42.侯爵令嬢はそろそろもふもふが恋しくなる
――レオンと絶交してから一週間。
レオンは時々語りかけてくるのだが、私は意地を張ってそっぽを向いてしまう。
「フレア様、見てください。ミミズです」
土から出てきたミミズを見て和やかな気持ちになる。
「うむ。元気良く生きておるじゃ!」
ミミズがいるということはここの土壌は質が良いようだ。
普通の貴族令嬢はミミズを見たら、卒倒するか悲鳴をあげるだろう。しかし、私は農業について、農家を営む領民から農業の何たるかを学んできた。馴染みの農家を紹介してくれた庭師のトマスに感謝だ。
農家にとってミミズは土壌を改良してくれる益虫と言われているそうだ。
いい農作物を作るためなら見た目が多少グロテスクでも私は気にしない。それどころかもふもふしていたら、可愛いだろうなと思ってしまう。
「リオはなぜ我と口を聞いてくれないのだろう?」
畑の隅でいじけているレオンが可愛くて、ついもふもふしたくなるのだが、我慢だ!
レオンとは(私が一方的にだが)絶交中なのだ。
このもやもやとした気持ちが落ち着くまではレオンとは話したくない。口を開いたら負けだと思っている。
城跡の復元をレオンに拒否された時のことを思い出し、ため息を吐く。
「どうしたのじゃ? リオ」
フレア様が心配そうに私の顔を覗き込む。
「フレア様、レオンはマリオンさんを……」
はっきりと聞いたわけではないが、レオンはマリオンさんを深く愛していたと思う。
「その先は言わずとも良いのじゃ。あやつは少々唐変木なところがあるのじゃ。リオはいつも素直だから、たまにはわがままを言って困らせてやると良いのじゃ」
ポケットからハンカチを取り出すと、フレア様は目元を拭いてくれた。知らないうちに涙ぐんでいたようだ。
相手は女神様とはいえ、女同士。フレア様は何も言わずに私に付き合ってくれている。本当に優しい光の女神様だ。
「フレア様、そろそろ休憩をしませんか? お弁当を食べましょう」
気持ちを切り替えて、フレア様を昼食に誘う。
「そうじゃな。今日のお弁当は何じゃ?」
「今日はエビとアボカドのバジルサンドです。サーモンのサンドもありますよ」
「それは楽しみなのじゃ!」
試練の間はマリーとは別々なので、私が給仕をする。自分で言うのも何だが、マリー直伝の給仕は手慣れたものだ。
温室内に設置したガーデンテーブルの上に手際よくお弁当を並べる。
準備が整うとレオンはおそるおそるガーデンテーブルにやってきて、小さな獣姿になる。そして、うるうるとしたつぶらな瞳で私を見つめてきた。
くっ! あざと可愛い!
レオンからぷいと顔を背け、お皿にのせた料理と温かい紅茶をレオンの前に差し出す。
ちらっと横目でレオンを見ると、美味しそうに料理を食べている。
口に食べかすをつけて、尻尾が嬉しそうに揺れている。
ああ! もふりたい!
手がわきわきしているのを、フレア様が面白そうに見ている。
フレア様はぽんという音とともに金色がかった毛並みの猫姿に変わると、私の膝の上にぴょんと飛び乗ってくる。
「リオ、もふっても良いのじゃ」
お言葉に甘えてとばかりにフレア様の毛をもふる。フレア様も『浄化魔法』が付与してあるブラシを使っているので、ふわふわの毛並みだ。自然と顔が緩む。
「ふわふわです。フレア様」
「そうであろうなのじゃ」
むうとレオンが唸る。フレア様はレオンに顔を向けるとふふんと鼻を鳴らす。
お弁当を食べ終えて一息ついた後、再び作業に戻るとガーデンテーブルの上に乗っていたレオンが突っ伏した。ごめん寝のポーズだ。そして「我もリオにもふられたい」と呟いていた。
ちょっと気の毒になってきた。小さな獣姿の時だけは少しだけ距離を縮めようかな?
◇◇◇
「風の神ライル様って鬼よ」
レオンと絶交宣言をして以来、毎晩クリスの部屋に逃げ込んでいる。
毎晩のようにベッドの上で女子会をしているのだ。
レオンは今日も私の部屋で一人丸くなっているのだろう。
「今日はどんな試練を与えられたの?」
枕を抱きながら、今日の試練の話をする。
「山から飛び降りること」
「ええ!?」
クリスたちが試練を受けている場所はグランドール侯爵領の北にある山脈だ。あの山脈の最高峰の山は隣国との国境で高さは四千リルド(メートル)近くあるから高い。クリスたちはその山でライル様の試練を受けているのだ。
山から飛び降りるなど、正気の沙汰ではない。命を捨てるようなものだ。王女に何という試練を与えているのだろう。本当にライル様は鬼だ。だが、本当に危なくなったら、助けてくれる……はず……。
「正確には風を操って空に浮かぶことなのだけれどね。魔力制御が難しいのよ」
風で空に浮かぶ? 『風魔法』はそんなことができるの?
「クリスはできたの?」
「ほんの少し浮かぶことができて喜んでいたら、ちょっと高いところからライル様に突き落とされたわ」
そんなクリスが死んじゃう! あ、今ここに無事でいるってことは大丈夫だったということだ。
「それでどうなったの?」
「八年で生涯を閉じたくないもの。必死に周りの風を集めて無事に着地したわよ。そうしたらトージューローが『まだまだだな、姫さん』ってにやにやしながら言ったのよ。悔しい!」
クリスは枕をばふっと殴る。トージューローさんにからかわれて悔しかったのだろうな。
「ところでリオの試練の進み具合はどうなの?」
「順調よ。あとは農作物が育つのを記録するだけ」
クリスは首を傾げる。
「もふもふ君とまだ仲直りをしていないの?」
責めるわけではなく、気づかうようにクリスが問いかけてくる。
「……私が一方的に無視しているだけ。レオンは悪くないのに。嫌な子よね、私」
「リオばかりに非があるわけではないわ。もふもふ君が鈍感なのよ」
試練が始まった初日からクリスの部屋に逃げている私はクリスにレオンと絶交中だと話した。経緯を話すとクリスは「それはもふもふ君も悪いわね」と一言。
「レオンは神様だもの。人間とは感性が違うのかもしれないわ」
「リオはもふもふ君が好きなのね」
ぼっと顔が熱くなる。クリスが言う「好き」は恋愛の「好き」のことだ。
「す、好きよ。でも、家族に対する好きと同じような気がするの」
とっさにごまかす私の肩をぽんぽんと叩くと、くすっとクリスが微笑む。
「わたくしたち、まだ子供だもの。じっくり恋愛に向かい合っていきましょう」
妙に説得力があるクリスの言葉に私は頷く。今の私はまだ子供だ。正直、前世でも王太子殿下に恋をしていたかと問われると違うような気がする。
それに、そろそろレオンと話がしたい。明日あたり何気なく話かけてみよう。何よりもふもふが恋しい!
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)




