらどうする気なの? もふもふ君は殿方でしょう?」
びくっとレオンが体を震わす。
「我は神だぞ。それにこのような獣の姿だ。問題はなかろう」
それは……大きくなっても一緒のベッドでレオンと眠るということ? ふと青年姿のレオンを思い出し、頬が熱くなる。
「神様とはいえ殿方でしょう? 美しく成長したリオの隣にいて平常心でいられるの?」
うりうりとクリスはレオンの頬をびろ~んと伸ばす。やはりクリスはレオンが神様だと知っても物怖じしない。レオンも寛大なのでされるがままだ。
「大丈夫に決まっておる!」
「まあ、いいわ。信じてあげる。ところで水田作りをしているそうだけれど、それで試練になるの?」
城跡の復元を拒否されて、意固地になった私は農作業に精を出していたけれど、そろそろ別にも何か創造するものを決めなければならない。どうしよう? またローズガーデンでも作ろうか?
「あの森は長い間、瘴気に満ちていた。とても作物が育つような環境ではなかったのだ。リオが土壌改良をしたことによって、森は蘇り始めておる。それもまた試練の一環だ」
レオンは私の肩に飛び乗ると、頭を撫でてくれる。ぶにぶにの肉球の感触が堪らない。ああ、癒される。
「それに我の試練の課題は『創造魔法』の経験値を積ませて魔力量を増やすことだ。リオの魔力量は我の想像を超えていた。一番早く試練をこなすのはリオかもしれぬな」
意地悪そうに口端をつり上げて、クリスに挑戦的な目を向ける。
「もふもふ君はソファで寝なさい! わたくしはリオと一緒に寝るわ。リオに近づくのは禁止ね」
ぷうと頬を膨らませると、クリスはレオンをぽいと床におろす。
「もふもふ君は放っておいて、女子会の続きをしましょう」
ちらっとレオンを目の端で見やると、ソファで丸くなっている。
『クリスが眠ったら、そちらに戻る』
念話でレオンが語りかけてくる。
『分かったわ。あのね、レオン……今までごめんなさい』
『謝ることはない。我も配慮が足りなかった。それに我はどんな時もリオの味方だ』
『うん!』
眠るまでクリスと二人でいろいろと語り続けた。
レオンはクリスが眠るのを見計らって、ベッドに戻ってきたようだ。朝、目を覚ますと枕元で丸くなっていた。
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