36.侯爵令嬢は王立図書館で『風の剣聖』と出会う
『風の剣聖』登場の回です。
ヒノシマグニとヒノシマ国と使い分けているので、誤字ではありません。
本日は18時にもう1本、更新予約しております。
結い上げた黒い髪をポリポリと掻くと、『風の剣聖』トージューローはじろっと私たちを睨む。
「この国の子供は礼儀がなってねえな」
しまった! この人ちょっと偏屈なのよね。お兄様のお師匠様に悪い印象を与えるのはまずい。
「失礼いたしました。私はカトリオナ・ユリエ・グランドールと申します。兄がお世話になっております」
慌ててカーテシーをして謝罪する。
「グランドール? 兄? ああ、ユーリの妹か。で、そちらのお嬢ちゃんたちは?」
クリスとマリーに視線を移す。
「わたくしは……クリス……クリス・ポールフォードよ。『風の剣聖』にお目にかかれて光栄だわ」
ポールフォードって伯父様の家名じゃない。お忍びだから仕方ないのか。
「私はマリーと申します。カトリオナ様の侍女でございます」
謝罪して名乗ったことで少し機嫌が良くなったようだ。うんうんと頷く。
「俺は桐十院彦獅朗だ」
「トージューイン? 変わった名前ね」
「俺の国では家名が先につくんだ。名前は彦獅朗という」
発音しにくいから、前世ではトージューローって呼んでいたのよね。
「ヒコジー?」
「ヒージー?」
発音しにくいのか、クリスとマリーが首を傾げている。
「…………トージューローでいい。俺の名前はこの国では発音しにくいらしいからな」
あ、諦めた。
「あの、トージューロー様はこちらで何かお探しなのですか?」
「あ、ああ。俺の国の菓子の文献がないかと思ってな」
もしかして、あれかな? 小麦粉(正確には違う粉らしいけれど、この国にはない)を練って、丸めてその上に豆で作ったアンコとかいうのを乗せて食べるお菓子だ。確か「ダンゴ」という名称だった。
「ダンゴというお菓子ではありませんか?」
「そうだ! 団子だ。お前は作り方を知っているのか?」
思いついたことがある。ダンゴを報酬に本を読んでもらうのだ。この棚にある本はトージューローさんの国の言葉で書いてあるので、読むことができない。なぜ公用語ではなく、別の国の言葉で書いてあるのかは分からないが、当時の国情を考えると他国に流出してもいいようにと考えてのことかもしれない。
「ええ。トージューロー様の国のダンゴと味は違うかもしれませんが……」
トージューローさんの顔がくしゃと崩れる。
「それでも構わん! 団子を作ってくれ!」
つんつんとクリスにつつかれると、耳打ちされる。
「ちょっとリオ、大丈夫なの? 貴女本当にダンゴとやらの作り方が分かるの?」
「ええ、任せて。その代わりにね……」
ひそひそとクリスの耳にささやく。
「なるほど。いい考えだわ」
ダンゴの作り方は前世でトージューローさんが四苦八苦して、それらしいものを作っていたのを見ていた。「米と小豆があればなあ」と呟いていたのを思い出す。クリスにもらった植物の種の中に「コメ」と「アズキ」という種があった。種別は「コメ」が穀物、「アズキ」は豆だ。フレア様のブレスレットは万能で、植物の鑑定をすることまでできた。
「何でこそこそと内緒話をしているんだ?」
眉をよせて怪訝な表情をしているトージューローさんに、にっこりと微笑む。
「その代わりお願いがあるのです」
「タダでとは言わない。何が欲しい?」
お金を要求されると思ったらしい。懐をがさがさと探っている。
「ここにある本のタイトルの中に『フィンダリア王国の歴史』または『グランドール侯爵家』という単語がある本を見つけてほしいのです。見つかった場合はその内容も読んでいただければと思うのですが……いかがでしょうか?」
しばらくポカンとしていたトージューローさんは、にこりと笑うと、私の頭をポンポンとしてくる。
「なんだ。そんなことならお安いご用だ」
トージューローさんは棚を丹念に見て、私の頼んだ本を探してくれている。
その間、クリスとマリーと私は閉架書庫内にある閲覧用のテーブル席で待っていた。
「トージューローの服って変わっているわよね」
「あれは民族衣装らしいわ」
ヒノシマグニの民族衣装は変わっている。くるぶしの上まである長着を体にかけただけのもので、はだけないように帯で結んでいた。長着の上にはジャケットのようなものを着ている。
「リオはトージューローをよく知っているみたいね」
ぎくっとする。マリーはともかく、クリスは私が時を戻ったことを知らない。
「トージューロー様はお兄様のお師匠様なのよ。お兄様から聞いたの」
咄嗟に嘘を吐く。ごめんなさい、クリス。貴女にもそのうち時を戻ってきたことを話すつもりよ。
「そうなの? リオのお兄様の師匠が伝説の『風の剣聖』トージューローね」
伝説になったのは、2年前の剣術大会だ。飛び入り参加したトージューローさんが『風魔法』を付与した片刃の剣(カタナというらしい)を使って、挑戦者を全員凪ぎ飛ばして優勝をかっさらっていった。噂に尾ひれがついて、ついたあだ名が『風の剣聖』だ。噂を聞きつけた魔法院や騎士団から「異国の人間でも構わないからうちに来ないか?」というお誘いを「俺は縛られるのが嫌いだ」と言って、断ったらしい。
「ユリエとマリーは礼儀正しいが、そっちのお嬢ちゃん、クリスだったか? は俺を呼び捨てだな。年上に向かっていい度胸だ」
トージューローさんが何冊かの本を小脇に抱えている。それらしいのが見つかったのかな?
「貴方こそわたくしのことはクリス様と呼びなさい」
「クリスお嬢ちゃん、何様なの?」
「お姫様よ」
当たっている。当たっているけれど……。トージューローさんのこめかみがピクピクしている。
「トージューロー様、お気を悪くなさらないでくださいませ。クリスはこの国の要職についている方の娘なのです」
嘘は言っていない。国王陛下だけれど……。
「ポールフォードって、この国の宰相だろう? あのおっさんに娘なんていたっけ?」
意外と情報通だった。ところで気になっていたことがある。
「あの、どうして私をセカンドネームでお呼びになられるのですか? 兄のこともですが……」
「ユーリもユリエもヒノシマ国の名前だろう? ユリエの先祖の誰かがヒノシマ国の出身だからじゃないのか?」
そうなの!? 変わったセカンドネームだとは思ったけれど……。
「我が家には二百年前以前の記録がございません。それを調べに王立図書館に参りました」
「そうなのか? この本の中に『グランドール領主の軌跡』というのがあるぞ」
それだ! 『風の剣聖』グッジョブ!
「二百年前の記述はありますか? マリオンという名前の女侯爵の時代です」
「マリオンか」
テーブル席に座ると、トージューローさんがパラパラと本をめくる。
「お! あったぞ。マリオン・リリエ・グランドールでいいか?」
「それです。読んでください」
これでマリオンさんのことが分かるかもしれない。
「マリオン・リリエ・グランドール。享年22歳。若くして亡くなったんだな。俺と4歳しか変わらない」
「4歳もでしょう?」
「クリスお嬢ちゃんは黙っておけ。全ての魔法属性持ち!? すげえな!」
全ての魔法属性持ち!? 魔力量が多くなければ不可能なことだ。マリオンさんの魔力量はとてつもなく多かったのだろう。
現在、最多の魔法属性持ちは魔法院の魔道室長様で4属性だ。そういえば、マリーも3属性持ちだから、かなりすごい。マリーをちらっと見れば、にこっと笑い返してくれる。
「全ての神々に愛されていたのね。リオのご先祖様のマリオンという方は……」
「……そうみたいね」
「続きを読むぞ」
トージューローさんが読んでくれた内容を要約するとこんな感じだ。
マリオンさんは18歳で女侯爵の座につき、グランドール侯爵領を治めていた。民からの信頼は厚く、誰からも愛されていた彼女はいい領主だった。ところが、マリオンさんの絶大な魔力に目をつけた当時の国王やフィンダリア王国の周辺国は、彼女を巡って小競り合いをしていたらしい。
ある日、ついに周辺国の1つがグランドール侯爵領に踏み込んできたのだ。マリオンさんは妹と次代の領主である甥と侯爵領の民たちを、全員転移魔法で王都近くの村に転移させた。転移した人々は王都に救援を求め、王国軍はグランドール領に進軍したのだが、城は消えて瘴気を放った森が残っていただけだという。踏み込んできた国の軍はすでに撤退した後だった。
「おそらく、マリオンは全魔力を使って、人々を転移させた後、城とともに滅んだのかもしれないな」
著者は不明だが、後の領主が記した本なのかもしれない。マリオンさんがどうなったのかは推測すれば、城と運命をともにしたと考えるのが自然だ。
気づけばクリスとマリーと私は泣いていた。
「おい! 泣くな! 俺が泣かしているみたいじゃねえか!」
トージューローさんがわたわたと慌てる。
「だって……マリオンさんが……」
「いい人すぎるでしょう……うう……ひっく……」
「さすがは……お嬢様のご先祖様です……」
泣きやむまで待っていてくれたトージューローさんにあることを願い出る。
「私にヒノシマグニの言葉を教えていただけませんか?」
この本を『複写』してもらって、自分で読んでみたかった。
この話を執筆している時に「侘びと然び(わびとさび)」というお菓子と笹だんごをいただきました。
なんてタイムリーな! と美味しくいただきました。
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)