35.侯爵令嬢はもふ神様抜きで王立図書館に行く
今回はレオンがあまり登場していませんが、あの人が登場します。
今日はクリスと王立図書館に行く約束をした日だ。図書館の後は、美味しいカフェに連れて行ってくれるそうなので、とても楽しみにしていた。
レオンは神様会議? があるらしく、神界に行くそうだ。タイミングが良かったと思う。マリオンさんのことを調べるのに、レオンには内緒で行こうと思っていた。どうやってお留守番をしてもらうか、考えていたのだ。
「王女の小娘とマリーが一緒なのだ。そんなに心配することはないのだが……いや! やはり心配だ。何かあったらすぐに我を呼べ!」
「迎えに来たぞ。ピンポロリン」
時の神様が迎えに来たので、渋々とレオンは出かけていった。
「ねえ、マリー。神様の会議ってどんな感じなのかしら?」
クリスがうってつけの保護者を伴って、タウンハウスに迎えに来てくれるらしいので、支度をしている最中だ。
「どのような感じなのでしょう? 国の行く末など難しい会議をしていらっしゃるのでしょうか?」
私の髪を梳かしながら、マリーが首を傾げているのが鏡越しに見える。
コンコンと扉がノックされる。執事が呼びにきたのかしら? そろそろクリスが迎えに来る時間だものね。
「どうぞ」
「ごきげんよう! リオ、2日ぶりね」
扉が勢いよく開いたかと思うと、クリスが元気よく飛び込んでくる。
「クリス! ごきげんよう。まさか部屋まで来てくれるとは思わなかったわ」
「ふふ。待ちきれなかったの!」
コホンと咳払いが扉の向こう側でする。
「入ってもよろしいかな?」
この声はもしや!?
「どうぞ。支度はできております」
部屋に入ってきた人物はフランシス伯父様だった。
「ごきげんいかがかな? 我が愛しの姪っ子殿」
「ごきげんよう。うってつけの保護者ってフランシス伯父様でしたの?」
「そうよ。リオとデートするって言ったら、喜んで引き受けてくれたわ」
それにしても宰相って要職よね? 忙しいのではないのかしら?
「それは嬉しいのですが、お仕事は大丈夫なのですか? 伯父様」
「心配には及ばないよ。宰相補佐官がしっかり者だからね」
……宰相補佐官様、お気の毒です。
「それにしても……王女殿下。いきなり部屋に飛び込むなど、淑女のなさることではありませんぞ」
「だって、リオとお出かけするのが嬉しかったのだもの」
伯父様にめっと怒られて、ぷうと頬を膨らませるクリスは可愛らしい。
「私も楽しみで朝からワクワクしていたわ」
「リオが楽しみにしていたのなら、仕方がない。今日は見逃しましょう」
先ほどまできりっとしていた伯父様の顔がでれっと緩む。
「宰相は伯父バカよね。ところで今日はもふもふ君の姿が見えないわね。別の部屋にいるの?」
「ああ、レオンは……えと……お父様たちがご友人に聖獣自慢するって連れて行ったわ」
まさか神様会議で神界に行っているとは言えない。クリスはレオンを聖獣だと思っているものね。
「そうなの? 残念だわ。もふもふしようと思っていたのに……」
「そういえば、エリーが聖獣を保護したと言っていたな。私も会ってみたかったな」
姿を消したレオンとなら会っているのだけれどね。
「今日はジークはいないのか?」
「はい。お兄様はお師匠様から試練を与えられたとかで、朝から出かけております」
お兄様は『風の剣聖』がたまたま王都に来ていたことを、ご友人から情報を得たらしく、探し出して弟子入りに成功したらしい。
「ほお。もう教師を見つけ出したか」
伯父様がうんうんと頷きながら、感心していた。
前世では『風の剣聖』は、我が領の北の山脈で隠居暮らしをしていたのを、お兄様が探し出したのだ。何度も通ってやっと弟子入りできたという経緯だったのに、やはり歴史が違ってきている。
「はい! 時間がもったいないから、そろそろ出かけましょう!」
しびれを切らしたクリスが伯父と姪の会話にキリをつける。
「ええ、行きましょう!」
クリスと手をつないで部屋を出る。
王女殿下のお忍びなので、目立たない馬車で王立図書館へと向かう。
「王立図書館で探している本があると言っていたな。どのような本なのだ? 希少本なのかな?」
伯父様に尋ねられて、本当のことを言うべきか迷う。おそらく二百年前の歴史ともなると閉架図書扱いだ。子供が閉架図書を閲覧するには保護者のサインが必要になる。
「我が家の歴史なのですけれど、二百年前の出来事を知りたいの。でも領の屋敷の図書室ではあまり詳しい資料がなくて、王立図書館にならあるかもしれないと考えたのです」
建国時に、国で発行された本は全て王立図書館に納めるという法律ができた。王立図書館に行けば、どんな希少本でも閲覧することができる。閉架図書は貸出禁止だが、自動筆記という便利なサービスがあるため、利用者が多い。わざわざ遠方から来る者もいると聞く。但し、フィンダリア王国の国民に限る。
自動筆記とは『複写』というスキルが付与された魔道具で、本を写すことができる便利なものだ。
「二百年前にグランドール侯爵家の城は失われているからな。当時の本はほとんど残っていないだろう」
「お兄様に見せていただいた歴史書に記述がありました。やはり、今の領主館は先祖代々の屋敷ではないのですね?」
森にあったあの城跡が元々グランドール侯爵家の城だったのかもしれない。
「二百年前というと、国情が安定していない時代ね。隣国との小競り合いがあったと歴史の授業で習ったわ。国境付近にあるグランドール侯爵家が巻き込まれてもおかしくないわね」
さすがはクリスだ。よく学んでいる。
「私も詳しくは分からないが、二百年前に今の領主館を建てた当時の当主が城が落ちる前に逃れたらしいな。国情が安定した頃に家を立て直したと聞いている」
その辺りの話はお兄様に聞いたとおりだ。王立図書館に当時のことが分かる本が見つかればいいなと思う。
王立図書館に到着すると、伯父様が一枚の書類を渡してくれた。
「閉架図書に目的の本がある場合はこの書類を見せなさい。私のサインが入った閲覧許可証だ」
伯父様は用意がいいな。できる宰相は違う。仕事を宰相補佐官に任せて、姪と出かけることはあっても、伯父様の宰相としての手腕は優秀だ。国内はもちろんのこと隣国まで名が通っている。
「私は図書館長と話をしてくるから、3人で先に行っていなさい。知らない人についていかないようにな」
小さな子供に注意するみたいに……って私は今8歳だった。
「ありがとう、伯父様。行きましょう。クリス、マリー」
「ええ。まずは司書に聞いてみましょう」
受付を探そうと振り向くと、マリーがいない! と思いきや、にっこり笑顔でこちらに歩いてくる。
「二百年前の歴史関係の本は閉架書庫にあるそうです。閉架書庫にも司書がいるそうですから、そちらで許可証を見せてくださいとのことです」
マリーが受付で聞いてくれたらしい。早い!
「……マリーは仕事が早いわね。王宮に欲しいくらい優秀な人材だわ」
「マリーはあげないわよ」
閉架書庫は地下にある。司書に許可証を見せるとサインを見て驚いていた。この国の宰相のサインだからだろう。
「歴史書は奥の方にございます」
「ありがとう」
中に入ると古書独特の匂いがする。奥の方に行くと歴史書と思われる本がたくさん置いてあった。あったが……文字が読めない。
「どこの言葉なの? 全然知らない文字だわ」
「う~ん。イーシェン皇国の文字に似ている気がするけれど、ちょっと違うわね」
イーシェン皇国? クリスがくれた植物の種の国ね。遠い東にあるという……。
「クリス、読める文字はある?」
「国……成立……。このみみずみたいな変な文字は分からないわ」
「それはヒノシマ国の言葉で『国の成り立ちと興亡』と読むんだ」
後ろからした声に振り向くと、見たことのある風貌の男の人がいた。
「あー! 『風の剣聖』トージューローだわ!」
「ええっ! この人が『風の剣聖』なの!? おじさんじゃないの?」
クリスと私が『風の剣聖』を指差すと、むすっとした顔になる。
「初対面でいきなり呼び捨てか? それにおじさんじゃねえよ。俺はまだ18歳だ」
もじゃもじゃの黒いヒゲを撫でながら、『風の剣聖』トージューローは憮然とした表情をしていた。
ここまでお読みいただきありがとうございました(*^▽^*)