44.侯爵令嬢は元土の神様に料理を教わる
「さて、下ごしらえはできたようですね。では土鍋に……そういえばこの国には土鍋がありませんでしたね」
キクノ様がパチンと指をならすと丸い鍋が現れる。シンプルな土色に変わった形の蓋。この国では見たことがない鍋だ。キクノ様が元神様と知ってからは、いきなり鍋を魔法で出しても皆驚かない。
「変わった鍋ですね」
「土鍋といいます。簡単に説明しますと、耐火性の高い粘土を練って焼成したものです」
粘土が原料の土鍋。元とはいえ土の神様だから魔法で作ることができたのだろう。皆、物珍しそうに土鍋を見ている。不貞腐れているトージューローさんは除く。
「他に必要なのはお鍋に使う調味料ですが、大陸とヒノシマ国では味の文化が違いますから、醤油や味噌という調味料はありませんわよね?」
「それは俺も探したんだ。せめて大豆があればな」
今まで不貞腐れていたトージューローさんが話に参加してくる。
「あら? ダイズならあるわよ」
クリスに同意するように、私も頷く。
「この間、アズキと一緒に作ってみたの」
「作ったのですか? 大陸では大豆は育ちにくいはず……ああ、ユリエはレオンの眷属なのですから『創造魔法』が使えるのですね。あら? 『神聖魔法』も使えるのですか」
キクノ様は私を神眼で鑑定したようだ。レオンの眷属になって『創造魔法』でダイズやアズキを作ったことが分かったようだ。フレア様から『神聖魔法』を授けてもらったことも。
「イーシェン皇国の土を取り寄せて栽培しようと思ったのですが、フレア様……光の女神様に光源を変えることによって、異国の植物栽培ができると教わったのです」
東の国の植物を温室栽培するにあたって、フレア様は光源をイーシェン皇国と同じような光度にすれば、育つのではないか? と提案してくれた。
イーシェン皇国の光度はフレア様が実際に再現してくれたので、私でも作り出すことができた。おかげで土壌改良に成功したのだ。
神様の試練を受けた後、領主館にも作った温室でクリスと植物の研究をしている。私たちがいない間は庭師のトマスが面倒を見てくれていた。ダイズはちょっと成長速度を速めて、収穫しておいたのだ。
「まあ、あのものぐさな光の神がですか?」
「あやつは最近、働き者になったのだ」
ひどい言われ様だ。フレア様とダーク様は神様仲間では、気まぐれなものぐさ姉弟として、有名らしい。
「それで大豆はどこにあるのですか?」
「この棚に保管してあります」
料理をするようになった私専用に料理長が棚を提供してくれたのだ。棚には「お嬢様とマリー以外使用禁止」という貼り紙がしてある。
マリーがダイズを棚から取り出してくれる。ダイズは『温度管理』付与の瓶に入れてあるのだ。瓶は王都からの帰り道に寄った魔法院直轄領にある魔道具の店で見つけた。ダイズは一定の温度で保管しないといけないからだ。
キクノ様に瓶を渡すと、可愛らしく微笑む。
「これで醤油や味噌が作れます。他にもいろいろ材料が必要ですが、おいおい作るとして今日はあたくしが持参したものを使いましょう」
キクノ様は持ってきた荷物から瓶と壺を取り出し、それぞれ分けてボールに中身を入れる。
それぞれのボールを覗くと黒い液体と土の塊のような茶色の物体が入っている。
「液体が醤油、こちらの塊が味噌です。どうぞ味見してみてください」
大陸にはない物なので、旅立つ際に少量だけ持参してきたとのことだ。
恐る恐るショーユの匂いを嗅ぐと、なんともいえない芳醇な香りがする。スプーンに掬って味見をするとしょっぱいが美味しい。
次にミソの味見をする。こちらもしょっぱいけれど、まろやかさが口の中に広がって美味しい。
どちらもダイズが原料とのことだ。
「まあ! 初めて味わう調味料ですけれど、いろいろな料理に合いそうですね」
マリーの周りに小花が飛び散っているように見える。何か閃いたようだ。
「でかした! 菊乃。これでヒノシマ国の食事が作れるな」
「貴方のために提供するのではありませんよ、彦獅朗。一生懸命なユリエのために提供するのです」
キクノ様はぷいとトージューローさんから顔を背ける。
土鍋に水を張り、キクノ様がヒノシマ国から持参した乾燥させた海草らしきものを入れる。コンブというらしい。出汁にするそうだ。
水が沸騰したら、野菜と肉を入れて煮込む。今日はミソで味付けをする鍋を作ることになった。
ある程度野菜と肉に火が通ったら、鍋にミソを投入してさらに煮込む。具材に味をしみこませたら完成だ。
食欲をそそるいい匂いが厨房内に立ち込める。
キクノ様がお皿に鍋の具を人数分取り分けてくれる。
「どうぞ召し上がってください」
まずはスープを飲む。まろやかな味が口いっぱいに広がった。次にミソがしみこんだ野菜と肉をパクリと食べる。
「「「「「美味しい!!!!!」」」」」
五人の声が重なって厨房に響く。
「米! 米が食いたい!」
久しぶりの故郷の味に興奮したのかトージューローさんが叫ぶ。
「さすがにお米はないでしょう?」
「「あります!」」
キクノ様の問いにクリスと私が手を挙げる。
「まあ、お米まであるのですか?」
コメも棚からマリーに取り出してもらう。コメは丈夫な麻袋に入れてある。十キトル(十キロ)あるので重いが、マリーはひょいと肩にかつぐ。可憐な見た目に反して、意外と力持ちなのだ。
キクノ様は麻袋の中からコメを一粒取り出すと、手のひらにのせてじっくりと観察している。
「これは水田ではなく、直接土に植えましたか?」
トージューローさんが「とりあえず植えれば何か生えてくるんじゃないか?」と言っていたので、土に植えてみたのだ。
小麦に似た穂が立派に実ったので、刈り取って農家で脱穀をしてもらった。
「はい。水田とは何ですか?」
「次に植える時にお教えしますわ。このお米でも美味しく炊くことができます」
もう一つ土鍋を魔法で作り出すと、キクノ様はコメを研ぎ始めた。シャカシャカと二十回ほど手でかき回して白く濁った水を捨てる。それを二、三回繰り返す。こうするとコメが水を吸って美味しく炊けるそうだ。
「浸水させて少し時間を置くとさらに美味しくなるのですが、今日はこのまま炊くことにしましょう」
土鍋に入れたコメに水を張ってから火にかける。実に鮮やかな手並みに女性陣から拍手が上がった。
「鍋をお弁当にするのでしたね。お米が炊けるまで人数分の鍋を作ってしまいましょう」
そこからは六人で流れ作業だ。野菜を切ったり、薪ストーブに置いた鍋の加減を見たり、役割を分けて作業をこなしていく。
「キクノ様。鍋はお昼までに冷めてしまうのではないでしょうか?」
「時の神に運んでもらえば、温かいご飯が食べられますよ」
その手があった! 時の神様の空間は時間経過をしないので、作り立ての料理を皆に提供することができる。
コメが炊けてから少し蒸らした後、三角に握る。ヒノシマ国ではおにぎりというそうだ。片手で食べられる利点はサンドイッチと通じるものがある。
底にできたおこげがこれまた美味しいとのことで、おこげを混ぜておにぎりを握った。
皆、喜んでくれるといいな。
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)




