37.侯爵令嬢は『風の剣聖』に弟子入りをする
団子が食べたくなりました。
王立図書館でマリオンさんのことが書かれた『グランドール領主の軌跡』と、他にも王国の歴史が書かれた本を自動筆記で『複写』してもらった。
伯父様と合流してカフェに行く。タルトの専門店で人気があるらしい。
「ヒノシマ菓子のレシピ本が手に入ってよかったぜ。わざわざ王都に来た甲斐があった」
なぜかトージューローさんもカフェについてきた。
「まさかトージューイン殿が王都におられるとは思いもしなかった」
「久しぶりだな、宰相殿。その節は世話になった」
その節? 伯父様とトージューローさんは知り合いなのかしら?
「どうして貴方がついてきているのよ?」
クリスが不機嫌そうだ。注文したアップルタルトをぐさっと刺している。お行儀が悪いわよ、クリス。
ちなみに私は大好きなイチゴタルトをチョイスし、伯父様は甘いものが苦手とのことで紅茶のみを注文した。
「俺は甘いものが好きなんだよ」
フルーツタルトを美味しそうに頬張りながら、トージューローさんがクリスにフォークを向けている。危ないです!
「トージューローさんはヒノシマグニの人ですよね? どうして王立図書館に入ることができたのですか?」
「この国の永住権をそこの宰相殿にもらったんだよ」
今度は伯父様にフォークを向ける。だから危ないです!
王立図書館は国民以外でも永住権または居住権を持っていれば、自由に閲覧することができる。国情が安定した頃に、図書館の法律も改正されたからだ。
「そういえば、ジークの教師を務めてくれるそうですな。甥をよろしくお願いします」
「おう! ユーリはなかなか見どころがある。あとユリエの教師もすることになった」
セカンドネームはヒノシマグニの名前だそうだから、トージューローさんは私のことをユリエと呼ぶ。
「ユリエ? リオのセカンドネームか。まだリオは魔法属性判定を受けていない。指導を受けるのは早くないか?」
「魔法の指導ではなくて、ヒノシマグニの言葉を教えてもらうのです」
言葉を教えてほしいという私の願いをトージューローさんは受け入れてくれた。ヒノシマ菓子を作ることを条件に出されたが……。
「わたくしにも教えて欲しいわ」
「おう……じゃなかったクリス。グランドール侯爵領は遠いぞ」
トージューローさんの前では、伯父様とクリスは親子のふりをしている。
「お兄様だって、ほいほいと視察に出かけては、なかなか戻ってこないじゃない。わたくしも魔法院直轄領に学びに行くという名目で、リオと一緒に勉強したいわ。お願いお父様」
うるうると瞳を潤ませて、クリスはおねだりポーズをする。うっと伯父様は言葉に詰まる。
「……考えておこう」
これは伯父様の負けだな。クリスは我が領にくることになるだろう。テーブルの下で小さくガッツポーズをするクリスだ。
「宰相殿は親バカだな」
ついでに伯父バカです。
「トージューロー様は一緒に我が領に来られるのでしょうか?」
「そのつもりだ。道中もユーリを鍛えたいからな。何より旅代がうく」
そちらが本命だな。一緒に旅をすれば貴族待遇で旅の費用はこちら持ちだ。
「明日からユーリの稽古をするついでに、ユリエにはヒノシマ国の言葉を教える。団子を用意しておけよ」
「わたくしもリオが王都にいる間は、毎日グランドール侯爵家のタウンハウスに行くわ。リオと一緒にヒノシマグニの言葉を学びたいの」
「クリスお嬢ちゃんは報酬が払えないだろう? 宰相殿が払ってくれるのなら話は別だが……」
ふふんと鼻でトージューローさんが笑う。
「王国中のスイーツ店食べ放題パスポートを差し上げるわ」
「のった!」
あっさりと引き受けた!? 甘いもの好きなのは知っていたけれど、案外チョロい人だ。まさかお兄様も甘いもので釣ったのかしら?
それにしても、話してみると意外と気さくな人だ。前世では偏屈だったから、王都から我が領で隠居するまでに何かあったのかもしれない。
タウンハウスまでは馬車で送ってもらい、明日また会う約束をしてクリスと伯父様と別れる。
「また明日会いましょう、リオ。楽しみにしているわ」
「ええ! 私も楽しみにしているわ」
手を振って馬車を降りる。トージューローさんも一緒に降りて、私の後をついてくる。
「宿が近いのですか?」
「いや。今日からここに泊まる」
お兄様のお師匠様だし、一緒に領地まで同行するのだ。おかしくはない。
「そうですか。では中へどうぞ」
マリーとトージューローさんと連れ立ってタウンハウスの中に入る。
「大きな屋敷だな。領地の屋敷もこんなに大きいのか?」
「いえ。領地の屋敷はもっと大きいです。マリー、トージューロー様のお部屋を用意して差しあげて」
「畏まりました。お嬢様」
ほおと物珍しそうに、タウンハウスを眺めまわしているトージューローさんだ。
マリーは一礼すると、2階へ上がっていった。
お父様たちはまだ帰っていないらしい。お兄様もかしら?
「トージューロー様。兄にどのような試練を与えられたのですか?」
「王宮周りを10周走った後、素振りを100回。あとはうさぎ跳びで屋敷まで帰ってくるだな」
「えええええ! お兄様が死んじゃう!」
エントランスに叫び声が響く。トージューローさんは両耳を塞いだ。
「その程度じゃ、死なねえよ」
この人は弟子にとんでもない試練を与えている。王宮はとてつもなく広いのだ。外周を走るなんて無謀もいいとこだ。しかも10周! それに素振りとうさぎ跳びって……。お兄様がボロボロになって帰ってくる姿が目に浮かぶ。
「リオ、何を叫んでおるのだ。帰ってくるのが、随分と遅かった……な」
2階からレオンが降りてきたが、1度瞬きをすると途中で固まった。
「レオン、帰っていたの? ただいま……って!」
隣を見るとレオンを指差して、トージューローさんが固まっている。まずい! 人前でレオンがしゃべった!
固まっているトージューローさんとレオンを無理やり引っ張って、急いで自室に戻ってきた。
「にゃんこが……しゃべった?」
まだ混乱しているトージューローさんだった。レオンは素知らぬ顔でナァ~ンと鳴く。
「いや。ごまかせてないからね」
手をぶんぶんと振る。
「えと、この国では白い獣は聖獣として保護する決まりがあって、中には人の言葉を話す聖獣もいるのです。レオンも人語を話せます」
「この国はにゃんこまでしゃべるのか? すげえな」
混乱が解けたらしいトージューローさんが、じっとレオンを見つめている。
「我はにゃんこではない! 聖獣だ」
「聖獣か? 隠しているが神気のようなものを感じるな。神獣の間違いじゃないのか?」
ちょっと惜しいけれど、鋭い! そういえば、前世でトージューローさんが言っていたことを思い出す。人に限らず人外の者も、それぞれ魔力の流れみたいなものを纏っているらしい。ヒノシマグニの人はその流れが見えるそうだ。
『何者だ? この小童。神の気を感じ取るとは……』
念話でレオンが話しかけてくる。
『お兄様のお師匠様よ。風の剣聖トージューローさん』
『トージューロー? まさか家名は桐十院か!?』
トージューローさんの家名をレオンが口にする。
『知っているの? レオン』
『まあな』
「おい、小童。お主はヒノシマ国の者か?」
「小童じゃねえよ。俺は18歳だ。にゃんこはヒノシマ国を知っているのか?」
レオンはヒノシマグニを知っていたの? そうか、神様だからこの世界のことは知っているよね。
「にゃんこではない! レオンと呼べ。お主の名は?」
「桐十院彦獅朗だ」
『やはり、桐十院家の者か』
レオンは念話で呟くと、私の方に向きなおる。
「リオ、明日王女の小娘をここに呼べるか?」
「クリス? ええ。明日も会う約束をしているわ」
「そうか。ちょうどよい」
クリスに何か話があるのかな?
「ちょっと待った! クリスお嬢ちゃんは宰相の娘じゃないのか?」
そういえばトージューローさんがいた。いつもどおりレオンと会話していたことに気付く。うっかりクリスが王女だと告げてしまった。
「この国の第1王女クリスティーナ殿下です」
「あのお嬢ちゃんが王女様ね。どおりでえらそうな態度だと思った」
クリスが王女だと知っても、全然驚いた様子がないトージューローさんは大物だと思う。
「明日、皆に前世のことを話せ。リオ」
突然のレオンの言葉に驚く。
ええ!? 領地に帰ってから話そうと思っていたから、心の準備ができていない!
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)