45.侯爵令嬢は水田作りを教わる
作った鍋は、お昼に皆の下へ時の神様に届けてもらった。今は休憩しつつ、おにぎりを片手に、鍋の具をつついている。
フレア様は「美味いのじゃ!」と鍋の具とおにぎりを交互に頬張っている。リスのように両頬が膨らんで可愛い。どうやら満足してくれたようだ。
「それにしても、人間に転化した土の神に会えるとは思わなかったのじゃ!」
キクノ様はなぜか私の試練に同行してくれた。温室で水田の作り方を教えてくれたのだ。
「ええ。あたくしも人間に転化してこの国を訪れるとは思いませんでした」
フレア様とキクノ様は久しぶりに再会して懐かしいのか話に花を咲かせている。
隣のレオンを見ると、今日も小さな獣姿でおにぎりとお皿に盛った鍋の具をもくもくと食べている。
意を決すると深呼吸をして気持ちを落ち着ける。そして、レオンに話しかけた。
「ねえ、レオン。人間に転化した神様は、神様の力を使えるの?」
レオンは弾かれたように私の顔を見ると、目を細め尻尾を揺らす。和やかな顔をして嬉しそうだ。今まで口を利かなかったことを咎めることなく、私の膝の上に移動してきた。
「いや。普通は人間の生を終えるまでは神の記憶はない。ゆえに力も使えぬはずなのだ」
久しぶりにレオンの毛並みを堪能する。マリーはしっかりレオンの世話をしてくれていたようで、相変わらず良いもふもふ具合だ。
「それはあたくしの生家である九条霞家が祀っている神のおかげです」
今までフレア様と仲良く語っていたキクノ様が私とレオンの会話に割って入る。
「どういうことだ?」
キクノ様はヒノシマ国の生家の話をし始める。九条霞家は国主の桐十院家の補佐の役目と、豊穣を祝う祭りの祭司を務める家柄なのだそうだ。
物心がついた頃から、キクノ様は神が祀られている祠に供物を捧げる役目を担うようになった。
ある朝、いつものように祠に供物を捧げにいくと、祠が開き、小さな老人が出てきてキクノ様をじっと見ると「おや? お主は他国の神じゃな?」と言われたそうだ。その小さな老人は九条霞家が祀っている豊穣の神様だった。
「ヒノシマ国の豊穣の神であるかの神に問われて、神の記憶と力が戻ったのです」
その豊穣の神様はフィンダリア王国でいうところの土の神と同じ系統の神様だそうだ。
同類の神つながりで豊穣の神様は幼いキクノ様にこうのたまったそうだ。
『他の神々に知られると厄介だから、人間として過ごすように』と。
「時々かの神とお酒を酌み交わすのが秘かな楽しみでした。ヒノシマ国の神酒は美味しいのですよ」
どこの国の神様もお酒好きなのは、同じようだ。
「まさか子供の頃からですか?」
「ヒノシマ国の成人は十二歳ですので、問題ありません」
相変わらずいい笑顔で、キクノ様は子供の頃からお酒を飲んでいたことを肯定した。どれくらいの量を飲んでいたかは聞かないでおこう。この国の神様の酒の飲みっぷりを見れば、だいたい想像はつく。
「それにしても水田作りは難しいですね。コメを苗から植えるというのも知りませんでした」
水田は耕した畑に水を張り、もう一度土をならした後、土が沈殿するまでそのまま置いておくのだ。コメは苗床を作り、種を植え苗が育ったところで水田に植え替える。結構な手間がかかるのだが、労働の対価で美味しいコメが作れるのであれば嬉しい。
「この国の主食は主にパンですからね。それにしてもユリエはなぜお米を作ろうと思ったのですか?」
レオンから与えられた試練で城跡を復元したかったのに、拒否されたからとはとても言えない。
「それはですね……」
私が口ごもっていると、フレア様がキクノ様に何やらこそこそと耳打ちをしている。
キクノ様は「ああ!」と合点がいったとばかりに頷くと、パンと手を打つ。
「なるほど。レオンはいけずですからね」
「そうなのじゃ! レオンはいけずなのじゃ!」
どうやら経緯を知っているフレア様から一部始終を説明されたらしい。
「何だ!? お前たちは揃いも揃って我をいけず呼ばわりしおって!」
レオンが二足立ちをして抗議している。
「そういえば、たまにレオンはいけずなのよね」
「リオまで我をいけずと申すのか!?」
二足歩行のまま、手足をジタバタさせている。その様はしゃべらなければ、可愛い猫にしか見えない。
「さあ、あともう少しです。日が傾くのが早い時期ですので、早々に終わらせて帰りましょう」
「我のどこがいけずなのだ?」と自問自答しているレオンは放っておいて、女性陣三人は作業に戻った。
◇◇◇
水田作りという名の試練を終えて、領主館に戻ると、何やら屋敷内が騒がしいことに気づく。使用人たちが慌ただしく動き回っているのだ。
「どうしたのかしら?」
訝しく思いながらも、応接室へ向かう。今日は試練についての報告会の日だ。神の試練を受けている私たちは週に一度、試練の成果などを話し合う場を設けている。
ひとまず皆が集まっている応接室に入ると、既に試練を終えて戻ってきていた家族とクリス、トージューローさんが神妙な面持ちをしてソファに座っていた。
「ただいま戻りました。どうかしたのですか? 皆様」
「リオ、大変なの! 先触れがあって、一週間後にお兄様がここに訪問に来るのですって!」
私の姿をみとめると駆け寄ってきたクリスから衝撃的な言葉が飛び出す。なんですと!?
作者はお米が大好きです♪
ちなみに田植えと稲刈りは手作業だとかなり大変です。
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)